side聖女【3】
気づけば通算で201話目となりました!
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「……なんだ?」
「いいえ、なんにも」
そう言って、なにがおかしいのかくすくすと笑う。
「…………」
「ねえ、どうしてアイゼルバウアー侯爵はご機嫌を損ねたのかしらね?」
「……其方は知っているとでも言いたげだな」
「まさか。わたくしにそんな権限はないことは、あなたが1番ご存知でしょう?」
口元は笑っているが、その瞳は一切笑っていない。
公爵家の意図を図りかねた国王が王妃を遠ざけているという面は、もちろんある。
それと同時に、祭祀にまつわる部分は王家の直系でなければ担うことができないため、例え王妃が協力的であったとしても手を借りることはできないのだ。だが、そう言ったとしてもエレオノーラが信じることはないだろう。
「この城内で、其方の知らぬことなどないであろうに」
「まあ、なにをおっしゃっているのかしら。わたくしなど、日々を無為に過ごすだけの哀れな女だというのに」
(女狐め……!)
ジェンティセラム公爵家が多数の隠密を城内に潜ませていることは知っている。
その一部は王家に仕えているという体裁を取っているのだが、真の主人が誰であるのかは確かめるまでもない。
かつては王家も自前の隠密を抱えていたのだが、維持が困難で徐々に規模が縮小し、今では消滅してしまった。そこに王妃の実家が人員を提供すると言い出したのだ。裏があるのは当然だろうが断ることもできなかった。
隠密を潜ませているのはジェンティセラム公爵家だけではないのだから。
「其方はなにを言いに来たのだ? 日々の愚痴か?」
「いいえ。本当になにもないのよ? かわいい子が手に入ったようでよかったわね、なんて言いにきたわけでもないのよ?」
「…………」
聖女をそのような対象として見ているわけではないが、反論すればするだけエレオノーラを喜ばせるだけだと思い口を噤む。
吟遊詩人だ、画家だ、騎士だと次々に男を侍らせている王妃に何を言っても通じないだろう。
王妃は国王の反応を特に意に介した様子もなく、小首を傾げる。
「ああでも、そのあたりの書類を見てみると、とても楽しいかもしれないわね」
「なにを言って……」
国王が皆まで言う前に、エレオノーラは意味深な笑みを浮かべながら出て行ってしまった。
(なにを考えているのだ……)
国王は疲労感を覚えつつも、エレオノーラが指し示していたあたりの書類を見返し始めた。
そこは既に決裁済みの書類を置いてある場所で、全て目を通しているはずであった。
しかし、ペラペラとめくっていくと見た覚えのない書類が存在した。
(なんだこれは……!? くそっ、そういうことか!)
国王は苛立ちに任せて机を殴りつけた。手の痛みは怒りで気にもならない。
エレオノーラが言っていた書類は、とある献上品への返礼についてだった。
献上者はアイゼルバウアー侯爵で、品物は新作の魔道具だという。
そして、それに対して国王は金貨を下賜せよと命じたのだという。
国王であるはずの自分には全く身に覚えがない。だが、書類は自分が見ても正規の手順を踏んであるとしか思えない出来栄えだ。
偽造。これは偽造なのだ。大罪だ。
だが、それに対して自分はなにができると言うのだろう。
決して傀儡の国王ではないという自負はある。しかし、権謀術数を知らぬ自分に打つ手がないということもまたはっきりと自覚していた。
国王である以前に神官であり、清廉潔白であれと代々言い聞かせられてきたのだ。
己以外の全ての人間が王妃の言いなりであったとして、それに対して何をすればいいのか。罷免すればいいのか? だが人手がなければ執務は回らない。代わりの人材をどこから手に入れるべきなのかも己は知らない。
俗世の頂点でありながら聖職者であれと望まれた結果がこれだ。いや、それこそが国王から実権を取り上げるための長い計画であったのかもしれないが。
だが、それは今考えるべきことではない。
問題なのは目の前の書類だ。献上された日付を確認すると、自分が聖地で儀式を行なっている期間内であった。
国王が不在の間に献上品があり、それに対してあろうことか金貨を下賜して話を終えてしまったのだ。
(わざとやったに決まっている!)
アイゼルバウアー侯爵領は魔道具で有名であるという記憶はないが、なんらかの理由で開発を行い成功したのだろう。そして王家に敬意を表して献上した。
それに対する「金貨」という返答に怒って今回の書簡に繋がったのは間違いないだろう。
国王は手元のベルを鳴らして人を呼び、すぐに問題の献上品を持って来るよう命じた。
なぜ「勇者と聖女」に限定して拒絶しているのかも分からないが、保護しているという勇者となにかあったのだろうか。
勇者というからには公明正大な人間性を持っているものと思いたいところではあるのだが。




