side巻き込まれ薬師【20】
完全に予想外の言葉を聞いた私は、理解が全く追いつかず間抜けな表情で固まってしまった。
確かに「話をしましょう」とは言われてたけど、それっておうちに戻るか離れるかの話ではなかったのですか!?
ようやく頭が現実に追いつくにつれ、また私の顔は真っ赤になってきた。いやもう、全身真っ赤かもしれない。暑い。ものすごく暑い。
私が一人で大パニックを起こしてる間も、ヴォルフィさんは私の手を握ったまま縋るような目で見上げてきている。
黙ってたらダメなやつ!早く返事をしないと!
「私も……」
「すみません。いきなりで驚かせましたよね。それに、困りますよね。すみません」
私が口を開くよりもヴォルフィさんの方が一瞬早くて、しかも私の無言を「ノー」と受け取ってしまっている!
待ってーー!!違うのーー!!
「違うんです!!確かにビックリはしましたけど、困ってないです!むしろ嬉しいです!」
すーはーと呼吸をして気持ちを落ち着ける。
「私も……ヴォルフィさんが、す、好き、なので、だから、嬉しいです……」
最後の方はまともに顔が見ていられなくて、真っ赤な顔をそらしながら消え入りそうな声になってしまった。
「……本当に?」
懇願するような声音に胸が締め付けられながら、私は小さく頷いた。
その瞬間、握られていた手を引かれ、私はヴォルフィさんの方に倒れ込むようにして抱きしめられていた。
「……よかった」
私の髪に顔を埋めながら、切なそうな声を漏らす。
私はその背中にそっと腕を回して抱きしめ返した。
私より高い体温と慣れ親しんだ匂いに包まれた安心感で、昨夜からの緊張が緩んで涙が次から次へと溢れてくる。
私が泣いてることに気づいたヴォルフィさんが焦りながら涙を拭ってくれた。
「ど、どうしましたサツキさん。俺またなにかしましたか……!?」
「ううん、私もヴォルフィさんに気持ちを伝えようって昨日から思って緊張してたから、ホッとしちゃって」
私が泣きながらへにゃっと笑うと、ヴォルフィさんはホッとした顔をして再び私を抱きしめた。
私が落ち着いてから戻ろうってことになってまだ芝生の広場にいるんだけど、私はヴォルフィさんの膝の上に座らされて後ろから抱きしめられている。
永遠に落ち着く気がしないのですが!!
なんでこうなったかって言うと、さすがにずっと立ったままなのはあれだし座ろうってなって、私はロングスカートだからそのまま芝生に座ろうとしたらヴォルフィさんに「汚れるからダメ」って膝に乗せられて、抵抗しかけたけどこの服は自分で買ったわけじゃない借り物みたいなものだしって思い直しておとなしくしてたら、なぜか腕を回されて、頭の上に顎を乗せられて、その結果こうなったのよ。
……混乱がダダ漏れているのをお察しください。
おかげで涙は止まったけど、次はドキドキが止まらなくて心臓がどうかなりそうです……。
「サツキさん、あの奥に建物があるのが見えますか?」
ヴォルフィさんにそう言われて我に返った私は、彼が指差す方に顔を向けた。
芝生が途切れて、急に雑木林のようになっている一角。よく見ると木々の間に建物の屋根が見えた。全体像は全くわからないけど、なんとなく家っぽく思える。
「あれが、俺が住んでた離れです」
「えっ」
思わず驚きの声が漏れてしまった。
だって、ここはずいぶん屋敷から離れているし、微かに見える建物も侯爵の子息が住むにしては……ひどく質素だ。
「こっちの方はあんまり手入れされてないんで、姉上が来たがることもないだろうって……」
それはそうかもしれないが、これではまるで隔離だ。いくら「お前を守るためだ」と言われたところで、自分こそがいらない子だと思ってしまっても仕方ないと思う。
もっとやりようはあっただろうに。
私は思わずヴォルフィさんの両腕を抱きしめた。
「家に戻りたいと言いながらも、子どもの頃を思い出すものに触れるのが怖かった。でも、サツキさんに結婚を申込む前にケジメをつけたくてここに来たんです。……まあ、やっぱり近くまでは行けなくてここで剣振ってたんですけど」
自嘲するような声音に胸が痛む。
