side巻き込まれ薬師【168】
サイファ村に近づくと、門の前には村長を含む数名が既に待機していた。馬車も用意してくれている。
「おはようございます、村長」
ヴォルフィが声をかける。勇者は少し離れたところに立ち止まっていて、それ以上近づいてくる気はないようだった。
ヴォルフィは勇者との距離を確認すると、侯爵子息つまり村長たちより上の立場として話し始めた。
「……村長、俺たちはこれからすぐに兄上のところへ向かう。知らせは?」
「あの方の到着後に、サツキ様の同郷の方が現れサツキ様のところへ向かわれたことと、ヴォルフガング様に合流されるようお知らせしたということを報告済みです。あの方の姿絵も付けてございます」
「わかった。俺たちの出立後すぐに、これを兄上に届けてくれ。誰の手にも渡らないよう、確実にだ」
「承知いたしました」
ヴォルフィは勇者に見えないように、村長へ封筒を渡した。
封筒は鳥に持たせて飛ばすということができないので、これは隠密に走らせろという指示を含んでいる。鳥の方が速いけど、それよりも確実性を優先するという判断だ。
「これをお持ちください。昼食にとご用意いたしました」
「ありがとうございます」
村長に渡された包みを収納にしまう。義兄上のところにはお昼頃に着くだろうから食べないかもしれないけど、収納しておけば腐らないからもらっておく。
話は済んだので、急ぎ出発だ。
「行くぞ。早く乗れ」
ヴォルフィが勇者に声をかけ、御者席に座る。私はちょっと迷ったけど、収納からクッションを取り出して荷台へ乗り込んだ。
馬車は幌付きの荷馬車だけど、荷物は何もなく座席がわりに空の木箱だけが置いてある。
「これを敷いたら多少は衝撃がマシだと思います」
そう言ってクッションを渡すと、勇者は微妙な表情をしていた。
まあそうだよね。馬車の振動の酷さって異世界モノのあるあるネタだもんね。
ご心配なく。その期待は裏切られませんから!
走り出してしばらくは舌を噛まないように黙っていた勇者だったけど、少し慣れてきたからか私に話しかけてきた。
「どれぐらいで領主さんのところに着くんですか?」
「だいたいお昼ぐらいですね。馬で行く方が早いんですが、山本さんは乗れないと思いますので」
乗馬クラブに通ってたって可能性もなくはなかったけど、やっぱり乗れないらしい。
「サツキさんは乗れるんですか?」
「はい。やっぱり乗れる方がなにかと便利なので、練習しました。山本さんも乗れるようになる方がいいと思います」
私がそう言うと、勇者は乗馬には前向きなのが表情から見てとれた。
おそらく必要になるだろうし練習もさせられるだろうから、きっと近いうちに乗れるようになるだろう。
「サツキさんとヴォルフガングさんは、もう長いんですか?」
乗馬の話で和やかになったと思っていたら、勇者が私のプライベートに踏み込んできた。
どうせ私のことになんて興味ないんだろうから、触れなくていいのに……。
「……そうですね。私がこの世界に来てすぐに知り合って、ずっとお世話になってます」
漠然とした聞き方だったので、私も曖昧に答える。嘘じゃないし。
「恋人なんですよね?」
「まあ、そうですね……」
まだ深堀りするのか……と憂鬱になって、これまた曖昧に答える。恋人というか夫婦だけど、さらに踏み込まれるのはすごく嫌だし……。
私の濁し方をどう受け取ったのか知らないけど、勇者は勝手に納得しているようだった。……その表情から推察するに、たぶんまた私に失礼な解釈で。
「今から行くのって、なんたら子爵のところなんですよね? 昨日言ってたなんたら侯爵ってのは関係があるんですか?」
もう会話はしたくなかったけど、真面目な質問なら答えなきゃという気持ちになる真面目な私。
「えーと、今向かっているのはモンテス子爵領の領主館になりますが、そこにいらっしゃるのは領主代理であるアイゼルバウアー侯爵の長男になります。山本さんは歴史には詳しいですか?」
「いえ、全然」
どこまで説明しようかな。とりあえず言うだけは全部言うか。
「アイゼルバウアー侯爵はモンテス子爵という爵位もお持ちです。アイゼルバウアー侯爵が代替わりされるとき、その長男にモンテス子爵の名前だけが与えられ、それを『儀礼上の爵位』と呼びます。実際の領主はアイゼルバウアー侯爵なんですけど、なんというか後継者の証としてモンテス子爵を息子に名乗らせるようなものだと思ってください。今は名前だけのモンテス子爵である長男が、領主代理として実際に領地経営も行なっておられるという状態です。わかりますか?」
返事はなかったけど、わかってないことは一目瞭然だった。
まあ仕方ないよね。ヴォルフィだってわかってないし、私も本当に理解しているかと聞かれると自信はないし。
もうちょっと簡略して説明したらよかった。
自分の要領の悪さにため息が漏れる。
「とりあえず、今から会うのはアイゼルバウアー侯爵のご子息で、後日侯爵本人とも会うことになると思います。それだけ覚えておいてください」
最初からこれだけにしておけばよかった。




