side巻き込まれ薬師【167】
夜明け前の森は妙に静かで、それが逆に不気味な気配を醸し出している。
たぶん、夜行性の獣たちも巣に戻っていく時間帯なんだろう。見晴らしのいい場所ならそろそろ空が白み始めてる頃だろうけど、木々に覆われた森の中の夜明けは遅い。
そういえば、「夜明け前が1番暗い」って言葉があったよなと、ふと思い出す。意味まで覚えてないけど、文字通りに受け取るなら今が1番暗いってことだ。明るくなるにつれ状況も好転しますようにと、私は無意識に何かに祈った。
ヴォルフィは全く振り返らないまま、やや早めのスピードで先頭を進んでいる。この暗さにも慣れているし照明魔道具も使いながらだから、その足取りは昼間と変わらない。
勇者は何度も躓きながら、危なっかしくその後に続いている。見た感じ、登山やキャンプを好むアウトドア系ではなくインドア系の雰囲気なので、こんな足元の悪い道を暗い時間に歩くことなんてなかったんだと思う。
ヴォルフィは後ろの気配を感じるのなんて朝飯前だから、勇者の様子は把握してるはずだ。それでも足取りを緩めないのは、とにかく私のために急いでくれているのだろう。
しばらく進んでいると次第に周囲が明るくなり始め、それによって勇者の後ろ姿に疲労がはっきり見えてきた。さすがにこのまま無理をさせるのはよくない。
「ヴォルフィ、ちょっと休憩しよう。灯りも片付けたいし」
そう声をかけると、ヴォルフィは躊躇いなく立ち止まった。
それぞれ、適当な切り株なんかに座って休憩を取る。と言っても、勇者は水さえ持っていないので私が提供する。
うーん、ポーション飲んでもらうか。あんまり多用すると効きにくくなったり、体が自然に回復するのを妨げるようになるらしいけど、まあまだ多用ってほどじゃないし大丈夫か。
メイヤさん曰く「多用」ってのは水代わりにガブガブ飲むぐらいの量を指すらしいし。あと、日常的に摂取する冒険者や騎士なんかは、歳をとってくると蓄積した分の影響が出て体調を崩しがちになる人も多いらしい。でもそれがポーションの副作用のせいなのか、単に若い頃に無理を重ねたせいなのかはわかんないと私は思ってるけどね。
というわけで、飲んでもらおう。一応、朝のよりもさらに薄めておこう。
「ポーションを疲労でしょっちゅう飲むのも良くないですが、今日は急いでいるので回復を優先しましょう」
朝飲んだ時に効果を実感しているからか、今回も勇者は一気に飲み干した。喉も乾いていたのだろう。
「ポーションって副作用的なのがあるんですか?」
「すぐに出る副作用はないですが、長期的に飲み続けると耐性ができるのか効きにくくなりますし、自然治癒力も弱まるようです。ちゃんと研究されてデータがあるわけではないですが、長年薬師をやっている方がそう言っていました。ですので、どうしても必要な時だけ飲む方がいいです」
おそらく勇者はこれからポーションを飲む機会も多いだろうから、メイヤさんからの受け売りを真面目に答える。そこはやはり薬師の端くれとして適当なことは言いたくない。
勇者は「ふーん」という顔で聞いている。
「ポーションってラノベによってはめちゃくちゃ高価ですけど、この世界はどうなんですか?」
「この世界でも高価ですよ。私は自分で調薬しているので、検品時にはねた分をこうして使っていますが、買うと高価です」
これはあなたが来る直前に大失敗して落ち込んでいたポーションです。
使い道ができてよかったよ! あはは!!
使い終わったカップや照明魔道具を収納に片付ける。もちろんスキルであることは秘密なので、腰に下げたポーチをマジックバッグということにして、そこに入れるふりをしている。あまりにも大きいものを収納するのは見せられないけど、本物のマジックバッグにも入る程度の大きさなら隠さないことにした。
だって私もヴォルフィも荷物を全く持ってないから、なにかの異空間にしまってるってことはすぐ気づかれるだろうし。
勇者はポーチに片付ける(フリをする)私の手元をまじまじと見ている。
「それってマジックバックですか?」
「そうです」
その瞬間、勇者のテンションがものすごく上がったのをはっきり感じた。
「どこで手に入るんですか?」
「基本はダンジョンでのドロップ品ですね。でもなかなかドロップしません。たまにオークションに出ることもありますが、ものすごく高額になります。作れる人はどこかにはいるのかもしれませんが、私は聞いたことないです。これは……ダンジョンで手に入れました」
咄嗟に嘘をついてしまった。
そうだよね、マジックバッグって憧れだったよね。私もほしいと思ってたもん。そしたら、どこで手に入るかって聞くよね、そうだよね。……ちゃんと設定を考えておけばよかった。
うちで作ってるっていうのも言えないから、ダンジョンで手に入れたと適当なことを言ってしまった。
世の中に流通しているマジックバッグの大半はダンジョンのドロップ品だっていうのは、ヴォルフィに聞いた話なので間違ってないはず。
だけど、私はダンジョンには近寄ったこともないんだよ……。詳しく突っ込まれたら、ああ、どうしよう!
「そろそろ行くぞ」
私が内心パニックになりかけてたのを察してか、ヴォルフィが会話をぶった斬ってくれた。
た、助かった……。
再びヴォルフィを先頭に歩き出す。
明るくなったからか慣れてきたからか両方なのか、勇者の足取りはさっきまでより安定している。周りを見る余裕も出てきたようで時々キョロキョロしている。……そしてなぜかチラチラこっちを見ている。
どうせまたブスだとか思ってるんだろうなって思ったけど、どうも私の服装とか装備を見てるようだった。
まだサイファ村の人たちと私たちにしか会ってないんだから、この世界の衣食住が気になるのは当然か……。




