side巻き込まれ薬師【165】
ヴォルフィが来るまでは一刻も早く勇者に寝てもらおうと思っていたし、なんなら軽く薬でも盛ろうかとも思ってたけど、気持ちに余裕ができたからこの世界の説明でもしておこうかな。
いらないって言われたらそこでやめたらいいし。
「じゃあこの世界のことを簡単に説明しますね。ここはオーレンシア王国のモンテス子爵領です。領地のほとんどが森と山で、冒険者を誘致しての採取や討伐がメイン産業になっています。小規模なダンジョンもあるので、腕を上げたい初心者から中堅冒険者が主に滞在しています。この世界は、いわゆる中世ヨーロッパ風な世界で、魔法があって科学はありません。魔道具もだんだん普及してきてはいますが、日本との違いに慣れるまで戸惑うことも多いと思います」
自分で言いながら「そういえばこの世界ってダンジョンもあるんだよねぇ」と改めて思い出していた。私は行く必要も時間もないから近づいたこともないけど、もし勇者がゲーム好きな人だったら行きたいのかもしれないな。
魔道具は他人事のように言ってるけど、普及させてるのが自分たちだと思うとなんだか不思議な気持ちになる。
「俺、勇者なんですけど、魔王とかいるんですか? なにと戦うんですかね?」
説明を続けようとしたときに勇者から挟まれた質問に、思わずビクリとしてしまった。
そっか、勇者であることを自覚してるんだね……。
同時に頭の片隅の理性が、「スキルは隠しておくべきだから勇者であることは今初めて知ったことにしろ」と囁く。
「勇者ですか……」
なにをどこまで説明するかを頭の中でまとめようとするけど、「聖女」というワードがぐるぐる回り始めて考えがまとまらない。
「『災厄』が起こる時に合わせて、勇者と聖女が降臨すると言われている」
代わりにヴォルフィが説明し始めてくれたので、落ち着くまでお願いしておくことにした。
「『災厄』がなんなのかはその時によってまちまちのようだ。100年単位で起こることだから断片的な伝承しか残ってないが、魔獣の大発生であったり天変地異、疫病などが記録されている」
勇者も勇者であれこれ考えているようだけど、素直にヴォルフィの説明を聞いている。
「異常というほどではないが、確かに魔獣は増えているようだから、今回の災厄は魔獣の大発生かもしれないな……」
これも嘘じゃないけど本当でもない。ただの冒険者という設定を貫く今日のヴォルフィは演技派だね。
今回の『災厄』が魔獣の大発生であることはほぼ確定している。確かに今の時点での増え方は異常とまでは言えないけど、それがおさまることもなく徐々に増え続けているからいずれ「大発生」というレベルに達すると見込んでいる。
だけど、その情報はまだ表には出してないから、ヴォルフィは言える範囲でだけ情報提供をしたわけだ。
私もその演技に合わせたら、もうちょっと落ち着いて話ができるかもしれない。
「勇者なら王城へも知らせないといけないし、アイゼルバウアー侯爵にも立ち合っていただかないと」
「おそらくもう侯爵へ知らせは行っているだろうから、王城への対応は任せておけばいいだろう。侯爵家の指示をモンテス子爵のところで待っていればいい。不必要にサツキが巻き込まれないようにしてくれるはずだ」
ヴォルフィも私と同じ考えであることを聞いてホッとした。
とにかく義兄上のところにさえ勇者を連れていけばきっと大丈夫。
そこに勇者が最悪の質問をしてきた。
「聖女ってサツキさんですか?」
顔が強張るのが自分でわかった。でも止められない。
「違います」
そう答えた声が冷淡であるのが自分でわかった。でも止められない。
私は聖女じゃない。私は必要とされてない。私はいなくてもいい人間。私は……私は……。
「今日はここまでにしよう。明日は早いからもう寝た方がいい。俺は彼と外の風呂を使ってくる」
私の様子を見かねたヴォルフィが無理矢理話を終わらせて、勇者を外のお風呂に連れ出してくれた。
ヴォルフィは説明だけしてきたようで、すぐに戻ってきた。
その姿を見るなり涙が溢れて止まらなくなり、伸ばされた腕の中に飛び込む。泣きじゃくる私を抱き締める力強さに安心して、さらに涙が溢れ出る。
「ひとりにしてごめん。怖かっただろ。本当になにもされてないんだな?」
うまく話せないので、コクコクと頷く。
「……兄上のところに連れていけば、サツキはもうあいつに関わらなくていい。明日も、行かなくてもいいんだぞ」
「……やだ、一緒にいる」
「わかった。夜の間もあいつは見張っておくから、サツキは安心して眠るといい」
「えっ!? 一緒に寝てくれないの!?」
「……そうしたいけど、さすがに違う部屋から見張るのは厳しい。それに、サツキといるならサツキのことだけ考えてたいから」
「…………」
言われてることはさらっと甘いし、見張っておく方がいいのもわかる。
だけど、今は離れたくないのに。不安で不安でたまらないから一緒にいてほしいのに。
「俺だってずっと一緒にいたいけど、今日だけはサツキの安全を優先したいんだ。明日の夜は絶対一緒にいるから、今夜だけは我慢してほしい」
「…………わかった」
最後にぎゅっと抱き締められ、体が離れていく。私を包み込んでいた体温が遠ざかると、さっきまでよりもっとずっと寒いような気がした。
勇者の服はヴォルフィが洗濯して干しておくそうなので、私は普段から使っているお風呂に入った。影月の力を借りて目の腫れは回復しておく。
泣いた後の顔を勇者に見られるなんてプライドが許さないもの。
長風呂をする気分でもないのでさっさと上がると、ヴォルフィが洗い物をしてくれていた。私はヴォルフィと勇者の寝具になるものを用意しつつ、私たちが小屋に持ち込んだ物を次々と収納スキルに仕舞い込んでおく。たぶんここには戻ってこないだろうから。
勇者と入れ替わりでヴォルフィがお風呂に行って、戻ってきた。
それを見届けて私は寝室に引っ込んだ。
絶対に眠れる気がしなかったので、眠気を催す薬湯を作ってひと息に呷る。
今夜だけの我慢。今夜だけの我慢。
それを何十回と繰り返しているうちに、私は闇に引き摺り込まれるように眠ったのだった。




