side巻き込まれ薬師【158】
「なんか、本当にお疲れ様って感じだね……」
「まあな……」
帰りの馬車の中、ヴォルフィは私を膝の上に座らせて脱力している。私も咎める気にもならないので、大人しく抱き枕になっている。
「お母さんと会って、どうだった?」
「なんていうか、『ああ、この人がそうなのか』って感じだった」
「そっかぁ」
ヴォルフィはお母さんの記憶がない。
出会った頃に聞いた話では、ヴォルフィの容姿に執着したお母さんが問題発言を繰り返していたため、ヴォルフィはお母さんから引き離されて育てられたのだ。
それから程なくして、お母さんは心身の状態が悪くなり療養へ。
そして今に至る。
つまり、今回はヴォルフィとお母さんのほぼ初対面でもあったわけだ。
「……俺に会って、喜んではいた。それはよかったとは思うけど、兄上も挨拶してたのに完全に無視して俺にだけ話してくるのはちょっとな……」
「それは、困るね」
「それに、話す内容が全部俺が侯爵になる話だからな……」
「継ぐのは義兄上だって言っても聞いてなかったんだっけ?」
「そうだ。『あ、そうなの』って言って、それまでと同じように俺が継ぐべきって話を繰り返してた」
「そこで怒り出したわけじゃないんだね」
それがちょっと不思議。それだけヴォルフィを侯爵にすることに拘ってるのに、反応したのは後継者の話じゃなくて結婚の話なんだもんね。
「たぶんだけど、母上は俺に『侯爵になれ』って言い聞かせれば、俺が最終的にはそうするって思い込んでたんじゃないか? 一旦は兄上に決まっても、俺がその気になれば奪い返せるって」
「おおっ……」
「それに、俺がサツキのことを『誰よりも愛してる大事な人で、彼女のためならなんでもするし何を捨てても構わない』って言ったせいもあると思う」
「そ、そんなこと言ったの?」
ストレートに愛の言葉を言われることにだいぶ耐性がついたとはいえ、それでもやっぱりドキドキする。
しかも今のは直接言われたんじゃなくて義両親と義兄の前で言われていたことだから、なんか想像すると余計に恥ずかしくなってしまう。もちろん嫌なわけじゃないけどさ。
「……嫌なのか?」
「ち、違うってば! 私がいた国の男の人は、そういう風に『愛してる』とかはっきりいう人が少なかったから慣れてないだけだってば!」
「……そうか」
傷ついたような表情から一転、なにかイタズラを思いついたようにニヤリと笑う。
嫌な予感がするよー!
「今からずっと愛してるって言ってたら、多少は慣れるか?」
「いやいやいやいや。ま、まだ話聞き終わってないし!」
「ああ、そうか」
私の耳元に口を寄せてくるのを、必死に遮る。
何回も言うけど、嫌ではないんだよ。嫌ではないけど、今はそういう気分ではないというか……。お母さんと対面した心情の方が気になるんだよ。
「俺が貴族でもない女性のために侯爵位すら投げ出しかねないって思って、それが母上の逆鱗に触れたんだろうな。別にもともと狙ってたわけじゃないから、投げ出すもなにもないんだが」
「お母さんにとっての『あるべき姿』から外れちゃう行動だったんだね」
「そうだ。そこからはどんどん感情的になって喚き出して、宥めようとしてもダメだった。別れろって何回言われても俺が頷かなかったから更におさまらなくなったけど、別れるわけないんだからそこは譲れなかったし」
「それで、主治医のストップがかかったんだっけ?」
「ああ。父上以外は追い出された」
その後、義父上が改めて爵位の継承の話とか息子たちの結婚の話とかをしたんだよね。
「……お母さんとうまくいかなくて、やっぱりショック?」
「いや、そうでもないな。もともと顔も覚えてなかったし、周りにいた使用人たちからもいい話は聞かなかったから、『やっぱりな』ぐらいにしか思わないな。疲れはしたけど」
「そっか、ヴォルフィが辛くないならそれでいいと思うよ」
「むしろサツキのことを認めさせられなくて悪かったと思ってる」
「私も直接罵られたわけじゃないから気にしてないよ。貴族じゃないのは本当だし、それはどうしようもないからさ。これからも何か言ってくる人は現れると思うし」
「サツキ……」
また感極まったように抱き締めてくるから頭を撫でつつ、私は違うことを考えていた。
ヴォルフィとお母さんよりヴォルフィとお姉さんの方がややこしそうで、しかもまだ対面してないから解決もしてないんだよね。
ヴォルフィが生まれたことで家族が自分に注目してくれなくなったからと、まだ赤ちゃんのヴォルフィを叩いたりベッドから引きずり落とそうとしていたというお姉さん。
ヴォルフィがお母さんから引き離されたのは、このお姉さんへの悪影響を考慮したからってのも大きい。
義兄上たちの結婚の時には招待していたからいよいよ対決かって覚悟してたんだけど、懐妊中でしかも臨月だからということで夫の伯爵だけが出席してたんだよね。
だから私はまだ会ってないし、ヴォルフィも再会してない。こっちの方が気がかりでその話もしようかと思ってたけど、まあいいか。
せっかくいい雰囲気になったし、もう遮らなくていいや。キスしようとしてるのを拒んでまでしたい話じゃないし、必要になったらでいいや。
ヴォルフくんとお母さんやお姉さんの関係の詳細は、サツキちゃんの7話を参照くださいませ。




