side巻き込まれ薬師【166】
「サツキ、起きて」
押し殺した声が耳元で囁かれ、同時に体が優しく揺さぶられる。
「うー」
目を開けると至近距離にヴォルフィの顔があったので、とりあえず抱きつく。
頭がぼんやりして動く気になれない。
「サツキ、疲れてるだろうけど時間がないから……」
疲れてる? 時間がない?
ぼんやりした頭で無理やり記憶を探ると、ようやく覚醒してきたのか昨日のことを思い出した。
思い出したけど、今度は憂鬱で起きたくなくなる……。
「やっぱり一緒に行くのはやめておいて、このまま休むか?」
「……それは嫌」
義兄上のところに勇者を放り出してとんぼ返りしてくれるなら待てるけど、きっとそうはならない。この不安定な精神状態でひとりになるのは無理だ。
それに、勇者や聖女が絡んでくるならこの家で1番の当事者は私なんだから、お任せしてしまうわけにはいかない。
ため息を思いっきりついて気持ちを切り替えると、私はさっさと身支度を終えた。
そして寝室の中の家具や荷物を、全て収納にしまう。
そっと寝室から出ると、勇者はまだぐっすりと眠っていた。私とヴォルフィは足音を立てないように移動し、残っていた洗濯機なんかを全て収納してしまう。
小屋に後付けされたシャワー付きのお風呂は、なんと丸ごとはずせてしまう仕様だ。扉がお風呂側と小屋側の2重になっているので、お風呂がなくなっても小屋側の扉が残るためただの裏口となる。それもサクッと収納。
これで、私のために用意されたものは全て回収できた。
「全部片付けたよ。勇者起こす?」
「そうだな、出発は早いほうがいい」
そう言って勇者を起こしに行こうとするヴォルフィをそっと制止する。
「どうした?」
「起こすのは私がやるから、ヴォルフィは一応周りを見てまわってくれる? まだ暗いから何かいると困るし」
「……あいつに近づくの嫌じゃないのか?」
「そりゃあ嫌だけど、私の方が強いし。それよりも外の方が、気配とか察するの下手だから安全にしといてほしいかな」
「わかった。何かされそうになったら躊躇なく攻撃しろ。あいつは生きてればいいんだろ」
「うん、そうする」
だいぶ過激なことを言って外に出ようとするヴォルフィをもう1度引き留める。
「どうした?」
「ん、ちょっとだけ充電」
そう言って抱きつくとすぐに意図を理解してくれて、抱き返される。
「今日の夜は一緒にいられるはずだから」
「うん」
そっと体を離されるのが名残惜しくて仕方ないけど、急いだ方がいいのも確か。
滑るように外に出たヴォルフィを見送り、私は勇者の元へと向かう。
途中でタオルを1枚水で濡らしていく。これで顔を拭いてもらおう。
まだ爆睡している勇者のそばで収納からポーションを取り出すと、水で薄める。
この世界のポーションは病気には効かないが、それ以外には効くという不思議な仕様だ。病気以外には疲労も含まれる。
疲労なんて病気の第一歩のような気がするから分かれてることに納得がいかないんだけど、そのように決まっているからそうなのだ。……きっと、誰かがそう決めたからそうなのだ。
「はぁ」
ため息をついてから、勇者を揺さぶる。
「起きてください」
何回か揺さぶると勇者は目を開け、ぼんやりした表情でのろのろと体を起こした。状況が思い出せていないのかキョロキョロしている。
「とりあえずこれを飲んでください。薄めたポーションです。疲れが取れると思います」
コップを渡すと、大人しく飲み干した。
得体の知れないものをこんなに無防備に口にして、大丈夫なのかな……。
と思ったところで、日本にいたときの自分もそうであったことを思い出す。私は随分とこっちの世界に染まってしまったようだ。
ポーションの効果はすぐに現れ、勇者の顔がスッキリしたものになる。
「調子はどうですか?」
「一瞬で疲れがなくなりました。さすがポーションですね」
「それはよかったです。朝ごはんは食べますか?」
朝ごはん食べない人多かったよなぁと思いながら聞くと、いらないとのこと。
食べると言われても、パンや干し肉を齧ってもらうしかなかったけどね。
「では用意が出来次第出発しますので、準備してください」
それだけ言って、私も外に出る。ヴォルフィはもう戻ってきていた。
「異常なかった?」
「ああ、特に何もない。あいつは?」
「ポーション飲ませて、今は身支度してるはず」
「そうか。サツキ、防犯魔道具と鍵を出してくれ。戸締りをしてしまおう」
「あ、そうだね」
小屋には元々扉についていた鍵もあるけど、もっと強力な魔道具を渡されている。
それと照明魔道具を収納から取り出し、手分けして設置しつつ雨戸も閉めていく。
私が使っているのは小屋と洗い場の2棟だけなんだけど、すぐ近くにサイファ村で使ってる物置が2棟あるので、そっちには普通の南京錠をかける。
戸締りをしていると、勇者が外に出てきた。日本の服に着替えている。
「用意はできましたか?」
「あ、はい。いつでも大丈夫です」
それを聞いて、小屋の扉にも魔道具を設置してしまう。
「それって魔道具ですか?」
「そうです。魔石を使った、侵入防止の魔道具です」
小屋の扉用に渡されている魔道具は、見た目だけはよくある鍵代わりの魔道具と同じで魔石に魔法陣を刻んだものだ。ただ、その刻まれている魔法陣がフリッツさんの作なので、あり得ないぐらいの高機能を盛り込んであるのだ。
扉に取り付け起動させる。これでよし。
「では村に向かいます。これで足元を照らしてください」
照明の魔道具をひとつ、勇者に手渡す。
カンテラ型の本体に光を放つ魔石を入れただけのシンプルな魔道具。これは元々この世界でよく使われているものだ。
ただ、これもフリッツさんの作なので光量は無限に調整できるし、持続時間が半端なく長い。非常時の目眩しとして使える機能もある。
それを持って、ヴォルフィ、勇者、私の順で村に向かって歩き始めた。




