side巻き込まれ薬師【12】
地図を見ながらヴォルフィさんが現在地と目的地を説明してくれたが、地図はお約束というか大雑把に書かれたものだった。
線で囲まれた各領地に名前が書いてある。ところどころに川を示す線や、木の絵が描いてあるのはたぶん相当大きい河や森なのだと思う。書いてある情報はそれだけだ。道がどこにあるのかわからないので、これを見ても私には旅のしようがない。
まあおそらく技術的な理由より「軍事機密」に関することだからだろう。きっと各領主は自分たちに必要な部分はもっと精巧な地図を作っているに違いない。
今いるモンテス子爵領は国土の中央よりやや南で、オーレンシア侯爵領はそのさらに南西のかなり広い範囲を持っている。モンテス子爵領も子爵領にしては広めだけど、ほとんどが山だから細かく分けるのが難しくて今の広さになっているらしい。
モンテス子爵領の南側はいくつかの子爵領や伯爵領が集まった地域で、そのさらに南側が国内最大の穀倉地帯を有するジェンティセラム公爵領だそうだ。ジェンティセラム公爵領は海にも面しているため貿易も盛んで、はっきり言って国内で最大勢力だそう。
ついでに、という感じで王家直轄地にある最高神の聖地の場所も教えてくれた。王国の中央より北東部あたりあるこじんまりとした地域が王家直轄地で、その中の平野部に王都が、少し離れた山間に聖地があるそうだ。
なんでも、「勇者」も「聖女」も召喚されたらその聖地へ巡礼して、それぞれに与えられた神具を手にしないといけないそうだが、その聖地を守り最高神に仕える守護者という役割が王家にあるのだそうだ。
また、聖地に奉仕する巫女は最高神の神託を聞くことができるそうだが、王家の血を引く巫女でないと神託を聞くことができないそうだ。
王家の力が『災厄』を鎮めるために必要というのは、こういう理由だそうだ。
「えーと、じゃあ教会とか神殿とか、そういう組織はないんですか?」
「最高神以外ならありますよ」
なるほど。
最高神は民の日常に関わる神様という存在ではなく、国家鎮護的な存在らしい。それ以外に農耕の神、狩猟の神、戰の神、知識の神、大地の神なんかが存在してて、それらは大小の神殿を持っていてそれぞれのやり方で民の生活に寄り添っているそうだ。
「アマリスという薬の神様もいるから、落ち着いたら神殿に行ってみるといいと思います」
へー、薬の神様もいるんだ。「いる」っていうのが、スファル神やサーラ神のように本当に存在するのかそういう概念なのかはわからないけど、興味あるから行ってみよう。他の神様の神殿も、入っていいならいろいろ見てみたい。私は元の世界では神社やお寺や教会が好きだったのです。
「話が逸れましたが、明日は夜明けとともに出発して、この街道を進んでいきます。何事もなければ3日で侯爵領へ入り、そこから4日で領都に着きます。予定では町や村で宿を借りられる行程にしていますが、進み具合によっては野営もあり得ますので、心づもりだけしておいてください。サツキさんは護衛対象なのでのんびりしていればいいですよ」
最後の言葉は私の緊張をほぐすように、にっこりと笑いながら言われた。
私なんかのために悪いなって思うけど、今回は守られるのが仕事だと思っておとなしくしておこう。よくラノベなんかでもいるでしょ、護衛対象なのに変な正義感やお人好しで戦ったりしようとして迷惑かけるキャラ。あれは読んでてイライラしたから絶対やらないと強く決意した。
「ここに戻ってくるかはわからないので、今日買ったものも含めて荷物は全部持って行ってください」
「わかりました」
ヴォルフィさんの言葉に、また「これからどうなるかわからない」という不安が首をもたげてきたけど、明日のことを無理矢理考えて頭から追い出す。
「服装は冒険者の店で買った装備でお願いします。明日の朝食は途中で食べますので、用意ができたら玄関に来てください。荷物は今日のうちに積み込んでおきたいので、まとめておいてください」
「わかりました」
そういえば買ったものはもう届いているのだろうか。積み込むも何も、ものがなければどうしようもないので、あとでクララさんに確認しなければ。
「何かわからないことはありますか」
「道中で危険な箇所はありますか?」
「そうですね、侯爵領のこの辺りまでは山や森なので、魔獣が出るかもしれません。盗賊が出たという話は最近は聞かないのでおそらく大丈夫だと思います。もちろん何があってもサツキさんのことはお守りします」
「あ、ありがとうございます」
