side巻き込まれ薬師【164】
ヴォルフィは警戒は一切緩めないながらも殺気を撒き散らすのはやめてくれたので、私も息苦しくなるぐらいの圧迫感は消えた。
靴を脱ぎかけたところで何かに気づいたようで手を止め、小さな声で「どっちだ?」と聞いてきた。
主語も何もないけど誰と誰のことを指しているのかはわかっている。
私は勇者と聖女の召喚に巻き込まれた。そして、私以外にも巻き込まれた人がひとりいるとサーラ神は言っていた。
聖女は私の妹なのでもちろん顔はわかっている。となると、ここにいる男性は勇者か巻き込まれた被害者のどっちかということになる。
ヴォルフィはそれを「どっちだ?」と聞いているのだ。
巻き込まれた被害者の方だったらよかったんだけどね……。
勇者であるなら「災厄」が近づいているということ。そして、聖女が現れるということなんだから……。
「勇者だった」
私がほとんど口の動きだけでそう言うと、ヴォルフィは小さく頷いた。
そしてまた気配が変わった。
さっきまでみたいな荒れ狂う怒りではなくて、静かに研ぎ澄まされた刃のような。それはヴォルフィが勇者をただの「非常識な男」から「私の敵」と捉え直したことを表しているようだった。
いつもならご飯の用意を手伝ってくれるけど、今日は勇者の警戒を優先するようで、剣を抱えたまま私と勇者の間になる位置に座って睨みを効かせている。
そんなに警戒しなくても、勇者が何かしようとしたところで、ヴォルフィならなんなく防げると思うけどね。私と同じ一般人みたいだからさ。
コンロに火を点けてスープを煮立たせていると、ヴォルフィが勇者に質問……というより尋問しているのが聞こえた。
「俺はヴォルフガング、冒険者だ。なぜ村長の家にとどまらずここへ押しかけたんだ?」
「俺はヤマモトアツシです。なんでって、俺は今朝この世界に来たばっかりでなにもわかりません。そこに、俺より先に転移してきた人がいるって聞いたんで、いろいろ教えてもらいたいと思って……」
勇者の言いたいこともわからなくはないけど、せめて朝になってからにしてほしいってどうしても思ってしまう。
今の私ならある程度の相手までは返り討ちにできるとか、そんなに自分を魅力的だと思っているのかとか、そういう話じゃない。性犯罪の被害者になりがちな性別に生まれ育った者として、そうなるかもしれないっていう可能性はそれだけで恐怖なんだよ。
私のため息に重なるように、ヴォルフィのさらに深いため息が聞こえた。
「だからと言って、女性の家に夕暮れに訪れる必要はないだろう。それとも、下心があってわざとやっているのか?」
ヴォルフィが威圧感を強めると、勇者は怯えながら顔の前で手をブンブン振っている。
「違いますって! そんなつもりはないですって! 確かに悪いなとは思いましたけど、なんにもわからないのが不安で不安で仕方がなかったんです!」
まあ、それは確かにそうだ。
私も不安で不安で仕方なかった。魔獣に殺されかけてヴォルフィに助けられ、今は義父上となった侯爵と面会して……。ヴォルフィと心を通わせるようになるまで、ずっと不安は消えなかった。
ヴォルフィもさすがにそれは仕方ないと思ったのか、威圧感が消えた。
でもその時、チラリと私を見た勇者の視線が値踏みしているかのようで、しかもその値は低かったのか小馬鹿にしたような表情を浮かべたのを私は見逃さなかった。
その瞬間、私の中に勇者に対する猛烈な嫌悪感が湧いたのだった。
「明日、領主のところへ向かうと聞いている。村から領都までは馬車で半日はかかる。できるだけ早く出発できるように、夜明け前にはここを出るぞ」
「え、早っ」
私も「明日はかなり早い時間の出発になる」って言ったんだけどなぁ……。
私とヴォルフィだけなら馬で走れるからもっと早く着けるけど、サイファ村の荷馬車だとあまりスピードは出ない。というか、振動がひどいからスピードを出してほしくない。
そうこうしているうちにスープが温まったのでお椀によそい、テーブルに並べていく。
「領主様へ知らせは行ってるの?」
「鳥を飛ばしたそうだから、もう伝わってるだろう」
「そう、よかった」
一応聞いてみたら、ちゃんと義兄上に伝わっていた。義父上の方にはたぶん隠密が報告に向かってるだろう。
夕食は干し肉と薬草が入ったスープに、黒パン、チーズ。チーズは塊のものなので串に刺して暖炉で炙ってパンに乗せている。日本で食べていたようなとろけるタイプじゃないから、炙ると程よく柔らかくなるの。
うーん、野営の時の料理みたいで貧相だ。でも今日は食材もやる気もなかったんだから仕方ない。
並べながら勇者の様子を伺っていると、あからさまにがっかりしているようだった。
料理下手だと思われてるんだろうなぁ。まあ、得意じゃないから間違ってないけど。
でも空腹もあるからか、文句は言わずに食べている。
「サツキ、ポーションと薬の製作はどうなってる? まだ足りてないなら明日は俺だけでこいつを連れて行くが」
食後のハーブティーを飲んでいる時、ヴォルフィが急に思い出したように本当のような嘘のような話を持ち出した。
定期的にポーションと薬を納品してるのは本当だし、次の納品日が近づいているのも本当。
だけど、勇者が現れた時点でこの薬師業はほぼ中止で私は侯爵家の人間として動くことになるから、予定通りの納品にならなくてもお咎めはないはずだ。
これはヴォルフィなりに気を遣ってくれてるんだろう。無理して一緒に行かなくていいぞって。
「納品分は足りてるかな。ヴォルフィに渡す分のポーションを作ろうとしてるところだったから、それだけちょっと待ってくれる?」
「手持ちはまだあるから急がなくていい。じゃあ明日はサツキも一緒に行くんだな?」
「そうだね、そのほうがいいと思うし」
私も話を合わせつつ、一緒に行くと返事をする。
ひとりだけ蚊帳の外になる方が不安だけ高まるし、それにやっぱり関わらないわけにはいかないでしょう。
大丈夫、私には信頼できる人たちがいるんだから。




