side巻き込まれ薬師【9】
石畳の道がずっと続き、両側には煉瓦造りの建物がひしめくように建っている。なんの店かわからないけど、冒険者らしき格好をした人たちがひっきりなしに出入りしている。
行き交う人達はみんな西洋人的な顔立ちで大柄なので、気を抜くとすぐに埋もれて迷子になってしまいそうだ。
私が興奮してキョロキョロしまくっていたので、苦笑したヴォルフガングさんに腕を掴まれた。
「はぐれますよ。ここはいたって普通の街並みですが、サツキさんには馴染みがないですか?」
「すみません。そうですね、私の元の世界とは建物の造りとか雰囲気が全然違いますし、冒険者もいませんし、そもそも街中で武装をすることが法律違反で捕まるので」
私の返事にヴォルフガングさんは驚いたようだったが、私は周りを見るのに必死なのでかまっていられない。とりあえずはぐれないようにヴォルフガングさんの服の袖を掴んでおいた。
ひたすらキョロキョロしながら領都の中心へと進んで行き、お金持ちエリアっぽいところを通り抜けると領主感があった。
鉄の柵で囲まれた向こうに、大きな煉瓦造りの建物が見える。あまり装飾はされていないが、重厚感があり美しい館だった。
門のところにはやはり門番がいたので、ヴォルフガングさんが身分証を見せる。
「ヴォルフガング様、異界からの客人殿、代官様よりお通しするよう申しつかっております。どうぞ」
と、すんなり入れてくれた。
館に近づくと、玄関の前に誰か立っている。
「ヴォルフガング様、おかえりなさいませ。異界からの客人殿、ようこそいらっしゃいました。私はモンテス子爵領の代官を勤めておりますリヒャルトです。さあどうぞお入りください」
代官のリヒャルトさん自ら迎えてくれ、応接室に案内された。ヴォルフガングさんと隣同士に座り、向かいにリヒャルトさんが座る。
「侯爵邸から知らせはもう来ているのか?」
「つい先ほど、お二人が領都の門のところに到着された頃に届きました」
「そうか。父上はなんと?」
「お二人のご用意が出来次第こちらに向かわせるようにと。子爵領に置いてある馬車をお使いいただき、騎士も護衛につけるようにとのお達しです」
「わかった。騎士の選抜は任せる。いつ出れそうだ?」
「道中の物資の用意だけでしたらすぐなのですが、客人殿の身の回りのものも必要でしょう。お召し物などを明日お選びいただき、明後日の出発がよろしいかと」
「確かにそうだな。それで頼む」
「承知いたしました。本日はこちらにお部屋をご用意してますので、ごゆっくりおくつろぎください。最低限の人員しか置いていないためご不便をおかけするかもしれませんが、何かございましたらすぐにお申し付けください」
リヒャルトさんはそう言ってメイドさんに指示を出すと、もう少し執務があるからと部屋を出ていった。
「ヴォルフガングさん、私の服を買うんですか?お金持ってないんですけど……」
さっきは口を挟まなかったが、私の1番の心配事はそれだ。あとで返せる範囲で買わないと、借金地獄からのスタートなんて絶対嫌だ。
「それはこちらで持つから心配いりません。サツキさん自身のことやサツキさんの世界のことを根掘り葉掘りお聞きすることになると思いますので、その代わりだと思って衣食住の心配はしないでください」
「まあ、話をするだけなら……」
特別な知識を期待されていたら困るけど、そこはもう話せることを話すしかない。
夕食までまだ時間があるとのことだったので、先にお風呂を使わせてもらった。だって昨日もお風呂入ってないもの。
案内された客間に浴室が付いていて、そこを使った。浴槽がボンと置いてあり、水の魔石でお湯を貯めるようになっていた。「水」の魔石なのにお湯も出るのがちょっと不思議なので、あとで聞いてみよう。シャワーはやっぱりないようだ。
お風呂から上がると、メイドさんが肌や髪の手入れをして、着替えも手伝ってくれた。断りたかったけど、用意されていた服の着方がよくわからなかったので、それを手伝ってもらう流れで全部やってもらうことになってしまった。エステみたいで気持ちよかったのでお願いしてよかった。
夕食まで部屋にいてもすることがないのでどうしようかと思っていたら、ヴォルフガングさんが庭に行こうと誘ってくれた。
庭には遊歩道が作られ、それに沿って綺麗に整えられた植え込みが続いている。芝生も広がっていて、シートを広げてゴロゴロしたくなる。様々な花が植えられている花壇も見えるので、機会があれば鑑定しまくりながらゆっくり眺めたいところだ。
ヴォルフガングさんにエスコートされながら遊歩道を歩いていくと、噴水と東屋があった。段々と日が暮れてきて、噴水の水が赤く染まっていく。
たった1日でずいぶん遠くまで来てしまった……という思いが不意に湧き上がってきた。夕暮れは人を感傷的にさせるよね。
私が急に立ち止まって噴水を見ていたので、ヴォルフガングさんが心配そうにしてる。
「すみません、ちょっと感傷的になってました」
「いえ、いきなり全然違う世界に来たんですから当然ですよ。あそこに座りましょう」
ヴォルフガングさんにエスコートされ、東屋に作り付けられているベンチに並んで座る。
なんとなくそのまま噴水を眺める。
「ヴォルフガングさんは親切な方ですね。最初に出会ったのがヴォルフガングさんで本当によかったと思います」
夕暮れの魔法なのか、普段の私なら言えないような素直なお礼の言葉が口から出たことに自分で驚く。
急に気恥ずかしくて顔が熱くなったけど、夕焼けが誤魔化してくれるだろう。
「そう言ってもらえると嬉しいです。こうして出会ったのも何かの縁ですし、サツキさんがこの世界で無事に過ごせるように協力させてください」
ヴォルフガングさんの方を向くと、夕焼けのせいなのか違うのか、その顔も赤く染まって見えた。
しばらく無言で見つめあっていたが、急に我に返って恥ずかしくなり、慌てて顔を背けて噴水を見る。
「あ、あの、俺の名前呼びにくくないですか?縮めてもらって構いませんよ」
照れ隠しのようのヴォルフガングさんが話を変えるが、いきなりニックネームで呼んでいいなんて言われて、また変にドギマギしてしまう。
でも日本の名前より長くて呼び慣れないのは確か。
「じゃあ、ヴォルフィさんとお呼びしてもいいですか?」
私の言葉にちょっと驚いた顔をしつつもOKしてくれた。変な縮め方だったのかな。
でも私の中で「ヴォルフガング」といえば「ヴォルフィ」しか思いつかない。
だって、「ヴォルフガング」といえばかの有名な作曲家「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」で、そのモーツァルトを題材にした映画の中で奥さんがモーツァルトを「ヴォルフィ」って呼んでいた。
だからそれが1番に思い浮かんだし、他を考えろと言われても外国語の名前のニックネームは詳しくないのでよくわからない。
まあOKしてくれたからいいとしよう。
いつの間にか夕焼けの時間も過ぎて、あたりは紫に沈んでいる。
感傷的な気持ちはいつの間にか消え去っていた。