side巻き込まれ薬師【160】
「父上、俺は反対です。サツキは貴族だし女性です。そんなところで暮らすなんて、例え見えないように護衛していたとしても危険だとしか思えません。それに、その課題の必要性が感じられません」
「うむ、それは確かにそうなのだが、サツキがこのまま邸の中で立場だけを引き継いだという印象を実働部隊に与えるのもよくはないと思う」
「そんなの、父上が決めたことであれば誰もなにも言わないでしょう?」
「その通りだ。だが、これから彼らはサツキが作った薬を失敗できない状況で使うことになってくる。そこに信頼が全くないというのも、いずれ支障が出る可能性が高い」
「しかし……」
「待って、ヴォルフィ」
私を気遣って反対しているヴォルフィを一旦止めて、義父上に向き直る。
「それはどれぐらいの期間をお考えなのですか?」
「ウドは春夏秋冬の一巡り、つまり1年と要望していたがそれは長すぎる。孫の誕生のためにお前たちの領主着任が大幅に遅れているのも確かだからな。よって、3ヶ月だ。それも、緊急事態が生じたら即中止とする」
「それはヴォルフィも一緒ですか? さすがに女ひとりで山の中に暮らすというのは、私もお断りしたいところですが……」
ここでチラリとヴォルフィを見ると、「それは絶対に許さない」という断固とした決意を全身から発していた。私も、これは譲れないところだ。
義父上は当然予測していたのだろう。諦めた表情で頷いた。
「本音を言えばヴォルフには領主着任の準備をさせたいところだが、致し方ない。ただし、ヴォルフには子爵領内の仕事はしてもらう。領地内の整備や、冒険者の活動を認めていない場所での魔獣討伐などになるだろう。それなら一応は実地研修の一環ということにできるからな」
「わかりました、サツキと一緒に行けるのであれば異存ありません。サツキはどうだ? どうしても不安なら言っておくほうがいい」
「そうだね。……私はそこで具体的に何をするのでしょうか?」
「ウドが管理していた薬草園の手入れ、それから指定の薬を作って納品することだ。隠密が使うものだけでなく、騎士団に支給するものも含まれる」
それはいかにも薬師らしい生活で、特に問題はない気がする。
というか、こんな立場になってなかったら、私はこの世界で薬師としてそういう生活を営んでたんだと思う。
あんまり辺鄙な山奥は嫌だけど、薬草園のあるこじんまりした家で冒険者のヴォルフィと暮らしている……ああ、いいなぁ。無い物ねだりなだけなのはわかってるけど、そんな平凡で穏やかな生活を送りたいって欲求が急に湧き上がってきた。
なら、期間限定の擬似的なものだけど、似たようなことができるのは楽しいかもしれない。
赴任する領地も田舎らしいけど、あくまでも領主だからひっそりと暮らせるわけじゃないし。その後がどうなるかも全くわからないから、二度とできないかもしれないし。
なんだか急に楽しみになってきたかも!
「サツキ、大丈夫か? そんなに不安なら断ってもいいんだぞ」
「……ヴォルフィ、行こう!! 山奥で暮らそう!!」
「えっ!? いや、サツキがいいなら構わないけど、どうしたんだ?」
黙り込んだ私を心配したらハイテンションな返事だったからヴォルフィが困惑してるけど、まあいいや。義父上の前では言いにくいから後で説明したらわかってくれるだろう。
「いつから行く!?」
「なんで急に乗り気になってるのかわからないけど、さすがに準備が必要だから来週ぐらいじゃないか?」
前のめりな私にやや引いているヴォルフィ。助けを求めるようにチラリと義父上を見る。
「……サツキ、まずはお前たちが住む場所の安全確認や修繕が必要だから、再来週ぐらいだと思っておきなさい」
「わかりました!」
「防犯や生活のための魔道具を設置させるから、フリッツやヤルトと打ち合わせしておきなさい」
「わかりました!」
「肝心の課題についてはウドに、アドバイスを求めるならメイヤにも聞いておきなさい。他に必要なことはおいおい指示する」
「わかりました!」
妙に元気な私の返事に義父上も困惑しているけど、咎めるようなことでもないから追求はされなかった。
退出した後、ヴォルフィに私が乗り気な理由を話したら、予想通りヴォルフィもめちゃくちゃ乗り気になった。
その足で魔道具棟に行ったらフリッツさんとヤルトさんもめちゃくちゃ乗り気で、見た目がどんなボロ小屋でも要塞のような守りとお屋敷のような快適な生活ができるようにしてくれるそうだ。頼もしい。
ウドさんとメイヤさんからも必要なことを聞き、事前に用意しておいたほうがいい道具や器具なんかはすぐに手配をした。
この時の私は全く予想もしていなかった。
そこで運命が大きく動き出すことを。




