side巻き込まれ薬師【169】
その後は会話らしい会話はないまま、休憩や野営ができる場所に到着した。
ぐるりと柵で囲ったスペースに、トイレと水場があるだけだ。でも、柵には魔獣よけの付与を施してあるので柵の外よりは段違いに安全なのだ。
今は他に利用者はいない。
ヴォルフィが馬に水を飲ませ、私は自分たちが飲むお茶を用意する。気休め程度の疲労回復効果がある薬草を煮出そう。
「コーヒーってないんですかね」
3人でお茶を啜っていると、勇者がポツリと呟いた。既に日本の食べ物が恋しいのかもしれない。
確かにコーヒーは見たことも聞いたこともない。コンスタンツェ義姉上なら知ってるかもしれないけど、元々私はコーヒーより紅茶派なので全然思い出さなかった。
「聞いたことないので、この辺りにはないと思います。もっと遠方の、違う大陸まで行けばあるかもしれませんが……」
私の返事に、勇者は目に見えて落胆した。
「ビールもないんですか? てか、日本食みたいなのは全然ないんですか?」
「エールはありますけど、味も違いますし冷やして飲むわけじゃないので別物ですね。ワインはあります。日本食は、まずお米がこの辺りにはないので難しいんじゃないでしょうか」
そういえば、だいぶ前にお米をコンスタンツェ義姉上にお願いしていたのをすっかり忘れていた。たぶん忙しすぎてみんな忘れている。次に義姉上に会ったら改めてお願いしよう。イザベラさんとの約束もあるし。
義姉上のことを考えて飛んでいた意識を引き戻すと、勇者の視線とぶつかった。そこにありありと浮かぶ軽蔑の色。
なんでこの人はこんなにも私を見下してくるんだろう。曲がりなりにも世話になってるんだから、せめて顔には出さないようしなよ……。
勇者だから、迷い人だから、親切にしてもらえるのは当然ではないと思うんだけどな。
「山本さんは勇者なら遠方に行くこともあるでしょうし、見つかるといいですね。私は特に現状に不満はありませんので」
これ以上会話をしたくなくて、思いっきり冷たい口調で突き放した。
その後の道のりを勇者の近くで過ごしたくないから、私も御者席に座ることにした。
「……あの人、たびたび私のことを見下してくるんだけど、なんなんだろう」
「知り合いではないんだよな?」
「うん。でも、召喚が行われた時って同じ魔法陣上にいた4人がこっちの世界に飛ばされたみたいだから、近くにいたはずなの。だから、元々近所に住んでた人なんだと思う」
「じゃあ、向こうはサツキのことを知ってたかもしれないってことか」
「そうだね。まあ、だからと言って見下される所以はないと思うけど」
「それは当然だ。もう休憩なしで兄上のところまで着けると思うから、サツキはこっちにいればいい」
「うん、そうする」
そこからはヴォルフィとたわいない話をしていて、沈んでいた私の気持ちはだいぶ持ち直した。
ようやく森を抜けて領都の壁が見えてきた。門のところには衛兵が立っている。
通常なら馬車ごと門に近づいて衛兵に身分証を見せればいいんだけど、勇者に会話を聞かれたくないから少し離れたところで馬車を止める。
わざわざ馬車から降りて徒歩で近づく私とヴォルフィを、やや不審そうに見る衛兵。
積荷を見られたくないから馬車を近づけないんだとしたら、違法なものが載せてあるかもしれないって思うよね。
ふたりいる衛兵のうち、若い方は私たちの身分証を胡乱げに見ている。
私たちの身分証は、厳密には身分証ではない。侯爵の関係者だということを記載した書付のようなもので、「この者の身分は侯爵が保証する」ということを意味する。つまりは、正体不明でも追求するなという命令でもある。
怪しいといえば怪しいことこの上ない。
若い衛兵は不審そうだけど、もうひとりの年嵩の衛兵は焦ったように身分証と私たちを交互に見ている。
こっちの衛兵は私たちの正体に気づいているんだろう。銀髪緑目の男と黒目黒髪の女という取り合わせは珍しいし、侯爵子息とその配偶者にその組み合わせがいるということを知っている人は知っている。お披露目してるからね。
年嵩の方が若い方に何かを耳打ちすると、若い方の顔色が一瞬で悪くなる。
そしてすぐに「どうぞお通りください!」としゃちほこばって言われた。
「あの馬車には領主への客人を乗せてきている。故あってあのような粗末な馬車であるが、乗っているのは重要人物だ。我々もこのまま領主の元へ向かうが、伝令を頼みたい」
ヴォルフィが馬車を示しながら脅しのような説明をすると、若い衛兵は緊張の汗を浮かべながら「はっ!!」と力強い返事をした。
すぐに年嵩の方が詰所らしきところに指示を出している。
これなら最速で伝令が向かうだろうから、この馬車でちんたら到着する頃には義兄上は用意を整えて待っていてくれるだろう。
そこまでたどり着けばやっと肩の荷が下ろせるよ。




