side巻き込まれ薬師【8】
鳥の鳴き声で目が覚めると、もう朝だった。
私は布団が変わると寝るのに苦労するタイプなんだけど、それを通り越すぐらい疲れていたようだ。
ごそごそとテントから這い出ると、ヴォルフガングさんが火を焚いていた。本当に一晩中見張りをしていてくれたようで頭が下がる。
お礼にもならないけど、朝食はまた私が用意した。
テントのすぐそばに「疲労回復」の効能がある野草を見つけたので、スープに放り込んでみた。気休めかもしれないけど、ないよりましだろう。
私が食器なんかを洗ってる間にヴォルフガングさんが全く疲れを感じさせない動きでテントを片付け、すぐに移動することになった。
まずはモンテス子爵の領主館に向かうけど、できれば近くの村で馬を借りるつもりだそうだ。もちろん私は自力で乗れないので、相乗りしてもらうことになる。
乗馬体験ぐらいはしたことあるけど、乗ってるだけでなかなか疲れた記憶がある。それでなくても私は運動はからっきしだから大丈夫かな……。
村までは荒れた登山道みたいな道を進んでいったけど、ヴォルフガングさんが先に立って伸びてきている枝や草を薙ぎ払ってくれたので、そこまで苦労せずに進むことができた。
冒険者が出入りしている区域はもっと整備されているけど、この辺りは今から行く村の人たちが最低限の管理を請け負ってるだけだからこんな感じだそうだ。
休憩を挟みつつ2時間ほど歩き続けると、目指していた村にたどり着いた。
サイファ村という名前なんだそう。
丸太を組んだ柵でぐるっと囲まれた中に、木造の家が立ち並んでいる。この村の規模がこの世界の中でどれほどのものかはよくわからないが、山の中の僻地にあるにしては綺麗に整っている気がする。
ちらほら見える村人も、質素な身なりではあるけど予想よりもこざっぱりしているし、なんというか知的に見える。
サーラ神は身分がはっきり分かれていると言っていたので、失礼ながら驚きだった。
門から少し離れたところで待っているよう言われ、ヴォルフガングさんだけが門に近づいていく。門番をしている村人とは顔見知りのようで、私の方をチラチラ見ながら話をしている。
門番さんが村の奥へ走っていくのを見て、ヴォルフガングさんが私を手招きする。
「馬の用意と、村長を呼んでもらうようにお願いしました。挨拶したらすぐに出発します」
「わかりました」
門のところで待っていると、おじいさんを背負った門番さんが走ってくるのが見えた。
門番さんの背中から降りたおじいさんは、杖こそついているもののかくしゃくとしている。
「村長、彼から聞いていると思うがこちらが異世界からの客人、サツキ殿だ。俺が責任を持って領主館まで送り届ける。時間が惜しいので、すまないが馬を借りたい」
「ヴォルフガング様、もちろんですじゃ。サツキ殿、ワシはここの村長をしておるエイデルと申します」
「初めまして、エイデル村長。ゴトウ・サツキです」
そこに若者が馬を引いてやってきた。2人で乗っても平気そうな、立派な体躯の馬だ。
こんな山奥の村には不釣り合いに見える。
「あやつであれば日暮れまでに領主様のところへ着けますでしょう。なんの歓待もできません代わりに、食料も持っていってください。昼飯が必要じゃと思います」
ヴォルフガングさんがお礼を言って受け取り、マジックバッグにしまう。
「領主様にはワシの方から鳥を飛ばしておきます。領都に入るときに間に合うかは微妙なところですが……」
「いや、よろしく頼む」
会話を終えるとヴォルフガングさんはひらりと馬に跨り、私を見下ろす。
「馬に乗ったことは?」
「1回だけです……」
私の返事を聞くと、ヴォルフガングさんは問答無用で私の腰を抱えるようにして抱き上げ、自分の後ろに乗せると、村長に「では」と短く声をかけて馬を走らせ始めた。
私は振り落とされないようにヴォルフガングさんにしがみつき、目を閉じて揺れに備えた。
どれぐらい経ったのかわからないけど、私の意識がここではないどこかへ行きかけた頃、馬の速度が落ちていった。
「休憩しますが、降りられますか?」
そう言われて目を開けると、昨夜野営したのと似たような造りの広場にいた。「はい」と言って降りようとするが、全身がこわばっていてうまく動けない。
さっと馬から降りたヴォルフガングさんが抱きかかえて下ろしてくれるのに、黙って身を任せる。馬が走り始めた頃にはこの状況に多少はドキドキしていたけど、すぐにそれどころじゃなくなって、今は心身ともにフラフラだ。
ヴォルフガングさんはさっと馬を繋ぎ、水を汲んできて飲ませている。
「昼にしようと思いますが、食べられますか?」
そう言ってヴォルフガングさんは、マジックバッグから村でもらった食料を取り出した。パンにチーズ、干し肉に果物だ。
お腹は空いているのか空いていないのかよくわからない。食べたら食べられそうだけど、あんまり食べるとあとで逆流しそうだ。
「ちょっとだけもらいます……」
とりあえず水をごくごく飲んだあと、パンとチーズを小さく切り取って食べる。果物はオレンジのような柑橘だったので、その甘酸っぱさが心地よかった。
げっそりしている私を、ヴォルフガングさんが心配そうに見ていた。
「その、あんなに力を入れなくても落ちないと思いますが、怖いですか?」
「怖いです。あ、もしかしてやりにくいですか?馬を操るのに支障があるなら気をつけますけど……」
「いえ、そういうわけじゃないのでサツキさんの安心できるようにしてください」
そう言うヴォルフガングさんの目元がほんのり赤いのは、もしかして照れているのだろうか?
いや、まさか。こんなにモテそうな人が私なんかにしがみつかれて喜ぶとか、ないない。
しばらく休憩して、また過酷なドライブが始まった。
休憩を2回挟み、日が傾きかけてきた頃にようやく領都についた。
石造りの頑丈な城壁でぐるりと囲まれ、その周囲には濠が巡らしてある。門は跳ね橋が降ろされているが、夜になったら閉じるのだろう。
相変わらずガクガクの私はヴォルフガングさんに抱えてもらって馬から降り、カクカクした歩き方のまま門に向かった。
門番に身分証(たぶん冒険者ギルドのカード)を提示し、私のことを説明するヴォルフガングさん。
「侯爵邸に知らせは出していたんだが、連絡は来ているか?」
「か、確認して参りますので少々お待ちください!」
門番の一人が飛ぶように走っていった。ヴォルフガングさんが侯爵の息子であることは周知の事実だろうし、そこに異世界人まで出てきたらパニックにもなるだろう。
「さっきの村からの知らせは侯爵邸に出しているんです。そこからここにいる代官に知らせがまわるので、代官にはまだ何も伝わっていないかもしれません」
「なるほど」
普通は逆で、代官から侯爵に連絡がいくものじゃないかと思うけど、異世界人なんて話は代官の領分を超えてると判断したのかもしれない。
誰が?
さっきの村長が、だ。
でもそれはなんの権限で……?
もやもやとしたものが湧いてきて悩んでいると、さっきの門番が走って戻ってきた。
「代官様がお会いになるそうです。このまま領主館にお向かいください」
「わかった。馬はここに預けていいか?サイファ村のものだ」
「かしこまりました。お預かりして、サイファ村に戻しておきます」
ヴォルフガングさんに連れられ、領都に入る。
それはまさしくファンタジー世界だった。