side巻き込まれ薬師【176】
義父上の到着はさらに遅れて明後日ぐらいになるらしい。なんでも、魔獣を避けて迂回した道が倒木で塞がっていて、さらに迂回しているそうだ。
「兄上、王城への知らせはどうします? ひとまず勇者到着だけでも知らせますか?」
「……いや、父上の到着を待ってからにしよう。王城に知らせたらすぐに謁見となるだろうが、父上不在で行いたくない」
「わかりました」
ということで、義父上が到着したらすぐに動けるように準備だけは整えておくことになった。
私たちも手伝おうとしたんだけど、先に謁見の際のマナーを完璧にしろと言われて練習に励んでいる。
義兄上が上級の使用人に「厳しくしていい。とにかく当家の恥にならないように仕上げろ」なんて命令したものだから、それはそれはみっちりと鍛えられた……。
夕食の席で、義兄上が勇者に義父上の到着遅れを伝えると、勇者は「街を見たい」と言い出した。
ええ、待つのは明日1日だけみたいなものなんだし、大人しく待機しててよ……。
当然ながら義兄上は許そうとしなかったけど、そうすると勇者が「なら勝手に城にいって王様に会ってくる」などと言い出した。
いやいやいや、なんてことを言い出すのか!?
ヴォルフィは抑えきれない殺気が漏れ出ているし、義兄上は頭痛をこらえるようにこめかみを抑えている。
勇者の方はそれに気づいているのかいないのか、ひどく投げやりな態度だ。禁止したら本当に飛び出していってしまいそうに思える。
もちろん勇者とはいえ今は一般人と変わらない実力でしかないのだから取り押さえることは容易だけど、それをすると後々への悪影響が心配ではある。
義兄上は渋々、条件付きで許可を出した。
「勇者殿の身の安全を守らなければならないから、まず護衛兼案内役を同行させる。それから、周囲にも距離を取りつつ護衛を配置する。これは絶対だ。勇者殿も危険な目に遭いたいわけではないだろう?」
「まあ、それはそうです」
「それから、勇者殿やサツキの黒髪は特徴的だからカツラをかぶって隠してもらう。これも絶対だ。護衛とカツラ、それは現状勇者殿を王国より預かっている身として譲ることができない。どうかな?」
「……わかりました」
勇者は面倒そうではあったものの、義兄上の条件を飲んだ。
まあ、この世界にやってきてからほぼほぼ外に出れてないし仕方ないか……。ここまでの旅の間に宿泊した街でも宿から出るのは禁止されてたし。
王都は治安はいいのだ。
それは宗教都市であるが故に俗世界の負の部分、つまり浮浪者やスラム街みたいな存在を徹底的に排除しているからだ。
だから逆に、影を生み出すほどの強い光……要するに「発展する」ということもないのだけど。
それはさておき、勇者の機嫌は目に見えてよくなった。足取りも軽く部屋へ戻っていくが、それを見送る私たちはどんよりとしている。
「兄上、誰をつけますか?」
「案内役を兼ねた護衛としてザシャをつけようと思う。サツキ、普段は主にお前の護衛をさせているが明日は1日勇者殿につける。滅多なことはないと思うが邸から出ないように」
「はい、わかりました」
隠密の長であるザシャさん、私についてたんだ。知らなかった……。
どのみち明日もマナーの訓練だから邸の一室に缶詰なので構わない。
「サツキ、我々は勇者殿の気分を害してしまったようだが、なにかお前たちの元の世界での非礼に当たるようなことをしてしまっていただろうか?」
「……それはないと思います。強いて挙げれば、行動が全く自由にならない状態がずっと続くというのが、元の世界ではあまりなかったですね」
「なるほど……。全てが本人の自由だったということか?」
「そこまでではないです。例えば仕事をしていればその時間中は勤務先に拘束されますけど、それとプライベートは別で、病気でもないのに家から全く出られないことはないって感じですね」
「そうか。だが、今は勇者殿の身の安全が何よりも優先されるからな……」
「まあ、明日が無事に過ぎればすぐに王城に送り届けることになりますよ」
「そうだな」
こんなふうに私たちが勇者を邪魔者扱いしていることも理由の一つなんだろうなとは思いつつ、私をやたら見下してくる態度のことを考えると同情する気にはなれない。どうしても。
翌日、勇者はザシャさんを護衛に嬉々として街へ出ていった。
今日の勇者はそこそこの商人の息子という設定らしく、ザシャさんはそのお目付役という設定だ。
王都に商人はあまりいないけど、大神殿を見学に来たという体を装えばそれほど不審ではない。
ザシャさんもいかにも抜け目のない商人という風貌に、完璧な変装をしていた。
いや、私が見た姿だって本当のザシャさんとは限らないんだけどね……。
勇者とザシャさんから距離をとりつつ騎士も目立たないようについていく。もちろん隠密も隠れて護衛している。
王都でそこまでやって怪しまれないのか不思議だよ……。
私とヴォルフィは昨日と同様にひたすら謁見に向けての練習を行っていたら、街から戻ってきたザシャさんがやってきて、勇者にこの世界のことを説明してほしいと頼まれた。
「勇者様は、王都がもっと賑わっているものだとお考えでひどく落胆しておられました。ですので、賑わいなら南方のジェンティセラム公爵領ですとお伝えしたのですが、あまり理解されていないようで……。失礼ながら、わたくしめには勇者様がなにを疑問に思っておられるかがわかり兼ねまして。サツキ様はおわかりになりますか?」
「まあ、なんとなくは……」
「でしたら、申し訳ないですが勇者様へご説明いただけませんか?」
「……わかりました」
嫌だけど仕方ない……。
確かに私の元々の感覚でも首都は賑わっているところが多いというイメージだ。もちろん全ての国がそうじゃないってことはわかってる。それでも、ここまで活気がないというのは珍しいと思う。
「ヴォルフィ、一緒に来てくれる?」
「当たり前だ。むしろ行かなくてもいいと思うけどな」
「私もそうしたいけど、一応形だけは義父上のご命令もあるしさ……」
私は重い足を引きずって勇者の部屋へと向かった。




