side巻き込まれ薬師【177】
ノックをすると勇者が微妙な表情をしつつ出てきた。そのまま勇者の部屋に入る気はしなかったし、向こうも招き入れたくなさそうだったので、近くの適当な部屋に連れていく。
ソファに座ると早速説明を始めることにした。
「えーと、山本さんは歴史がお好きではないんですよね。『封建領主』という言葉に聞き覚えは……」
「ないです」
そうだよね……。
どこからどこまで説明すればいいかな……。
「わかりました。このオーレンシア王国では、国王が全面的に貴族を従えているわけではないんです。貴族……つまりそれぞれの領地の領主ですね。領主は自分の領地内では絶対的な権力を持ち、それに国王が手出しすることは基本的にできません。国王が支配しているのは自分の領地である直轄地だけです」
そこでチラリと勇者を伺うと、驚いているようではあるけど理解もしているようだった。
「ではどうして『国王』でいられるのかというと、『災厄』に抗う力を神から与えられているからです。『災厄』を鎮めるために緩やかに連合しているのがこのオーレンシア王国という感じです」
そこで一旦言葉を切った。なぜなら、勇者の顔が驚愕に染まっていたからだ。
やっぱり「国王」って存在への漠然としたイメージは、絶対王政みたいな感じになりがちなのだろう。つまり、「国王」の下に「諸侯」がいるっていう形だ。
そのイメージを持ったままこの王都を見たら、そりゃあショックを受けるよね。
「なんか南の方にすごいとこがあるって言われたのは……」
「ああ、ジェンティセラム公爵領のことですね。領地の面積も広くて温暖な気候で大農業地帯ですし、海に面していて交易も盛んなので、もっとも栄えているといえます」
「そこが栄えてても、王都には関係ないと……」
「まあそうですね。そもそも王家の直轄地の大半は最高神の聖地とそれに関係する施設がある地域になるので、世俗の繁栄という雰囲気ではないですね。王都も、なんというか全体的に禁欲的な修道院みたいな空気ですよね」
私の説明を聞いて、勇者は再び絶句している。
一応、各領主から王家に納めている税金はある。
その負担を果たすのと引き換えに、「災厄」が起こった際には王家から助けてもらうという形になっているからだ。
だけど、その理由であるがために王家は増税をすることもできないので、各領主がどれだけ潤っても王家の収入が増えるということにはならない。
そういうわけで、他領の繁栄とは関係なく王都はこの静けさが通常運転なのだ。
「……ちなみに、ここの侯爵はどんな感じなんですか?」
「そうですね、アイゼルバウアー侯爵領も富裕な領地になります。元々は目立った産業はなかったんですが、最近は魔道具製作が盛んです」
それをやり始めたのは私だということは言わなくていいなら言いたくなかったので、あえて他人事のように言った。
深掘りされたら面倒だなと思ったけど、勇者は詳細にまでは関心がないようだった。
何か考え込んでるようではあるけれど……。
「でも『災厄』に対抗するために国王に従うんですよね?」
「従うと言ってもどこまでのものかはケースバイケースじゃないですかね。魔獣の大発生でも自然災害でも、それぞれの領地でも対応しますよね。王国が一丸となって……というのは利害関係もあってなかなか起こらない気がします」
これは私の個人的な考えだけど、あながち間違ってないと思う。
なんらかの被害が発生したのが王国の中で一部だけ……なんてパターンだったら協力してそこに注力するかもしれないけど。例えば「災厄」が津波だったとかね。
でも、今回は魔獣の大発生と睨んでいるから、そんな極端なことは起こらないだろう。
となると、領主たちはまず自分の領地をなんとかしようとして、そこに王家からの援護が来るような形になると私は思っている。
「?」
そこまで考えたところで、不意にヴォルフィが私の手を強めに握った。
不思議に思って顔を見上げると、視線を勇者に据えたまま小さく顎をしゃくるので私も勇者を改めて見る。
すると、さっきまでとは違うどす黒い怒りを湛えた表情でこっちを睨んでいた。
私の手を握るヴォルフィが警戒を強めているのを感じる。
一体なに……!?
「……サツキさんは、侯爵家にすごく大事にされてますよね。何をして取り入ったんですか?」
勇者の声は表情をそのまま写し取ったような昏いものだった。
ヴォルフィから殺気が立ち昇ったけど、手をぎゅっと握り返して押し留める。
「……取り入ったつもりはないですが、日本の家電の知識を提供して魔道具開発には役立ててもらいました。それが有用だと判断されたのだと思います」
嘘をついてまで隠すことではないので、私は魔道具開発に携わったことを告げた。
それを聞いた勇者は、ハッキリと嘲笑を浮かべた。
「そういうのって、先に来たほうが得ですよね。なんかずるいな」
その瞬間、私の手を握っているのとは反対の手で、ヴォルフィが勇者の胸ぐらを掴み上げていた。そのまま私の手を振り払って殴りつけようとするのを感じたので、そうはさせじと腕に縋り付いて止める。
「ヴォルフィ、いいから!」
私の制止に、ヴォルフィは躊躇いつつも従ってくれた。でも、その表情はありありと不満と怒りを浮かべている。
わかってる。もう流すつもりはないよ。そのために止めたんじゃないから。
これは私が売られた喧嘩だから、買うのも私だっていうだけだから。
私は勇者を軽蔑と怒りの眼差しで見据える。
「あなたも私も、望んでこの世界に来たわけじゃない。その上、私はこの世界に望まれたわけでもない。それでも、私は生きて行かないといけなかったから持ってる知識を使った。それだけです。……あなたにとっては私の生死などどうでもいいことなのでしょう。私が何もせず野垂れ死んでいて、あなたが日本の知識を最初に持ち込めればよかったと思っているのでしょう。だけど、それは私にとっても同じこと。あなたの境遇なんてどうでもいい。あなたが死んでも……どうでもいい」
私は勇者に最後通牒を突きつけた。




