side巻き込まれ薬師【183】
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回でサツキちゃん視点は一旦終了となります。
次話からは聖女・勇者視点か、もう一人の巻き込まれ転移者視点となりますが、構成等の見直しに時間をいただきたく、次話の更新は12/15とさせていただきます。
しばらく空いてしまいますが、引き続きよろしくお願いいたします。
妹はあの日あの時の姿のままだった。
家にいる日によく履いていた色褪せたデニムに、緑色のパーカー。髪の色も数日前に美容院で染めてきていた茶髪。
こっちの世界で過ごした年数分の歳をとった私と違って、妹は本当にあの日のままだ。
妹にとってはたった数日しか経っていないというギャップが、脳内でうまく処理できなくて混乱する……。
不機嫌そうに私を睨む妹の顔を見ていると、今日までの数年間を通り越して、一気にあの日に意識が引き戻されていくような気がした。
「サツキ殿、これまでの其方の王国への献身を余は買っておる。異界の知識にて王国に新たな技術をもたらしたこと、大儀であった」
「もったいないお言葉に存じます」
国王に言葉をかけられ、何事もなかったように返事をする。大物に何人も会ってきたから、度胸はついたよね……。
そして、国王の言葉は「王国」を強調していて、家名を強調した私に対する返答を明確に表していた。
そうですか、そうですか。私をあくまで「王国民」、つまり自分の臣下として扱おうとするんですね。
「其方も既に承知の通り、ここに勇者と聖女の召喚が成った。それはすなわち伝承にある『災厄』が起こるという証。これは王国を挙げて対処しなければならないということは、わかっておろう。当代の聖女は召喚されたばかりであり、慣れぬ環境で困惑しておる。しかし幸運にも其方の妹であるという。聖女の力となることが『災厄』を鎮め、王国の益となることは聡い其方であれば説明するまでもなく承知しているであろう。先達として導いてやってはくれまいか」
予想通り、国王は妹への助力を求めてきた。それが妹の希望なのか国王の発案なのかはわからないけど。
言ってる内容は何もおかしくない。
異世界から来て困っている人がいる。その人はこの世界にとって重要な人物である。しかもあなたの身内である。だから助けてあげてほしい。
私も国王の立場なら同じようなことを言うだろう。
そして、私も妹との関係性がもっといいものであったならば素直に受け入れていただろう。
しかし、そうはならない。
義父上から「勇者を保護している」という書簡を国王に届けていたわけだけど、実は書簡はもう1通届けられている。
それは「勇者殿を王城に引き渡したのち、アイゼルバウアー侯爵家は勇者と聖女に一切の関わりを持たない。災厄への対策は勇者と聖女に関わらない形でのみ行う」という内容だ。
その理由として、私が勇者に暴言を吐かれて不快な思いをしたことを挙げている。
勇者と聖女がどこまでセットで行動するものなのかわからないけど、聖女の側にいて勇者に全く会わないなんてことはないはずだ。
勇者が不快であるのは事実なので、それを利用して聖女とも関わりを持たない理由にしている。
だから私が聖女と関わらないというのは侯爵家の意向として既に伝えてあるはずなのに、国王はそれがなかったかのように私に助力を求めている。
ちなみに、オーディリッツ公爵からも同様に「災厄への対策は勇者と聖女に関わらない形でのみ行う」という書簡が届いているはずだ。その理由をどのように説明しているのかまでは知らないけど、うちに足並みを揃えてくれるという話になっている。
ジェンティセラム公爵家は協力関係ではないけど、「勇者召喚。『災厄』近し」ってことは伝えてあるから、おそらく王家と距離を取り始めているはずだ。あの領地には魔獣がほとんど出ないから、今回の「災厄」は自分たちには無関係だと思ってるようだからね。
さて、国王に返事をしなければ。
「恐れながら陛下、それはわたくしに聖女付きとして仕えよというご意志でございましょうか」
「その通りだ」
「それでございましたら、当主である義父が示した方針以上のことを、侯爵家の末席におりますわたくしが申し上げることはございません」
「……余が許すと言ってもか?」
「はい。わたくしは事故のような形でこの国にやってまいりました。聖女様や勇者様のように庇護される立場ではないわたくしは、すぐに野垂れ死んでもおかしくない状況でした。そんなわたくしの命を救ったのはわたくしの伴侶であり、生きていくための術を与えてくださったのは義父をはじめとする侯爵家の方々でございます。その時より、わたくしの全ては伴侶と侯爵家のためにございます。ですので、義父の意志がわたくしの意志でございます」
国王に向かってここまではっきり言っていいものかとも思うけど、下手に曖昧な返答をして向こうの都合のいいように解釈されても困る。
それに、ここには私が信頼しているうちの人たちがいるし、オーディリッツ公爵もわざわざ来てくれているのだ。不必要に恐れることはないわ。
「……それについては確かに心苦しく思っている。だからこそ、其方自身にも王家の庇護を与えることで報いたいと思うが故に、聖女のそばにあってほしいと望むのだ」
「わたくしなどものの数にも入らぬ身であり、未だ義姉達に教えを請うております。そのような者が恐れ多くも聖女様に差し出せるものなどございません」
国王はまだ食い下がるので、私も思いつく限りの語彙を駆使してお断りする。
「ものの数に入らぬ身」っていう言い回しは『源氏物語』なんかを読んでるとよく出てきていて、そこまで自分を貶める言い方するかな……と当時は思っていたものだ。
身分制社会の中に入り込んでみると、使い道があるものだね。
私がそのまま次にどう返すかを考えていると、予想外の人物が割って入った。
「あのう、すみません」
勇者の声だ。
全員の視線が一気に勇者に集まる。
「あ、急にすみません。でも、もう今更サツキさんを聖女さんのところに連れて行っても、仲良くやれないんじゃないですか。聖女さんもそう思いませんか?」
とてもとても意外だけど、勇者から援護射撃をされている。
複雑な気持ちになりつつ、見ないようにしていた妹に目を向ける。
「……お姉ちゃんなんて、死んだらいいのに」
妹は憎しみに塗れた目で私を睨みながら、低い声でそう言った。
それを聞いた時、私の心に広がったのは……安堵だった。
そう、安堵。
これで妹が私を望むことは無くなったという安心感。
そんな感情を抱いてしまうことは倫理的によくないのだろうけど、私にとっては見えない鎖に追い続けられている幻覚から、ようやく解放されたような気持ちだった。
「聖女殿はお疲れのようだ。今日はここまでとする。聖女殿と勇者殿をお部屋へお連れせよ。侯爵、サツキ殿、其方たちの『災厄』及び王国への尽力に期待しておるぞ」
「御意にございます」
さすがに妹の聖女らしからぬ発言をまずいと思ったのか、国王が引く形で謁見は終了した。
私は訳がわからない感情で涙が止まらなくなってしまい、気づいたら邸に連れ帰られていた。
そんな私を何も言わずに迎え入れてくれる、この世界での家族。
私は選んだ。この人たちを選んだ。
それを責められようとも石を投げられようとも、そうやって生きていくと決めたのだ。
この世界で。