そういうこと言われるとまたドキドキしてしまうじゃないか。
まあとりあえず、明らかにここやばいって地域はないみたいだから一安心。
話が終わったので夕飯まで好きにしていいと言われて部屋を退出する。
クララさんが待っていて、買ったものが届いていると教えてくれたので2人で中身をチェックし、そのまま荷造りをした。
私は基本が雑なので丸めてぐしゃっと詰めようとしたら、クララさんにめちゃくちゃ怒られたのでほとんどお任せすることになってしまった。
ドレスを含めた衣類はシワにならないように特に丁寧に収納していく。
私はそれを眺めながら無意味に短剣を鞘から抜いたり戻したりしていた。
当たり前だけど金属の塊だからなかなか重い。
スキルの「剛力」を普段から使うべきなのか、そもそもスキルは常時発動して問題ないものなのか、なんてことをつらつら考えていると荷造りが終わったと声をかけられた。
「こちらの箱には、侯爵様のところに到着するまで必要のないものが入っています。道中で必要なものはこちらの袋にまとめていますので、これはお手元にお持ちください」
クララさん、できるメイド。ありがたい。
荷造りも終わってすることがなくなったので、思い立って図書室があるのか聞いてみるとあるとのこと。閲覧許可ももらったので、早速行ってみた。
図書室はそれほど広くなかった。壁に沿って本棚が並び、そこにはぎっしりと本が収められているが、全部で100冊もないと思う。
やはりこの世界に印刷技術はまだないようで、本は全て手書きのためとても高価なんだそう。それに、モンテス子爵領は冒険者誘致に重きを置いているので、あまり本は重要視されておらず蔵書を増やそうということにもならないそうだ。
ざっと本棚を眺めると、魔獣辞典や植物辞典といった実用書が目に付く。それに混じって法律関係の本や歴史書が何冊かあった。魔法関連の本もある。
今後のことを考えると植物の辞典が1番役に立ちそうだが、パラパラと中を見ると白黒で大雑把に描かれた図とざっくりした説明しか載っていなかったのでやめておいた。この辞典を見ながら採集しろと言われてもできる気がしない。やはり実地で覚えることになりそうだ。魔獣辞典も似たようなものだったのでそのまま棚に戻した。
魔法は概念的なことが書いてる本しかなく、読んでも使えるようにはならなそうだったのでこれも棚に戻す。
無難に歴史書を手に取って、備え付けられている机で読み始めた。
原初は混沌であったこの世界に光の神スファルが降臨し、「セラフィールド」と名前をつけることによって世界に形が生まれた。海、陸地、空が生まれた。
スファルはセラフィールドに多種多様の植物、人間を含む動物を生み出した。それらは名を与えることによって世界に形をなしたそうだ。
スファルは自身の意思を伝えるための場所を設け、そこに仕える人間を巫女として指名した。それがオーレンシア王国にある聖地であり、巫女が王家の始祖だそうだ。
もちろんその当時はオーレンシア王国なんて国はなかったので、現王家も神職の家系という立ち位置だったようだ。
さらにスファルは配下の神々を通じて農耕や学問なんかを広げて行ったそうだ。
平和に営まれていたセラフィールドに、ある時異質な獣が現れるようになる。現在魔獣と呼ばれているその獣は、スファルが定めた理の外から現れたとするが、正体はわからない。「魔界」と呼ばれる異界から送り込まれたとか、突然変異で生まれた個体が繁殖したとか、いろんな説があるようだ。
スファルは人間が魔獣に対抗できるように、新たに「魔法」という力を与えたそうだ。武器はそれ以前から動物を狩るために使われていたが、それより強力な力を得て、人間は魔獣と戦いながら生きるようになった。
しかしある時、魔獣が大発生し人間に滅亡の危機が訪れた。そこに現れたのが異界から召喚されたという「勇者」と「聖女」で、2人の活躍によって魔獣の大発生は食い止められたという。
それ以降、約100年ごとの周期で何らかの災害が発生するようになったそうだ。それは魔獣の大発生だけでなく、旱魃や洪水、疫病などさまざまな形を取っていて、人々はそれを「災厄」と呼んで恐れたが、必ず「勇者」と「聖女」が現れてなんとかしてきたそうだ。
「勇者」と「聖女」が最初に召喚された時、スファルは2人に神具を作り与えたそうだ。その神具は必要な時以外は、聖地で王家が管理するよう命じたという。それにより王家は「災厄」に対して中心的な役割と見做されるようになり、世俗の権力も得た結果、オーレンシア王国を興して王家となったそうだ。




