side巻き込まれ薬師【19】
それから連れ立って邸内に戻ると、ベルンハルトさんが「打ち合わせは明日でいい」と言っていたと執事さんに教えてもらった。
私も心の整理をしたかったので正直助かった。
夕食も部屋でひとりでとらせてもらい、食べながらお風呂に入りながら、私はずーっとこの先のことを考えていた。
まずヴォルフィさんが完全に家を出て冒険者になる場合。
そうなったら気持ちを伝えてしまおう。あなたが好きです、一緒にいたいです、と。
それを受け入れてくれたら、私はできるだけ早く魔道具開発にキリをつけ、できればスキルも使えるようになって、一平民として彼のところへ行こう。
そして薬師しつつ、できればちょっと冒険者もしつつ暮らしていこう。
フラれたら……平民としてのスタートが一人になるだけだから、やることはあんまり変わらないか……。寂しいけど。
ヴォルフィさんが家に戻る場合の方がややこしい。
本人に気持ちを伝えるのは同じでも、その後に侯爵の許可も得ないといけない。
それに、おそらく貴族に「付き合う」という関係性はなくて、婚約からの結婚しか一緒にいる方法はないだろう。
愛人や愛妾がこの国で認められているのかはわからないけど、私がそんな立場は嫌だから却下。
ということは、私を侯爵家に入れてもいいと思わせないといけない。
ベルンハルトさんのくれた「父は有能な身内に甘い」というアドバイスは、私に「使える人間だと示して見せろ」という激励なのだと思う。……たぶん。
今の私が持っている駒は魔道具(家電)の知識とスキルぐらいだ。
魔道具は事業にしてもらえたから、がんばるしかない。
あとはスキルだ。できるだけスキルを全部使いこなして、私が有用だと思わせるしかない。
侯爵との最初の面会の反応からしても、侯爵はスキルを持っていることを重要視していない。なんなら、『剣術』のスキルを持っているだけの人より、持っていなくても実際に剣を振るえる人の方を選ぶんじゃないかと思う。
貴族としての振る舞いを今の時点で身につけていないことは気にしなくていいだろう。
結局まとめると、魔道具開発とスキルの練習をがんばる、ぐらいしかない。
そして、前提としてヴォルフィさんに私の気持ちを伝えるということだ。
それを考えるとドキドキして変な汗が出てくる……。
私だってアラサーだから恋愛経験はそれなりにあるし、告白したこともされたこともある。だけど、その時は失恋したってその彼とは関係なく帰る家があって働く場所があった。話を聞いてくれる友人もいた。
今はそうじゃない。ヴォルフィさんは今の私にとってほぼ「この世界そのもの」だ。フラれた時のダメージはこれまでの比じゃないと思う。
いや、そんな打算的な考えを抜きにしても、こんなに焦がれるような切ない感情は初めてで、ただただ離れたくない。
明日ヴォルフィさんと話す時に私の気持ちも伝えよう。
そう決めて少し心が楽になった瞬間、私は重大なことに気がついてどん底に落ちた。
待って。貴族って、処女じゃないと結婚できないんじゃないの……?
今までに読んだ歴史の本や小説では大体そうだった。検査している描写も見たことがある。
私は経験者だ。処女じゃない。
それがこの世界の貴族に対して許されるのか否か……。
経験はないと嘘をつくことはできるけど、嘘を見抜く手段や、体の検査があるとしたらバレるだろう。
そして私は(はっきり聞いてないけど)ヴォルフィさんよりだいぶ年上だし、たぶんこの世界では随分な行き遅れになるだろう。
ついでに言うと子どもは好きじゃないのでほしくないとずっと思っている。
ヴォルフィさんは爵位を継ぐ立場じゃないから後継者を求められるわけじゃないだろうけど、でも産まなくていいとは言われない気がする。
元の世界だって女性の自立と言いながら、結婚しない女性や子どもを望まない女性が心ない言葉を投げつけられることは多かった。いわんやこの世界においてをや、だ。
それも含めてヴォルフィさんに気持ちを伝えなきゃいけないんだと思うと、ひどい憂鬱と緊張に苛まれてほとんど眠ることができなかった。
ほぼ眠れないままようやく外が明るくなってきたので、私は早朝の散歩でもしようと思って最低限の身支度をしてそっと庭に出た。
昼間は快適な温度だけど、朝は寒い。
そういえば、この国に季節はあるんだっけ?てか今は何月?カレンダーってどうなってるんだっけ?
一気にいろんなことが起こりすぎて、そんなことすら確認できていないことに軽く自己嫌悪に陥りながらふらふらと歩いていく。
適当に進んで木がトンネル状になっているところを抜けると、芝生が広がっている空間に出た。
ピクニックに良さそうなその芝生の上で、ヴォルフィさんが剣を振っていた。
心の準備ができないうちに姿を見てしまって硬直していたが、そのままヴォルフィさんの動きに目を奪われてしまった。
あれは剣の型というものだろうか。無駄な動きは一切なく、それがまた削ぎ落とされた美しさで、剣に詳しくない私でも見惚れてしまうものだった。
よほど集中していたのか、私がいることに気づかないまま一通り型を終えて、剣を鞘におさめたところでいきなり目が合った。
「サツキさん、どうしてここに!?」
「散歩しようと思って適当に歩いてたらここに来ちゃいました。お邪魔してごめんなさい」
「邪魔じゃないです!それよりも、そんな薄着でいたらダメです!」
そう言って横に置いてあった自分の上着を掴むと、駆け寄ってきて私に着せてくれた。
好きな人の上着にくるまってる。
そう思うと一気に体が熱くなってきた。顔が赤くなっているのも自分でわかるから、恥ずかしくて俯いてしまう。
せっかくふたりきりなんだから、今が気持ちを伝えるチャンスだ。そう思うのに、昨夜から頭も心もぐちゃぐちゃでどう話したらいいのかわからなかった。
その時、同じように無言で立っていたヴォルフィさんが、急に私の前に跪いて私の手を取った。
びっくりして思わず俯いていた顔を上げると、思い詰めたような眼差しで私を見上げていた。
「私、ヴォルフガング・クリストフ・アイゼルバウアーはゴトウ・サツキ殿に結婚を申込みます」
「………………へ?」




