side聖女【4】
侍従はすぐに戻ってきたが、その手には紙の束だけを持っていた。
「それが献上品なのか?」
「いいえ、陛下。これは品物に添えられていた目録や紹介文でございます」
「品物はどうした?」
「記録では、陛下が王妃殿下に授けられたとなっておりますが……」
侍従は困惑した表情を浮かべている。
一方の国王は、再び激しい怒りに苛まれていた。
「……そうか。ならばよい」
国王はやや乱暴に紙の束を奪い取ると、手を振って侍従を追い出した。
エレオノーラは文書の偽造と同時に、魔道具を全て自分のものにしてしまったらしい。
単に珍しいものとして興味を示したのか、実家に情報を流して何かを企てているかは分からない。
確実なのは、この献上品の現物を自分は決して目にすることはないということだけだ。
国王は深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、目録と紹介文に目を通していく。
そしてその目がある箇所で止まった。
(サツキ・ゴトウ。ゴトウ……か)
魔道具の企画者の名前として書かれているその名前は、聖女と同じ姓であった。
(身内ということか?)
だが、魔道具は献上されるよりかなり前から製作されているはずだ。となると、この聖女の身内らしき人物は聖女や勇者より前に王国にやって来た人物ということになる。
(どうやって?)
改めて魔道具の紹介を詳しく見ていくが、この企画者についての他の情報は得られなかった。
しかし、この「サツキ・ゴトウ」なる人物が聖女の身内であり、かつ侯爵に重用されているならば色々なことに合点がいく。
まず、これらの魔道具は聖女たちの元の世界の技術の応用なのだろう。なんらかの理由でやって来た「サツキ・ゴトウ」の知識を利用して新たな魔道具が生み出された。
それを侯爵家は慣例に従って献上してきたが、それに国王が金貨を返した。侯爵は侮辱されたとして王家に不信を抱いているだろう。
国王が気に入らなかった魔道具がどこまで貴族たちに受け入れられるかは不透明だが、オーディリッツ公爵からの書簡も踏まえて考えると間違いなく公爵を味方につけているだろう。となると、その派閥を中心に受け入れられている可能性は高い。
シュナイツァー伯爵と魔道具の接点はよく分からないが、献上品以外にも魔獣討伐に役立つような魔道具を開発して懐柔したのかもしれない。
魔道具によって発展の足掛かりを得たならば、アイゼルバウアー侯爵にとって「サツキ・ゴトウ」の価値は極めて高いだろう。
そしてそこに現れた勇者が、もしも同郷のよしみが高じて非礼を働いたとしたら……。
書簡にあるような拒絶もあり得る。
もちろん、これらは全て推測でしかない。
それに、勇者がこの城ではなく遥か遠くのアイゼルバウアー侯爵領に現れたということも異常事態だ。
(本物の勇者ではないのか?)
勇者も聖女も見た目ではっきりとわかるような印があるわけではない。大体は黒目黒髪だと記録が残っているが、全員がそうではない。
本来は聖女が現れた禁域の魔法陣にふたりとも現れるものだから、そもそも確かめる必要もないのだ。
(それ以外となると、聖域の神具か……)
最高神の聖域にある神殿には、勇者と聖女のみに扱えるという神具が安置されている。それに触れて使うことができれば本物の勇者と断定することができる。
しかし、そのためにはこちらも禁域である聖域に連れて行き、その中でも最も聖なる場所である神殿にも立ち入らせないといけないのだ。
もしも、偽物であったならば……。
その時は当人だけでなく侯爵の一族郎党が極刑となるだろう。その前に神罰が降るかもしれない。
(いや、しかし。そもそも侯爵はどうして「勇者」だと分かったのだ?)
聖女は自身が聖女である自覚がなかったため、勇者も同様であると考えられる。勇者が迷い込んで来たとしても「サツキ・ゴトウ」と同様の扱いをする方が自然であるのに、「勇者」だと断定している。
(分からん……)
国王は思考を打ち切りため息をついた。
とにかく書簡に返事を書き、勇者を急ぎ召喚しなければならない。話はそれからだ。
(この「サツキ・ゴトウ」も呼ぶか。本当に聖女の身内であるならば、こちらに留め置く方がよいであろう。聖女が身内かもしれないということも、知らぬであろうからな)
この「サツキ・ゴトウ」をきっかけとして侯爵の不信感を払拭することができれば、魔道具やオーディリッツ公爵との繋がりも得られるかもしれない。
国王は机に向かい、書簡への返事を認め始めた。




