side巻き込まれ薬師【16】
翌朝、目が覚めたら既に日は高く昇っていた。
メイドさんたちは私が目覚めるまで寝かしておいていいと指示されていたそうで、誰も起こしにこなかったのだ。扉からひょこっと顔を出すと、気づいたメイドさんが急いで水を持ってきてくれたので顔を洗って着替える。
子爵領から持ってきた私の荷物は、いつの間にか客間のクローゼットに仕舞われていたので、珊瑚色のシンプルなワンピースを着た。
ちなみに、この世界にもストッキングというかタイツはあるけど、元の世界ほど伸縮性のある素材はないからか、ガーターベルトで吊るタイプしかない。初めて履いたよガーターベルト。ああ落ち着かない落ち着かない。でも貴族女性は脚を出すのはご法度だそうで、私は貴族の客人だからそのルールは守らないといけない。私の希望で丈が短めのワンピースだから余計にね。
とっくにみんなの朝食は終わっている時間だったので、昼食に響かないように軽食を部屋に運んでもらって食べた。
ヴォルフィさんを探しに行こうと扉を開けると、目の前に本人が立っていた。
「わっ!びっくりした!あ、いえ、おはようございます」
「おはようございます。驚かせてすみません。サツキさんが起きられたと聞いたので、今ノックしようとしたところだったんです」
へにゃっとした顔で困ったように言う姿は、人懐こい大型犬を連想させる。
「私もヴォルフィさんを探しに行こうと思っていたのでちょうどよかったです。何かありました?」
「いえ、兄が帰ってくるまでは自由にしていていいそうなので、敷地内をご案内しようかと。サツキさんこそ、なにかあったんですか?」
「昨日到着した時、うっかりとライデンさんたちにお礼を言い損ねてたので、どこにいらっしゃるのか聞きたくて」
「ああ、それなら騎士団の詰所にいると思うので案内しますよ」
ヴォルフィさんに連れられて向かった先は、鍛錬場を併設した建物だった。10人ほどが筋トレしていて、監督していた騎士がヴォルフィさんに気づいて駆け寄ってきた。
「ヴォルフガング様、どうされましたか?」
「モンテス子爵領から同行していた騎士たちに会いたいんだが、いるか?」
「彼らでしたら今は演習林の方に行っております。昼前には戻ってくると思いますが、どうされますか?」
「では昼過ぎにもう一度来よう」
いないのなら仕方ないので、そのまま敷地内を案内してもらった。
さすが侯爵の邸だけあって庭は広く、綺麗に手入れされていた。しかもこれはいくつもある庭のうちの一つなんだそうだ。さらに温室まであった。
履き慣れないガーターベルトが気持ち悪くて私の歩き方が変になるのを、ヴォルフィさんが足が痛いのかと勘違いして抱き上げようとするから断るのが大変だった……。
途中で休憩を挟みつつ見て回り、お城に戻って昼食をとってから、もう一度騎士団の詰所へ向かうと3人が軽装で外に立っていた。
声をかけると、午後からは休みだそうで私たちの用が済んだら街へ繰り出すところだったらしい。そして明日には子爵領へ戻るそうだ。
「お休みを邪魔してしまってごめんなさい。昨日、到着した時にお礼を言いそびれていたのが申し訳なくて。無事に送り届けてくださってありがとうございました」
私がそう言ってぺこりと頭を下げると、3人とも笑いながら「無事に着けてよかったな」とか「楽しかったよ」と言ってくれた。
お休みなのにあまり引き留めてもいけないので、「またお会いできたら嬉しいです」と最後に伝えて詰所を後にした。
この後どうしようかとヴォルフィさんと話していると、玄関の方がざわざわしていた。通りすがった庭師さんが「アルブレヒト様とベルンハルト様がお戻りになられたようです」と教えてくれたので、急いで向かう。
玄関のあたりに着くと、ちょうどお兄さんたちが馬車から降りているところだった。2人とも茶色の髪に茶色の瞳で、1人は侯爵によく似ていた。もう1人はヴォルフィさんとよく似ているので、その2人は母親似なのだろう。
「兄上、お帰りなさい」
ヴォルフィさんはお兄さんたちのことも大好きなようで、とてもうれしそうだ。
「久しぶりだな、ヴォルフ。そちらが異世界からの客人殿か」
「はい、サツキさんです」
