side巻き込まれ薬師【163】
本音としてはこのまま扉を閉めてなかったことにしてしまいたいけど、そうもいかない。
私は覚悟を決めて扉を開いた。
「……どうぞ」
「ありがとうございます!」
どれだけ疲れているのか、勇者は這いずるようにして中に入ってきた。
「そのマットのところで靴を脱いでください」
やはり日本人だからか靴を脱いでという要求に素直に従い脱ごうとするが、手も足ももつれてうまく脱げないでいる。
「ゆっくりで構いませんから」
パッと見た感じ、武道などの心得があるようには思えない。となると、まともな人じゃなくて襲ってきたとしても勝てそうな気はする。
そう思えたことに少しだけ安堵し、護身用の短剣を収納スキルで片付けた。見ず知らずの人がいるところに刃物を置いとくなんて怖すぎるからね。
ようやく靴を脱いだ勇者はズリズリとラグの上まで這い進んで、力尽きた。
「助かったー。死ぬかと思ったー」
どうしよう……。ポーションとか疲労回復の薬草を飲ませてもいいけど、このまま疲れて寝てしまってくれる方が私としては安心なんだよね。
夕暮れに来ちゃったってことは泊めざるを得ないし、浴室の小屋で寝ろとは言えないし……。
悩みつつ、とりあえず水を用意してテーブルに置いた。
「お水置いておきますね」
「あざーす」
コップ1杯では足りないだろうから、大きめのビンにも水を入れて一緒に置いておく。
相当喉が渇いていたのか、瞬く間に飲み干している。
それからええと、あ、食事の用意しないとダメか。
「もう少ししたら夕飯の用意をしますが、食べれますか?」
「食べれます! お願いします!」
ガバッと起き上がって言う勇者。お腹も相当空いているようだ。
と言っても、もともとやる気がなかったからほんとに簡単なものしかできないけど我慢してもらおう。
こんなに疲労困憊ってことは、結構離れたところからここまで歩いてきたってことなのかな……。いろいろ聞いてみないとダメだよね。あ、自己紹介もしなきゃいけないね。
「私は後藤彩月です。3年ほど前に転移してきて、薬師のようなことをやっています」
日本での名前を名乗るのなんていつぶりだろう。一応ミドルネームのように残してはあるけど、正式に名乗ることも滅多にないし。
あと、この後どうなるかわからないから貴族と結婚してることは伏せておいた。当初の設定通り、私は山奥に住んでるただの薬師。
「俺は山本敦史です。今朝、目が覚めたら森の中にいました。この山の麓の村にどうにかたどり着いたら、『サツキさんに似てる』って言われて、聞いた名前も日本人っぽかったので同じ転移者じゃないかと思って訪ねてきました」
「そうでしたか。村に行ったんですね……」
麓の村といえば当然ながらサイファ村だ。あそこで私のことを聞いたのなら、村人が一緒に来ても良さそうなものなのになんでひとりなんだろう?
「一応聞きますけど、日本には戻れない感じですか?」
私が考えに没頭しかけた時に、久しぶり過ぎる質問をされて現実に引き戻された。
そうか、この人はまだ戻れないって知らないんだよね。残酷な事実を言わなきゃいけないっていうのは気が重いことだ。
「そうですね……。戻る方法はないと言われています……」
「やっぱり、そうなんですね」
勇者の反応は割とさっぱりしていて、私はホッとした。転移したのも戻れないっていうのも私のせいじゃないけど、それで激しく気落ちされたら罪悪感を覚えそうだし。
気を取り直して、私は質問を再開した。
「麓の村では村長さんにも会いましたか?」
「会いました。それで、明日領主のところに連れて行かれるんですけど、その前にこの世界のことを聞いておきたくてお邪魔しました」
「そうですか……」
たぶん、たぶんだけど、村長は勇者を村に泊めようとしたと思うんだよね。村長はヴォルフィの居場所を把握してるから、今夜は私ひとりであることもわかってるし。
なのに勇者が今ここにいるってことは、村長を振り切って来たんだろうな……。
あんまり人間性はいい人じゃないのかもしれない。
とにかく今夜を無事に乗り切ろう。そうすれば、明日は村に降りて村長とも相談できるし。
「先に食事の用意をしますね。続きは食べながらにしましょう。だいぶお疲れのようですし、明日はかなり早い時間の出発になりますし」
続きを話そうとしていた勇者を遮って、私は先に夕食の用意をすることにした。早く食べて早く寝てもらおう。
私の収納の中には食料も備蓄してるけど、それはもっぱら保存食だ。新鮮な食材はヴォルフィの感覚に合わせて、食べる分だけを入手して消費するようにしている。
よって、今ここには保存食と小屋の周りで摘める野草や薬草しかない。
私は鍋に水を入れて、干し肉と薬草類を放り込み火にかけた。
しばらく鍋をかき回していると、慣れ親しんだ気配が近づいてくるのを感じた。それもめちゃくちゃ怒っている。荒れ狂う緑色の炎のような気配がものすごい勢いで小屋の前に辿り着くと同時に、ドンドンドンと激しく扉が叩かれる。
安堵で泣きそうになりながら玄関に走ると、「俺だ。サツキ、大丈夫か!?」と1番聞きたかった声がした。村長が知らせてくれたのか、予定を切り上げて戻ってきてくれたようだった。
扉を開けると、案の定ものすごく怖い顔をして殺気を撒き散らしているヴォルフィがいた。
勇者はついさっきまで寝落ちしかけていたけど、さすがにこの殺気はわかるのか目を覚まして顔を引き攣らせている。
「ヴォルフィ、落ち着いて。その人は本当に私と同じところから来た人で、話をしてただけだから、そんなに殺気を向けないで」
別に可哀想とは思わないけど、怯えすぎて漏らされでもしたら嫌だし。
「だからと言って、こんな時間から女性の家に平気で上がり込むとか、どんな神経だ」
本当に、それは、そう思う。
だけどヴォルフィが来てくれたからもうどうでもいいや。それよりも気になることを聞いておこう。
「ヴォルフィ、この人のことをどうして知ってるの?」
「村から知らせが来た。サツキと同郷らしき男が現れて、村長の家に泊まるように言ったが聞かず、サツキの家に向かったと。本当になんともないんだな?」
「うん、大丈夫。とりあえず上がって」
やっぱり村長が呼び戻してくれたんだ。
このまま抱きついてもっと安心したいのに、それができないのがもどかしくてたまらない。




