side聖女【1】
長いお休みをいただきありがとうございました!
予定通り、聖女編をお届けしていきますのでよろしくお願いします!
プロローグ的な感じで、今回は短めです。
ガシャン、バタン、ドタンという、何かがぶつかったり壊れたりするような音が聞こえる。
石造りの頑丈な城の中、どこをどのように反響しているのか、その音は意外なほど離れた場所まで響き渡っていた。
静謐を良しとするその城内において、ある者は眉を顰め、ある者は致し方ないとため息をつき、ある者は同情や哀れみで胸を痛めていた。
その音はある一室から発しており、室内にはひとりの女性がいた。
あまり多いとは言えない調度品がぐちゃぐちゃに壊れて散乱する部屋の中、その女性は荒い息をつきながら半分ほどに割れた花瓶を手に取り、壁に投げつける。
ガシャンという音を立てて、花瓶は今度こそ粉々に砕け散った。
それを見届けると、女性はその場にへたり込んだ。
髪を明るい茶色に染め、デニムのズボンとパーカーというありふれた服装をしたその女性は、しかし古風な石造りの室内ではひどく浮いていた。
彼女の名は後藤 久美加。
現代日本でごく普通の女性だった彼女は、いわゆる異世界転移を経てこの世界にやってきた。それはほんの2週間ほど前のことだ。
彼女はこの城の最奥にある、国王とその直系しか入ることが許されない禁域に忽然と現れたのだ。
その禁域は国王が城の中で最高神を祀っている礼拝所だと表向きには説明されていたが、本当の用途は別にあった。
聖女と勇者が召喚され、その姿を現すための場所なのだ。
もしも禁域へ足を踏み入れたのなら、その殺風景さに驚くことだろう。
床も壁も剥き出しの石造のままであり、一画には最高神の祭壇がある。
一切の装飾を廃したその空間の大半を占めるのは、床に描かれた大きな魔法陣だ。
この魔法陣に、勇者と聖女はその姿を現すのだ。
2週間前、国王は最高神の託宣を受け、禁域に急いだ。
いつもは蝋燭の明かりのみで薄暗く、ぼんやりとしか見えなかった魔法陣が眩い光を発していた。
国王が感動と、そして来るべき「災厄」への覚悟を胸に秘めて見つめる中、光は人の形へと収束していった。
光が収まったのち、魔法陣にはひとりの女性が座り込んでいた。
見慣れない服装で、状況が全くわかっていないのかぼんやりとしていた。
ここまでは伝承の通りだ。しかし……。
(女性……聖女か。勇者はどうした?)
国王はしばらく黙って様子を窺ったが、魔法陣が再び光出すことはなかった。
女性は不安げにあたりを見回し、国王に話しかけるか否か迷っているようであった。
「……余はオーレンシア国王ヴィンフリート3世である。其方を聖女として歓迎しよう」
「せいじょ……?」
国王が話しかけたが、女性はぼんやりとしたまま言われたことを繰り返す。
「事情はこれから説明するが、其方には我が国を救ってほしい」
「……え?」
(ダメだ、話が通じぬ。まあ、聖女としての力さえ持っているならば構わぬが……)
国王は嘆息すると、ほんの少し躊躇った後に魔法陣の中に足を踏み入れた。
魔法陣の中は、国王たりとも入ることは許されない場所だったからだ。
何事も起こることなく聖女のそばにたどり着くと、国王は聖女に手を伸ばした。
「余と一緒に来てくれ」
「……はい」
聖女はその手を取った。




