side勇者【3】
「起きてください」
体を揺さぶられて急速に眠りから浮上する。まだ眠いし、めちゃくちゃ体がだるい……。てか、誰の声?俺、今彼女いないはずなんだけど……。
と思ったところで意識がはっきりした。
サツキさんが俺を揺さぶって起こしてる。のろのろと体を起こすが、疲れが全然抜けてない。外もまだ暗いし、あんまり長いこと寝られたわけじゃないようだ。
「とりあえずこれを飲んでください。薄めたポーションです。疲れが取れると思います」
そう言って渡されたコップには薄い水色の液体が入ってた。ポーションはあるのか、ファンタジーっぽい世界だな。
飲み干したポーションはミントのような清涼感のある味で、悪くない。ラノベやゲームによってはポーションの類がめちゃくちゃまずい設定のもあったから、飲みやすいのは助かる。これからいくらでもお世話になるだろうし。
ポーションを飲むと一気に疲労感がなくなり、パワーがみなぎってきた。すげえ効果。
「調子はどうですか?」
「一瞬で疲れがなくなりました。さすがポーションですね」
「それはよかったです。朝ごはんは食べますか?」
俺は元々朝食は食べない派だし、昨日の夕食みたいなのだったら微妙だから断った。
「では用意が出来次第出発しますので、準備してください」
そう言ってサツキさんは外に出て行った。ヴォルフガングの姿もないので、すでに起きて用意をしてるんだろう。
俺は吊るしてあった私服に着替え、借りてた服を適当に畳んだ。ヴォルフガングが使っていた毛皮なんかが部屋の端に積んであるので、そこに一緒に置いておく。
サツキさんが置いていった濡れタオルで顔を拭いたら準備オーケーだ。
外に出ると、サツキさんとヴォルフガングが建物の戸締りをして回っていた。まだ暗くてはっきりわからないが、この家とお風呂の小屋以外にも大きめの小屋というか倉庫みたいなのが2棟あるみたいだ。灯りを持った二人がそれらに頑丈そうな南京錠をかけ、窓は雨戸みたいなのを閉めていく。
「用意はできましたか?」
「あ、はい。いつでも大丈夫です」
では、とサツキさんは家の玄関にも鍵をかけ、風呂に湯を溜めてた石と同じようなものを扉に設置した。あれも魔道具か?
「それって魔道具ですか?」
「そうです。魔石を使った、侵入防止の魔道具です」
魔石もファンタジーの定番だよな。魔獣を狩って魔石を手に入れるってやつ。
「では村に向かいます。これで足元を照らしてください」
そう言って渡されたのは小型のカンテラみたいな照明で、中に入ってる魔石が光を放っている。
ヴォルフガングが先頭に立ち、俺を挟んで後ろにサツキさんという並びで進み始めた。
ヴォルフガングは全く後ろを振り返らないが、気配で俺たちの様子は把握しているようで、俺がギリギリついていけるペースをきっちり維持している。ほんとにギリギリだから、しんどいけどな!下りだからどうにかついていけてるけどな!
