side巻き込まれ薬師【13】
そこまで一気に読んだところで、ふっと集中が途切れた。
図書室には窓がないのでどれくらい時間が経ったのかわからないが、目がだいぶ疲れている。パラパラと続きを見ると歴代国王の偉業が書かれてるだけなので、もう読まなくてもよさそうだ。
本を棚に戻し、首や肩を伸ばしながら図書室を出ると、日がだいぶ傾いていた。
クララさんを捕まえてサロンにお茶を用意してもらう。ハーブティーらしくホッとする香りだ。私が目の当たりを揉んでいたので気を利かせてくれたのだと思う。
庭の緑をぼーっと眺めて目を癒しながらお茶を飲む。何となくだけど、翻訳機能で文字を読んでいるとより一層目が疲れる気がする。2倍の情報量だからかな。
それにしても、「勇者」と「聖女」とはなんなのだろう。旱魃や疫病まで鎮めてしまうようだが、なにをどうしてそれができるのか。その能力をこの世界の人に与えることはどうしてできないのか。
それに、魔獣の正体はなんなのだろう。スファル神の理の外からやって来たという記述が本当なら、この世界はとっくの昔に綻んでいるのだろうか。
などと本の内容を思い出してあれこれと考えていると、夕食に呼ばれたので食堂へ行って食べる。
夕食の間は、ヴォルフィさんが明日からの旅程で通る予定の町の話や食べ物の話をしてくれた。昼間号泣した私に気を遣ってくれたんだと思うけど、旅が楽しみな気持ちにはなったので助かった。
あと数日は確実に一緒にいられるんだもんね。それはそれで楽しんでおかないと。
翌朝、というかまだ夜中だけど、コンコンとノックの音で目が覚めた。もう起きて用意をしないといけないようだ。ドアに向かって返事をするとクララさんが洗面器を持ってきてくれた。
顔を洗い、用意しておいた冒険者スタイルに着替える。ベルトのホルダーに短剣をセットすると、気が引き締まった。使わずに済めばいいけれど。
「クララさん、短い間だったけど色々ありがとうございました。また会えたらよろしくお願いしますね」
「こちらこそありがとうございました。またこちらにお越しくださるのを楽しみにしております」
挨拶を済ませて玄関に向かうと、ヴォルフィさんとリヒャルトさん、それと甲冑を来た男性が3人いた。同行してくれる騎士だろう。
「おはようございます」
「サツキさん、おはようございます。早速ですが出発します。この3人は護衛で同行する騎士のライデンとツヴァイとマルクスです」
ヴォルフィさんが紹介してくれると、3人の騎士は揃って頭を下げた。
年嵩で1番背が高いのがライデンさん。同年代ぐらいだろうか。寡黙で気難しそうなタイプに見える。
1番若そうなのがツヴァイさん。こちらはかわいらしい系のイケメンで、相当モテるだろうし本人もそれを自覚しているタイプだと見た。
年齢がよくわからないけど、顔も体つきも1番いかついのがマルクスさん。
「よろしくお願いします」
「女性騎士を付けたいところなんですが、なにぶん小さな領で騎士自体の数が少なく、男ばかりで申し訳ありません」
リヒャルトさんが本当に恐縮した顔で謝罪する。ヴォルフィさんも申し訳なさそうな顔をしている。
侯爵領の騎士団には女性騎士も在籍はしているが、令嬢が嫁いだためほとんどが別邸の侯爵夫人についているそうだ。
男性ばかりというのは気にならないわけではないが、ちゃんと護衛してくれれば文句はない。
リヒャルトさんにも挨拶をし、馬車に乗り込んだ。
馬車は黒塗りの箱馬車で、銀色で描かれている紋章は侯爵家のものだそうだ。これは侯爵家の人間がモンテス子爵領に来たときに使うために置いてあった馬車なのだそう。
だからここには「侯爵家嫡子とその客人」が乗っているという構図になるのだそうだ。
