side巻き込まれ薬師【21】
「待って待って!」
「……嫌ですか?」
切なげな表情がこれまた男前で……。じゃなくて!
「嫌じゃないです!でも婚約者同士でも結婚前はダメなんじゃないんですか?」
「よかった。基本的にはダメですけど、それは令嬢にとっては醜聞になるからという理由が大きいので、俺たちには当てはまらないでしょう。責任はちゃんととります。だから安心してください」
そのへんも歴史の本やラノベに出てくるのと似たようなもののようだ。
「まあ力技ではあるので、それはどうしてもサツキさんの体を調べるってことになったらにしますけど」
そう言って私の頭を撫でるヴォルフィさんの表情はちょっと残念そうだ。
いや、私も本当に嫌じゃないよ。
とはいえ、まだ確かめておかなきゃいけない事があるからそっちが先だ。
「あのう、私が何歳に見えてるのかわかんないですけど、ヴォルフィさんよりだいぶ年上だと思うんですよ。それが嫌じゃないかなって思ってて……」
「全く気にしません」
一世一代の決意ぐらいの気持ちで年齢の話をしたら、食い気味に即答された。
「サツキさん、俺の母と姉のこととか、冒険者になってからの女性関係も話しましたよね。それで俺は完全に女性不信になってしまいました。サツキさんにも深く関わる気はなかったんですが、一緒にいても平気で、むしろ一緒にいたいと思うようになりました。こんな人は他にはいません。それに比べたら年齢なんて大したことではないです」
「……私、29歳ですよ……?」
「構いません!むしろ俺が子どもっぽく見えたりはしませんか?サツキさんが望むならもっとしっかりしますから!」
「それは、大丈夫です」
時々犬っぽく見える時はあるけど(主にお兄さんの前で)、まだ若いなぁって思う時もあるけど、でもそれ以上にとても信頼できるからこのままでいいと思う。
「でも、一応聞きますけど何歳ですか?」
「20歳です」
「…………………………」
歳の差はギリ一桁か……。
まあ、本人がいいって言ってるし、私は童顔でヴォルフィさんは大人っぽいし(これはただの言い訳)、私が気にしなければいいだけか……。
「あと、私は子どもが好きじゃないのであんまりほしくないんですけど、それって問題になりませんか?それに、ヴォルフィさんがほしいなら他を当たった方がいいかと……」
年齢よりもこっちの方が重要な問題だと思うので、緊張して口の中がカラカラだ。
この世界に避妊の考えがあるのかわからないので、できてしまったら仕方ないけど、でも積極的にはほしくない。避けられるものなら避けたい。
それが貴族と結婚して許されるのかも問題だし、それ以上にヴォルフィさんが強く望むのなら私はそれに応えるのか身を引くのかを決断しないといけない。
「俺にとっては問題ないです。兄上たちに子どもができなかったら跡継ぎ問題は出ますけど、親戚から養子をもらうとかやりようはありますし。俺個人としても、子どもの頃を思い出しそうで積極的にほしくはないです。ましてや、他の女性となんて……悪夢が甦ってゾッとします。サツキさんなら自分で薬も作れるでしょうから、表向きには結局できませんでしたってことにしてしまえばいいかと」
ヴォルフィさんの答えに今度こそ全ての緊張が解けて、ぐたっと寄りかかってしまった。
「よかったー」
思わず心からの声が出てしまう。
現代日本でもいまだに「子どもほしくない」と言うと、「なんで?」と責めるかのように聞かれることはあった。ましてや後継者問題から逃れられない貴族の家では、出産こそが唯一絶対のお役目だとしてもおかしくないと思っていたのに、いいんだ。それがヴォルフィさんのトラウマが理由だとしても、私にとっては救いだった。
しかもどうやら避妊薬の類もあるようだ。
ホッとしている私を見てヴォルフィさんが微笑む。
「他には不安なことはないですか。いや、他の世界から来ているのだからたくさんありますよね。なんでも言ってください。サツキさんの不安は全部俺が取り除きますから」
「ありがとうございます」
ホッとしてふわふわした気持ちのままヴォルフィさんに寄りかかっていた。早朝の冷えた空気のなかで、ヴォルフィさんの体温があったかくて気持ちいい。優しく背中を撫でてくれてるのも安心する。