「ゴトウ・サツキです。よろしくお願いします」
ここでもぺこりと頭を下げる。
「ようこそ、サツキ殿。私はアルブレヒト・ハンネス・アイゼルバウアー。こちらが弟のベルンハルト・カール・アイゼルバウアーだ」
「よろしくね」
ヴォルフィさん似のアルブレヒトさんは生真面目な感じだけど、侯爵似のベルンハルトさんはノリが軽めな印象だ。
「兄上たちはこの後、お時間ありますか?」
かまってかまってと尻尾を振るようなヴォルフィさんに、ベルンハルトさんが苦笑している。
ヴォルフィさんの頭をぽんぽんとしながら、
「まずは父上のところに報告に行かないといけないし、その後はサツキさんのお話になるのかな?どちらにせよ父上次第だから、ヴォルフとは晩餐の後にゆっくり話そうね」
と言って、2人は侯爵の執務室に向かっていった。
若干ショボーンとしているヴォルフィさんが面白い。見えない尻尾と耳がぺターンとしているようだ。
「私が呼び出されたらヴォルフィさんも一緒に来てくださいね。どこかのお部屋で待ってましょうか」
と、提案すると目に見えて機嫌が直った。
サロンに移動してお茶を飲みながらお兄さん大好き話を聞いていると、執事さんが私たちを呼びに来た。
執務室に入ると、侯爵とお兄さん2人がソファセットに座っていたので、私とヴォルフィさんも席につく。
「さて、サツキ殿。二度手間になるが昨日の話を聞かせてやってくれるか?」
「わかりました」
私は昨日と同様に、勇者と聖女の召喚に巻き込まれたこと、聖女は妹であるがあまり関わりたくないこと、サーラ神に加護とスキルをもらったこととその内訳、森の中で魔獣に襲われていたのをヴォルフィさんに助けられたことを話した。
アルブレヒトさんは侯爵と同じような無表情、ベルンハルトさんは少し面白がっているような表情をしていた。
サーラ神の短剣はどうしようか迷ったけど、侯爵が何も言わなかったので触れずにおいた。
「ふーん、なるほどね。それで、彼女はこれからどうするんですか?うちで雇います?」
ベルンハルトさんが侯爵に質問したので、侯爵は昨日私に提示した内容を説明した。
「どうだ?」
「私は異論ありません」
アルブレヒトさんが生真面目な調子を崩さず言う。
「私もです。それに、ヴォルフがなんとかしそうですしね」
ベルンハルトさんはまたしても面白がる雰囲気を滲ませつつ同意してくれた。
「ではサツキ殿、そなたの世界の技術とやらを聞かせてもらおうか。ヴォルフに少し聞いたが、魔道具ではない魔道具のようなものがあるそうだな」
「はい」
私は元の世界に魔法がないことから始め、魔力と別の動力で動く機械という仕組みが普及していたことを説明し、代表的なものとして冷蔵庫と洗濯機を挙げた。
「私のイメージでは、魔道具というと魔石を動力として動く機械かと思ったんですけど、この世界の魔道具はそうではないと聞きました。新しいタイプの魔道具としてどうでしょうか……」
3人とも難しい顔をして、侯爵なんて眉間に皺を寄せているから、私の説明の最後は自信なさげに尻すぼみになってしまった。
「父上、これはいいかもしれません。領内で魔石は採れますし、モンテス子爵領の方には冒険者向けに工房を構えている職人が大勢います。付与術師も全体的に不遇をかこっていますから、声をかければ協力は得られるでしょう。何より、この領には目立った特産がないことをいつも惜しく思っていましたから、これはチャンスかと」
ベルンハルトさんが一気に捲し立てた。頭の中では既に計画が進んでいるかのようだ。
「サツキ殿、それはあなたの世界の人は誰でも知っているものですか?例えば勇者や聖女は?」
アルブレヒトさんも興奮を隠しきれない様子で私に聞いてくる。
「私がいた世界というか、私がいた国の住人なら誰でも知ってます。その、仕組みなんかは一部の人しか分かってませんが、使うのはみんな使ってましたから」
私と息子たちのやりとりをじっと聞いていた侯爵が体を動かした。
その気配を感じた全員が、黙って侯爵の言葉を待つ。緊張が高まる。
「わかった。聖女と勇者がやってくる前に、形にして世に出してしまおう。サツキ殿、全面的に協力を依頼したい」
「は、はい……!」