馬車の中も高級感があふれていた。床は重厚な板張りで、座席はワインレッドのビロードのような生地が張ってある。座ってみるとクッション性も高くて、乗り心地への不安は軽くなった。だってラノベで定番でしょ、馬車の乗り心地の悪さ。
ヴォルフィさんも馬車に乗りこんできて向かいの座席に座った。騎士のうち1人が御者、残る2人が馬で前後を警戒するそうだ。
馬車が走り出した。乗り心地は悪くない。道が舗装されてるわけじゃないからさすがに元の世界の自動車ほどじゃないけど、お尻の心配はしなくてよさそうだ。
聞けば、数年前に振動を軽減する仕組みを発明した人がいて、馬車の乗り心地はだいぶ改善したそうだ。と言っても、その仕組みは高価でお金持ちの馬車にしか導入できないから、荷馬車や乗合馬車なんかはひどいままだそうだけど。
窓を開けないよう言われているので景色を見ることはできず、必然的にヴォルフィさんと喋って過ごすことになる。
冒険者としてあちこちの領地を巡っていた時の話はとても楽しかったし、この国の知識としてもためになった。
ジェンティセラム公爵領を代表とする南方の地域は、やはり豊かで開放的で享楽的。交易も盛んだから、港に近い地域は異国情緒あふれる街並みだそうだ。
オーディリッツ公爵領を代表とする北方は、冬が長く寒さが厳しいのでどうしても質実剛健の気風になる。でも、室内で過ごす時間が長いためか織物などの産業は北方が中心だし、その延長で芸術も盛んだそうだ。
ヴォルフィさんは南方にいた時、現地の女性たちから激しく迫られたり変な薬を盛られそうになったそうで、南方はトラウマだそうだ……。
「宿屋の娘が合鍵使って部屋に入ってきたり、臨時で組んだ女冒険者が打ち上げの酒に薬を混ぜてたり、いろいろありましたよ……。みんな一夜だけでもいいからって言うんですけど、その気持ちも全然理解できなかったです……」
そう言って遠い目をする姿を見ていると可哀想になってくる。本人も割り切った遊びが好きなら願ったり叶ったりなんだろうけど、そうじゃなかったら恐怖体験だよね……。男前が女好きとは限らないもんね。
それに比べると北方の生真面目な雰囲気は肌に合っていたらしい。
「アイゼルバウアー侯爵領はどんなところなんですか?」
そういえばちゃんと聞いてなかったなと思って聞くと、とても嬉しそうに教えてくれた。
アイゼルバウアー侯爵領をはじめとする中部の内陸地帯は、全体的に山が多いそうだ。
最もそれが顕著なのがモンテス子爵領で、農地にできる土地が本当に少ないらしい。
今はアイゼルバウアー侯爵が領主をしているから自領内で穀物を調整してるけど、独立した領地だったときは極貧だったらしい。数代前にほぼ契約のような婚姻を結んで、アイゼルバウアー侯爵の領地となってようやく貧困から脱出できたそうだ。
アイゼルバウアー侯爵領は大部分が平野であり、南北を結ぶ大河が通っているから、農業をしつつ南北の貿易の中継地として栄えているそうだ。
今はモンテス子爵領で集めた素材を流通させるということも行なっているそうだ。
あとは魔石が採れるらしい。
魔石って倒した魔獣から採るのかと思ってたら、それもあるけど大部分は鉱物みたいな感じで鉱脈を探して掘り出すんだって。仕組みが謎。
とはいえ、魔道具はあんまり需要がないからそこまで主要な産業ではないらしい。
「魔道具あるんですね。全然見かけないのでないのかと思ってました。どんなのがあるんですか?」
と、私が聞くと、ヴォルフィさんは不思議そうな顔をしている。
「あれ、見てませんでしたっけ?領都に向かうときに、水の出る魔道具が設置してあるのを使ったと思うんですけど」
「あれは魔石ですよね?」
確かに休憩場所みたいなところに水の出る魔石があったのは覚えてる。領主館のお風呂にもあった。
「あれは魔道具ですよ」
「えっ?」
えーと、どういうことだろう?




