side巻き込まれ薬師【15】
8月18日 サツキの滞在条件に追記しています。
私とヴォルフィさんが立ち上がって出迎える。
入ってきたのは銀髪に茶色の目の壮年の男性だった。思慮深そうな面持ちながら、がっしりした体格は騎士として鍛えていることを窺わせる。顔立ちはそれほどヴォルフィさんと似ていなかった。
そして、予想通りというか、情で動いたりはしない為政者の空気を纏っている。
「父上、お久しぶりです。こちらが異界からの客人であるサツキさんです」
「初めまして、侯爵閣下。別の世界より参りましたゴトウ・サツキと申します」
私は神妙な顔でぺこりと頭を下げた。
侯爵は頷くと、
「サツキ殿、歓迎しよう。私はフォルクハルト・イェルク・アイゼルバウアーだ」
と深みのある声で告げてソファに座ったので、私たちも席に着いた。
「早速だがこれまでの経緯を話してほしい」
私は勇者と聖女の召喚に巻き込まれたこと、聖女は妹であるがあまり関わりたくないこと、サーラ神に加護とスキルをもらったこととその内訳、森の中で魔獣に襲われていたのをヴォルフィさんに助けられたことを話していった。
「サーラ神に賜った短剣があるんですが、出してもよろしいでしょうか?」
いきなり刃物を出して誤解されても困るので、侯爵の了承を得て収納から取り出し差し出す。
「私の鑑定では『神託の短剣』と表示されます。預言者エリアスに神託を与えた際に、先導の天使が持っていた短剣らしいのですが……」
私がそういうと、貴族らしい無表情のまま短剣を眺めていた侯爵の眉がピクリと動いた。視界の片隅でヴォルフィさんは硬直している。そういえばヴォルフィさんに先に見せるのを忘れてたわ。
「ほう、それはそれは。失礼だが、サツキ殿は預言者エリアスのことは?」
「全く知りません。何をされた方なのでしょうか?」
侯爵が教えてくれたことによると、エリアスは王家の人間だったが独特な宗教観の持ち主だったため追放された人だそうだ。
その宗教観というのが苦行を自らに課すというもので、私からしたら特におかしい気はしないのだが、当時の楽園のように平和なセラフィールドでは意味不明な行動で不気味に思われたらしい。
追放されたエリアスは洞窟に籠って修行を続けていたが、ある時、天使を伴ったサーラ神がエリアスの前に現れ神託を下した。その神託こそが「魔法」であり、セラフィールドに魔法が生まれた瞬間だそうだ。
時を同じくして「魔獣」というものが現れ猛威を振るったが、エリアスは時には自分で魔法を使い、時には人々にその方法を伝授し魔獣に対抗した。魔獣そのものがいなくなることはなかったが、エリアスが広めた魔法により人々は魔獣を倒してこれを利用するようになった。それを見届けたエリアスは何処かに去って行き、そのまま永遠の眠りについているのだそうだ。
そこまで話すと、侯爵は短剣を私に返し、お茶を飲んで喉を潤した。
「この短剣の存在は隠しておいた方がいい。預言者エリアスは微妙な立ち位置の存在だ。魔法をもたらした偉人ではあるが、王家から追放された人間、いわば異端だ。異端者に神託が下ったことは、正当な巫女の家系を自負する王家にとって受け入れ難いことであったのだろう。エリアスのことは正史にはほとんど出てこない。さっきの話は神話として広まっているが、正式な神殿はない。あくまで無名の王家の一員がやった、王家の偉業として扱うことになっている。過去にはエリアスの神殿を建てようとして処刑されたものもいると聞く。表向きの罪状は違うものではあったそうだがな」
こ、怖い……。でも確かにこの間読んだ歴史書にはエリアスの名前は出てこなかった。
「わかりました、どうしてもの時以外はしまっておきます……」
顔を引き攣らせる私に、侯爵は頷いた。
「さて、それではサツキ殿の身柄について話し合おうか。勇者と聖女は王家の管轄になるため、発見した場合は速やかに送り届けなければならないが、それ以外の異界からの客人については明確な決まりはない。決まりができるほど前例がないというのが本当のところではあるがな。もちろん王家に報告はした上で、その後のことだ。サツキ殿には希望はあるのか?」
「先ほどお伝えしたスキルを活かして、薬師兼冒険者として身を立てていけたらと考えています。モンテス子爵領は冒険者誘致が盛んだとお聞きしましたので、叶うならそこに滞在し技術を身につけたいです。引き換えに、ではないですが元の世界の知識でお役に立つことがあるなら提供いたします。妹にできるだけ会いたくないので、王家に引き渡されずに生きていきたいんです」
私の返答に侯爵は「ふむ」と考えている。
「父上、俺からもお願いします。彼女のことは俺が責任を持ちます。それに、サツキさんに聞いた異界の技術はきっと侯爵家の発展に役立ちます。だから、父上の庇護下に置いてもらえませんか?」