「ここまで来る勇気が持てただけでもすごいと思います。妹に会わないように画策してる私とは大違いです……。もしまた離れの近くに行こうって思った時には、私も一緒に行きますから。一人で辛い思いさせたりしませんから」
無理矢理体を捻って笑いかけると、泣きそうな顔を私の首筋に埋めて小さな声で「ありがとう」と言ってくれた。
頭を撫でつつ、さすがにこの体勢はきついので体の向きを変えて横向きにもたれかかるようにする。
「それで、ヴォルフィさんはおうちに戻ることに決めたんですよね?」
「あ、そうでした。それをお話ししないといけませんでしたね」
ヴォルフィさんは少し体を離し、改めて私に向きなおった。
「俺は冒険者をやめて侯爵家の一員に戻ることにしました。正直、俺にできることがどれだけあるのか不安でしかないですけど、でも一度きっちり向き合いたいと思って決めました」
ヴォルフィさんは言葉を区切ると、また私の手を握った。
「さっきは焦っていきなり結婚の申込みをしてしまいましたが、貴族に戻った俺でも結婚してくれますか?サツキさんが望む生き方とはだいぶ違ってしまうけど、絶対に嫌な思いはさせません。サツキさんのことは俺が守りますから」
そういえばさっきは「好きだ」ってことは伝えたけどプロポーズの返事はちゃんとしてなかった。
「もちろん、喜んで。私もヴォルフィさん以外と生きていくなんて考えられませんから。でも貴族の結婚っていろいろ決まりとかありますよね?少なくとも侯爵様の許しはもらわないと……」
言外に「許してもらえるか不安だ」と滲ませる。
「そうですね、昨日兄上が言っていたことを俺も考えていました。サツキさんがいることで侯爵家にプラスになると示すことができれば、父上も反対しないでしょう。そのためにはサツキさんのスキルを鍛えるのが1番だと思うので、それを父上に改めて提案しようと思います。スキルを使いこなせるようになるまでしばらく待ってほしい、その面倒は俺が見ますって。それに、そうすれば少しでも一緒にいられますから」
ほんのり頬を染めながらそう言われて、また心臓がバクバク言い出す。あなたは男前なのよ!自覚して!
「そ、そうですね。それがいいと思います」
私が同意したのでヴォルフィさんは満足げだ。
私はといえば、もう一つの話さなければいけないことをどう切り出すか必死に考えていた。こんな早朝からしたい話ではないけど、ヴォルフィさんと侯爵が会う前に言ってしまわなければいけないので、今しかない。
「ヴォルフィさん。その、貴族の結婚について、私には不安なことがあって……。不安というか、そもそも結婚できるのかっていうような話で、ええと……」
話しづらくてしどろもどろになってしまうが、ヴォルフィさんは私が真剣であることを感じたらしく真面目な顔で続きを待ってくれている。
「その、私の元の世界では恋人になっても結婚には至らず別れて、それからまた別の人と恋人になってってのはよくあることで……。それで、恋人である時に、その、体の関係までいくことも珍しくなくて、だからその、何人かと経験してることもよくあることで、でも、この世界の常識だとどうかわからなくて、その……」
「サツキさんにも経験があるということですか?」
「……はい、そうです」
直球で聞かれたので素直に答えた。それがこの世界の、特に貴族との婚姻で許されるのかどうかわからない。イメージではアウトだと思うけど。
「そうですね。貴族の、特に次期当主夫人となるとそれは許されません」
「そうですよね……」
そりゃあ誰との子かわからない子を跡継ぎにするわけにはいかないからそうだろう。
予想はしていたとはいえ、かなり堪えるな……。
「まあでも、俺は後継者を求められる立場じゃないですし、サツキさんの過去は今のところ俺しか知らないから、いいんじゃないですか?」
え、そういう問題!?
「検査とかあるんじゃないんですか……?」
産婆さんみたいな人が実際に見たり触ったりして、処女かどうかを調べるやつ。歴史小説か資料で読んだことある。
「うーん、疑わしい場合にはないとはいえないですね。ああ、そうだ。じゃあもう俺としてしまいましょう?そうすればわからなくなりますよね」
へ? 今、なんと?
体を寄せながら、耳元で囁かれた内容が衝撃的で頭が真っ白になった。