「そういえば、この世界というかこの国では、結婚って具体的にどうするんですか?」
「そうですね。まず平民と貴族で大きく違います。平民の結婚に正式な手続きというのはないので、突き詰めれば本人たちが『伴侶』という意識を持って一緒に暮らしていればそうみなされるって感じです。平民でも大きな商会の後継者などは、公証人をたてて書面を交わして結婚するようですが」
事実婚が主流だけど、大きな財産がある場合なんかは書面にしておくってことのようだ。
「貴族の結婚は家門同士の繋がりという要素が強くなるのでそうはいきません。両家の当主が認めた上で、婚約の時点から書面を交わします。そして、結婚の際には貴族院に届出をするので、公式に認められた夫婦となります」
これも当然だろう。領地を治めているのだからいい加減な関係などありえない。
「私は貴族じゃないですけど、認められるんですかね……?」
「父上に結婚の許しが得られたらそれも相談しますけど、そのままでというのは難しいかもしれません。考えられる手段で1番手っ取り早いのはどこかの家の養子になることです」
まあそうだろう。それもラノベなんかでよく見た話だ。
「もう一つは本人がなんらかの功績をあげることです。例えば武勲をあげた騎士が貴族令嬢に婿入りするとかですね。叙爵までいかなくても、褒美の意味合いで行われることがあります」
騎士と令嬢の悲恋ものみたい話だなぁ。なかなか現実的には難しそうな気がする。
「でも絶対になんとかします。そうじゃないと、他の貴族や王家にサツキさんを求められたときに拒めません。であれば、三男とはいえ侯爵家直系の妻である方がいいでしょう。サツキさんが聖女と関わらなくて済むようにしますから、任せてください」
「……頼って、いいんですか?」
「もちろんです」
私のためらいを打ち消すように力強く言われて、ぎゅっと抱きしめられた。
私はずっとお姉ちゃんだったので、人に頼ったり甘えたりするのが苦手だ。苦手というか、その習慣がないという方が正確かもしれない。
自分でできることは自分でやる、できなくても自分でやる、どうしてもできないなら涙を飲んで諦める。そうやって生きてきた。
今だって、もしもヴォルフィさんに出会ってなかったら、草を食べて泥水を啜りながらでも一人で国外に脱出しようとしてたと思う。
でも、そんなことしなくていいんだ。
安心してまた涙が出てきた。なんだかこっちの世界に来てから泣いてばっかりな気がする。でもそれは全然嫌じゃない。むしろ癒されて、なんていうか自分を取り戻していってる気がする。
今私を抱きしめて頭を撫でてくれてる人もいろんな傷を抱えてて、でも私を助けるって言っってくれてて、私もまだ自覚できてないようなトラウマもいっぱいある気がするけど、それでも一緒にお互いを癒して助け合って生きていきたい。
泣きながらで思考がまとまらないけど、そんなようなことを思った。
「サツキさん、家に戻るって話を父上にするときにサツキさんとの結婚も願い出ようと思ってます。いいですか?」
肩口に顔を埋めたままこくんと頷くと、こめかみにキスされた。
「このままでいたいですけど、そろそろ戻らないと。また抱き上げて運びましょうか?」
からかうような口調で言われて、また顔が赤くなってきた。前に大号泣した時は顔も気持ちもぐちゃぐちゃで、運んでもらったんだった。
「だ、大丈夫です!歩けます!」
「遠慮しなくていいのに」
楽しそうに笑いながら、私が立ち上がるのに手を貸してくれる。
ついでに魔法で水球を出してくれたので顔を洗い、タオルを借りて拭いた。
そしてそのまま手を繋いで歩いている。「エスコートはしたい」って言われて手を取ったはずなんだけど、なんか違くない?いや、嬉しいからいいけど。
そのまま一緒に朝食を食べて、お茶を飲んでいたら執事さんがヴォルフィさんを呼びに来た。侯爵がお呼びだそうだ。
ヴォルフィさんも緊張した面持ちだし、私も緊張する。
「じゃあ行ってきます。サツキさんも呼ばれるかもしれないんで、その時はお願いしますね」
そう言って私の髪を一房掬い、キスを落としてから向かって行った。
不意打ちを喰らって、なんかもう緊張のドキドキなのかなんなのかわけわかんないよ!