体感時間で1時間ぐらいたったあたりで、あたりが明るくなり始めた。
「ヴォルフィ、ちょっと休憩しよう。灯りも片付けたいし」
サツキさんが声をかけて、ようやく一休みできた。もう疲れた……。
適当な切り株に腰を下ろし、カンテラをサツキさんに返す。
「ポーションを疲労でしょっちゅう飲むのも良くないですが、今日は急いでいるので回復を優先しましょう」
そう言ってサツキさんに渡されたカップには、朝よりもさらに薄い水色のポーションが入っていた。だいぶ薄めてあるようだ。ぐいっと飲み干すとまた疲労感が消え、元気が湧いてきた。
「ポーションって副作用的なのがあるんですか?」
「すぐに出る副作用はないですが、長期的に飲み続けると耐性ができるのか効きにくくなりますし、自然治癒力も弱まるようです。ちゃんと研究されてデータがあるわけではないですが、長年薬師をやっている方がそう言っていました。ですので、どうしても必要な時だけ飲む方がいいです」
そういうもんなのか。ポーションは万能薬ってイメージだったけど、マイナス面もあるのかぁ。まあ寝て治るんだったらお金かけてポーション飲む必要もないしな。
「ポーションってラノベによってはめちゃくちゃ高価ですけど、この世界はどうなんですか?」
「この世界でも高価ですよ。私は自分で調薬しているので、検品時にはねた分をこうして使っていますが、買うと高価です」
そういえば薬師をやってるって言ってたもんな。これはいわゆるB級品ってことか。ま、効いたからなんでもいいけど。
サツキさんは話しながらカンテラやカップを腰のポーチにしまっていく。明らかにカンテラよりも小さいポーチに。それってもしかして……。
「それってマジックバックですか?」
「そうです」
マジックバックもあるのか!欲しいぞ!理想は収納スキルだけど、ステータスに載ってないから俺にはないみたいだし、それならマジックバックは絶対に欲しい!
「どこで手に入るんですか?」
「基本はダンジョンでのドロップ品ですね。でもなかなかドロップしません。たまにオークションに出ることもありますが、ものすごく高額になります。作れる人はどこかにはいるのかもしれませんが、私は聞いたことないです。これはダンジョンで手に入れました」
なかなかハードル高いな。でも勇者としてレベル上げはすることになるだろうし、マジックバックがドロップするダンジョンを選んだらいけるかも。いや、そんなことしなくても、災厄をなんとかするのに必要って言ったら誰かから譲ってもらえるかも?とにかくどうにかして大容量のマジックバックを手に入れないと!できれば時間経過しないやつ。それがあるかないかで、異世界の快適生活は大きく変わるんだよ!!
「そろそろ行くぞ」
マジックバックへの妄想を高めていたら、ヴォルフガングの冷たい声に遮られた。
再びさっきと同じ並びで歩き始める。
明るくなってから改めて二人を見ると、どちらもいかにも冒険者って格好をしていた。
ヴォルフガングは腰に長剣と短剣を差している。鎧は革鎧なのかな?割と軽装に見える。足元は頑丈そうなブーツ。こっちも腰に小さなカバンをつけているから、多分マジックバックなんだろう。いいなぁ二人とも持ってて。
サツキさんは短めの剣を2本腰に差してる。左右に1本ずつ。二刀流ってことなのかな?てか、剣使えるんだ。わざわざそんな変わった武器にしてるなんて、真面目そうに見えて意外と厨二病なのかもしれない。
ヴォルフガングと同じく革鎧っぽいのを着ていて、完全に近接戦闘スタイルだ。薬師ってあんまり自分で戦わなさそうだし、魔術師みたいなローブとか着てそうなのに。
俺はどんな武器がいいだろうか、と考える。やっぱり剣だよなぁ、剣。勇者といえば剣だと思う。宝剣とか聖剣とか、名前のある伝説的な剣を振るって災厄と戦うのがいいよなぁ。あるのかなぁ、勇者にしか抜けない剣みたいなやつ。
俺は魔法のスキルも持ってるから、それも試してみたい。ワクワクしてくるなぁ。そういえば生活魔法以外の魔法って使える人はどれぐらいいるんだろう。よくあるパターンではほぼ貴族しか使えないってのが多いけど。もしも俺が大掛かりな攻撃魔法を颯爽と放って災厄を鎮めたりなんかしたら、いかにも勇者って感じだよなぁ。
そういえば、ラノベだとハーレムものも結構あるよな。勇者として活躍したら、もしかするともしかするかもだな!褒美的なさ!
