side巻き込まれ薬師【14】
「魔道具って、魔石を動力とする道具なんじゃないんですか?」
私の質問にヴォルフィさんは困った顔をした。
「そうですよ。魔石に付与術師が魔法陣を刻んで、魔道具にします」
なんだろう、なんだろう。
なんかこう微妙に噛み合ってない気がするのは、なんだろう。
そのあと細かくしつこく質問攻めにして、ようやく違和感の正体がわかった。
私の中の魔道具のイメージは、例えば洗濯機が電気じゃなくて魔石をエネルギー源として動くようなものだった。
それに対して、この世界の魔道具は魔石に付与魔法を施したものをそう呼ぶそうだ。
つまり、筐体や機構に魔石を組み込むといった魔道具はなく、「水を出す」「光る」「簡単な結界を張る(それを鍵がわりに使う)」みたいな機能を持たせた魔石を魔道具というらしい。
それならあまり需要がないというもの納得だ。
単純なことしかできない上に、魔道具じゃなくてもどうにかなるなら、わざわざ使わないに決まっている。
それなら、いけるかもしれない。
アイゼルバウアー侯爵がどんな人かは会ってみないとわからないが、自分の価値を売り込む必要があったら魔道具のアイディアを話してみるのもありだ。
ヴォルフィさんは「父上は優しい」みたいなことをよくいうけど、そんなの父親としての顔と領主としての顔なんて違うに決まってる。
領主として有能であるならば、まず間違いなくこいつは役に立つかどうかの視点で見られると思う。
一応サラッとヴォルフィさんに日本の家電の話をしてみたら、「ぜひ父上に話してみてほしい」と太鼓判を押してくれた。
それ以降は、またヴォルフィさんの冒険者としてのエピソードを聞きながら順調に進んでいった。
パーティを組もうって誘われることは数限りなくあったらしいけど、行動が制限されると思うと鬱陶しくて全部断ってるらしい。上位レベルの魔獣討伐の時は複数パーティで行うことも多いから、その時に臨時で組む程度が限界だそう。
それに、パーティ内での色恋のイザコザが嫌だから組むなら絶対男だけのパーティがいいのに、なぜか女性パーティからやたら誘われていたのもソロのままの原因だそう。
なぜかって、理由なんてわかりきっているだろうに……。
まあ、ヴォルフィさんは全身から自由人感が滲み出てるから、ソロの方が合ってそうなのは確かだよね。侯爵家の長子なんかじゃなくてよかったね。
馬を休ませがてら朝食や昼食を取りつつ、夕方には無事に予定していた街に着いた。
ここは比較的大きな街なので最上級の宿が一応あり、そこに泊まるそうだ。侯爵家の紋章入りの馬車だから、最上級の宿を使わないといけないんだって。そりゃそうだね。
その後は規模が小さめの町が続き、予定通りに侯爵領へ入った。
領の境には関所があったけど、主家の紋が入った馬車に嫡子が乗っているのでほぼ素通り状態だった。
途中、倒木で道が通れなくて迂回したせいで、野営になった日が一晩だけあった。
その時は私といかついマルクスさんで夕食を作ったのだけど、ヴォルフィさんは例のごとく興味深そうに見ていた。
メニューは変わり映えしないけど干し肉とその辺で摘んだ野草のスープ、炙ったチーズを載せた黒パン、ライデンさんが獲ったウサギ肉の串焼きだ。ウサギは捌いて焼くところまでライデンさんがやってくれた。
ツヴァイさんは周囲の警戒をしていたけど、あの人も料理できないタイプ、というかする気がないタイプだと思う。にっこり笑顔で「お願い」って言ってお姉様方やマダムに何でもやってもらってそう。偏見だけど。
その夜はヴォルフィさんを含めた4人が交代で見張りをしてくれた。2人ずつテントで寝て、私は馬車の中で休ませてもらった。
そんな感じで旅をしているうちに、騎士の3人ともずいぶん親しくなった。それでも私がツヴァイさんに胡乱げな視線を向け続けているから、ライデンさんとマルクスさんが大ウケしていた。
ヴォルフィさんはずっと馬車の中にいたので、とりとめなく喋っていた。
道が荒れていて馬車が激しく揺れた時は、隣に来て体を支えてくれたので助かった。助かったというか普通にときめいてしまったのは深く考えないでおく。
できれば、まだしばらくは一緒にいれたらいいのに。
そんなこんなで、いよいよ領都にやってきた。今日はちゃんと元の世界の服を着ている。
侯爵領の領都はモンテス子爵領の領都とは比べものにならないぐらい大きな街だった。
街に入る関所も大混雑していたが、そこは領主家の馬車なので混雑を横目に関係者用の門からすぐに入れた。
門を入ったところは市場なんかもありものすごい活気だったが、街の奥に進むにつれ重厚で大きな建物が増えて閑静になってきた。
馬車で30分ぐらいかかってようやく領主邸の門に到着したが、すぐには降りずに敷地内をそのまま走る。車止めらしきところについてヴォルフィさんの手を借りて降りると、目の前にはお城があった。白亜の城と言いたくなるような白い石で造られた美しいお城だった。
呆然としたままヴォルフィさんにエスコートされ、執事さんに案内されてお城の中へ入っていく。執事さんの挨拶も耳に入っていなかったし、騎士の3人は玄関のところでお別れで騎士団の詰所に向かって行ったらしいのだけど、それにすら気づいていなくてお礼を言いそびれてしまったことにあとで気づいた。
ふかふかの絨毯が敷き詰められた廊下を転ばないように歩いていく。高級そうな絵画や壺なんかが置かれているので、転んで巻き込んでしまったら弁償できないもの。
「到着され次第ご案内するよう旦那様から申しつけられておりますが、よろしいですかな」
「ああ、頼む」
案内された応接室で隣同士に座ると、メイドさんがお茶を用意してくれた。
お城のインパクトで真っ白になっていた頭が落ち着くにつれ、急激に緊張してきた。あちこちから変な汗が出てきて、ティーカップを持ち上げようとした手が震える。
それに気づいたヴォルフィさんが私の手ごとティーカップを持ってテーブルに戻し、私の手を取った。
「父上はサツキさんの意に沿わないようなことを無理強いするような人ではありませんし、もしそうなったとしても俺が必ずサツキさんを守りますから。大丈夫ですから」
そう力強く言われて少し気持ちが落ち着いた。
「ありがとうございます。でも、侯爵様がどんな判断を下したとしても、私を、一人にしないでください……」
「もちろんです」
その言葉に心がふわっとあったかくなって、緊張がスッと引いていった。
今思えば、よくそんなセリフを言えたなと思う。でもそのおかげで今があるのだから、時には冷静さにお休みしてもらうことも必要なのだろう。
手の震えが止まってお茶を飲めるようになった頃、ノックの音がして執事さんが入ってきた。
「旦那様がお越しになりました」