ずっと黙っていたヴォルフィさんが援護射撃をしてくれた。本当に私が独り立ちできるように面倒見てくれるつもりなんだ。とてもありがたい。
「ヴォルフがそこまで言うのであれば、そうだな……」
侯爵の出した条件はこうだった。
まず、侯爵から王城に私の存在を報告はする。侯爵の元で保護するということも含めて報告するから、王家に引き抜かれることはないだろうけど、謁見の要請があれば応じること。
私が嘘をついている可能性もあるので、侯爵が用意する神官の鑑定を受け、偽りがないかを証明すること。
無条件の庇護の期間は最長で1年間。その間は侯爵領内で居所を明らかにして過ごし、定期的に侯爵もしくは代理人と面会すること。
言われていないけど、おそらく監視もつくと思う。
この世界に関する知識や常識の習得は侯爵家が便宜を図ってくれるから、私は学びつつ仕事を探すなど生活基盤を整えるよう努めること。
元の世界の知識は侯爵に提供し、その取り扱いについては侯爵家が最優先権を持つ。もちろん内容によっては私に対して情報料の支払いや待遇をよくするなど、見返りを与える。
1年後の私の待遇はそれまでの実績で決めるが、とりあえず問題を起こしさえしなければ一般市民として好きにさせてもらえる。役に立つと思われたら、侯爵からなんらかの仕事や立場を与えることもあり得る。
「それでよければ我が庇護下におこう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
細かい部分は面会の際に調整していくことになったし、とりあえず身元の保証をしてもらえることになったので、不満はない。
ずっと緊張して全身に力が入っていたのが、ホッとして緩む。
「父上、ありがとうございます!俺がサツキさんのサポートをしっかりします!」
「お前がアイゼルバウアー侯爵家の一員であることを忘れぬのなら、好きにすればいい」
「はい!」
なんか、初めてのお使いを頼まれて張り切ってる小さい子みたいないい返事だけど、意味わかってるのかな。
侯爵家の一員として私を監視しろって言われてるんだよ。私が問題のある行動をしようとしたら、止めたり報告したり場合によっては拘束しろって言われてるんだよ。
ニコニコしてるヴォルフィさんには全く伝わってなさそうだ。
チラリと侯爵の方を見ると、無表情の下で困っているのが透けて見えた。
まあでも、仕方ないだろう。冒険者になるまでの間にどこまで貴族的な教育を受けていたのか知らないけど、貴族としての振る舞いや会話を他家の人に対して実践するところまでは辿り着いてないと思うもの。
侯爵と対面して初めて気づいたけど、ヴォルフィさんは貴族としても冒険者としても、自分はどちらにも完全に溶け込むことができない半端者だと感じているんだと思う。
どちらにいても異物。
どこまで本人が自覚してるかはわからないけど、その感覚がヴォルフィさんを一匹狼にしてしまっているのだと思う。だから、自分よりも明らかに異物である私に対して優しいのだろう。
「明日にはヴォルフの兄2人も戻ってくる予定だから、異界の知識についてはそれから聞こう」
「わかりました」
それで侯爵との面会は終わった。侯爵を見送って扉が閉まった瞬間、緊張の糸がプツッときれてフラッと倒れそうになったが、ヴォルフィさんが支えてくれた。
「あはは、すみません。ホッとしたら力が抜けちゃって」
「それは仕方ありませんよ。でもよかった、サツキさんの望むようになって」
「ヴォルフィさんが口添えしてくれたからですよ。本当にありがとうございます」
「いえ、大したことはしてませんから」
ヴォルフィさんに支えてもらいつつ、もう一度ソファに座り直す。
「そういえば、侯爵様は私のスキルのことは無反応でしたね……」
「あぁ、それはサツキさんがまだ使いこなせていないことをわかっているからでしょう。持っているだけでは意味ないですからね、スキルは。使えるようになったらそれもサツキさんの価値に反映されると思いますよ」
「なるほど……」
「もちろん協力しますから、全部使いこなせるようになりましょうね」
当然のようにそう言われて、「ありがとうございます」と呟きながら私はその柔らかな笑顔に魅入られていた。
もう少し、一緒に入れるんだね。
もうしばらくは、夢を見ながら楽しんでいてもいいのかな。
ヴォルフィさんが私を部屋まで送ってくれた。
夕食も侯爵と一緒かと思って緊張していたら、今日は私の部屋に運んでもらえるそうだ。
私が一人で食べることをヴォルフィさんが気にしてたけど、一人になりたかったので「久しぶりにお父さんと水入らずで話すといいんじゃないですか」って言ったら嬉しそうにうなずいていた。
あてがわれた客間で私は早々とお風呂に入り、夕食は給仕も断って全品を一気に並べてもらい、寝巻きにガウンを羽織っただけの姿でダラーっと食べた。食べながらも眠気が止まらなかったので、食べ終わったらすぐに片付けてもらい、泥のように眠った。