俺がこれからのことに思いを馳せているうちに、村の近くにたどり着いていた。門の前には馬車が停まっていて、村長を含む数人が待っていた。
「おはようございます、村長」
ヴォルフガングが声をかけ、サツキさんも含めて何かを相談し出した。これからの予定なんだろう。俺はぼんやりと馬車を眺める。幌が屋根のようにつけてある荷馬車って感じだ。これはあれだな、異世界モノによくあるお尻が痛くなるやつに違いない。嫌だなぁ。
「行くぞ。早く乗れ」
またしてもヴォルフガングに冷たく言われ、馬車に乗り込む。座席がわりに木箱が置いてあって俺とサツキさんが座り、ヴォルフガングが御者席に座る。昨日は村長が一緒に行くと言っていたが、行かないみたいだ。
「これを敷いたら多少は衝撃がマシだと思います」
そう言ってサツキさんが厚手のクッションを渡してくれた。やっぱりお尻痛くなるやつなんだ。
馬車が動き出すとなかなかひどい振動に揺さぶられるが、会話ができないほどではなかった。
「どれぐらいで領主さんのところに着くんですか?」
「だいたいお昼ぐらいですね。馬で行く方が早いんですが、山本さんは乗れないと思いますので」
うん、乗れない。馬に乗ったのなんて子どもの頃にポニーに乗る体験をしたぐらいだ。……ポニーって馬だよな?違ったっけ?
「サツキさんは乗れるんですか?」
「はい。やっぱり乗れる方がなにかと便利なので、練習しました。山本さんも乗れるようになる方がいいと思います」
やらなきゃいけないことがいっぱいあるなぁ。どこまでスキルで楽できるんだろう。剣と魔法はなんとかなりそうだけど、乗馬は自力で頑張らないといけなそう。俺の運動神経は特別よくも悪くもないから、それなりに練習が必要そうだ。
「サツキさんとヴォルフガングさんは、もう長いんですか?」
「……そうですね。私がこの世界に来てすぐに知り合って、ずっとお世話になってます」
「恋人なんですよね?」
「まあ、そうですね……」
なんか訳あり?サツキさんが言い淀むからあんまり追求はしないほうがよさそうだけど、うまくいってないのかな。その割にはよく家に来てそうな雰囲気だったし、心配してる感じもあったけどな。
あぁ、あれか。ヴォルフガングに何人もいる相手のうちの一人ってことなのかもしれない。モテそうだもんなぁ。サツキさんが何歳なのか聞いてないけど、多分30歳前後だと思う。ヴォルフガングは西洋的な顔だから年齢がわかりにくいけど、サツキさんより年下だと思う。俺と同じぐらいかもしれない。だから年上の物分かりのいい女って感じで一緒にいるのかもしれないな。まあ、どうでもいいけど。
「今から行くのって、なんたら子爵のところなんですよね?昨日言ってたなんたら侯爵ってのは関係があるんですか?」
「えーと、今向かっているのはモンテス子爵領の領主館になりますが、そこにいらっしゃるのは領主代理であるアイゼルバウアー侯爵の長男になります。山本さんは歴史には詳しいですか?」
「いえ、全然」
歴史に限らず勉強は全体的に嫌いだ。戦国時代を舞台にしたゲームにハマっていたことがあるから、戦国武将はそれなりに知っているが、それだけだ。さすがに侯爵とか伯爵ぐらいは聞いたことあるけど。
「アイゼルバウアー侯爵はモンテス子爵という爵位もお持ちです。アイゼルバウアー侯爵が代替わりされるとき、その長男にモンテス子爵の名前だけが与えられ、それを『儀礼上の爵位』と呼びます。実際の領主はアイゼルバウアー侯爵なんですけど、なんというか後継者の証としてモンテス子爵を息子に名乗らせるようなものだと思ってください。今は名前だけのモンテス子爵である長男が、領主代理として実際に領地経営も行なっておられるという状態です。わかりますか?」
わかんねぇ。何言ってんの?
俺の表情から俺がわかってないことを悟ったようで、サツキさんは諦めたようにため息をつくと、
「とりあえず、今から会うのはアイゼルバウアー侯爵のご子息で、後日侯爵本人とも会うことになると思います。それだけ覚えておいてください」
と言って話を打ち切った。最初からそれだけ教えてくれたらいいのに。