side巻き込まれ薬師【155】
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幻想の残り香を漂わせながら、暗闇と沈黙があたりを支配する。
どれぐらい時間が経っただろうか。
微かに虫の鳴き声が聞こえ始めて、次第に夜闇は現実に染まり始めた。
ふうっと息を吐いたのは、どちらだったのだろうか。
「……すごかったな」
「……うん。昼間にちょっと見たのと全然違ったし、思ってたのとも全然違った。でも本当にきれいだった」
ようやく言葉を交わしたものの、まだ余韻が続いていて立ち上がる気になれない。
なんとなくそのまま暗闇を見つめていると、足音が近づいてくるのが私にもわかった。
それは予想通りベルンハルト義兄上で、副官のハンスさんが魔道具の照明を持って付き従っている。
「義兄上、ありがとうございました。こんな素晴らしいものになっていたんですね」
「見慣れてるサツキがそう思うなら、なかなかいい出来だったみたいだね」
「私たちだけで楽しんでしまって、開発したのは義兄上なのに申し訳ない気もします……」
「ああ、それは構わないよ。ひとりで見たって仕方ないし、これをもっと改良してコンスタンツェと一緒に見るつもりだからね。だから、また改めて改善点をじっくりと聞かせてもらうよ」
「……はい」
怒ってないけど怒ってる。
日本語として変だけど、そうとしか言い表せない。
本当はすぐにでも義姉上と一緒に見たい、というか帰ってきてほしいんだろうなぁ。
「義姉上はいつ頃戻ってこられるんですか?」
「とりあえずお客人が帰った時点ですぐに知らせたから、準備が出来次第向こうを出発するとは思うけど……」
そこでベルンハルト義兄上は言葉を切ると、顔を手で覆うようにして大袈裟にため息をついた。
「コンスタンツェがすごく楽しそうだった」
「…………」
いいことではないですか、って言いかけて飲み込む。
義兄上は、義姉上にも自分と同じように恋しがってほしいんだろうなぁ。
義姉上も恋しい気持ちはあるだろうけど、でも単純にドワーフの里は楽しいんだろうなぁ。
それに義姉上は現実的だから、恋しがったとしてもどうしようもないって割り切ってるんだろうなぁ。それなら今ここで吸収できることに全力を向けようって思ってるんだろうなぁ。
「……サツキ。そんな哀れみの目で見るんじゃない」
「失礼しました。そんなつもりは……」
思いっきり顔に出ちゃってたみたいで、義兄上にじっとりとつっこまれた。
「でも私も義姉上に早くお会いしたいので、戻ってきてほしいです」
「そうだろう、そうだろう。夜が開けたら改めて連絡をしよう。じゃあまた感想と改良点はじっくりと聞かせてもらうよ」
機嫌をなおした義兄上がさっさと邸へ向かい始める。ハンスさんは苦笑を浮かべつつ私たちに会釈して、義兄上の後を追っていった。
「ふたりだけで先に見ちゃって、なんか申し訳ない気がする……」
「まあ、それは兄上からの労いってことでいいんじゃないか。どうせ、義姉上のために改良しまくったのを用意して楽しむんだろうし」
「それもそうか」
確かにヴォルフィとふたりだけで見れたのは、すごくよかった。
義兄上たちもふたりきりの方がいいだろう。
それから再び抱き上げられて、部屋へ戻った。
そこから先の休みはお察しの通りだ。つまり、ほぼ部屋から出なかった。でもいいの、幸せだから。
それから私たちはそれぞれの勉強を終え、領主としての任地へ向かい……とはならなかった。
まず、義兄上ふたりが早く結婚させろと義父上に迫りまくり、異例の早さで2組同時に婚儀を挙げた。
コンスタンツェ義姉上の方は実家の家格がうちより低く、そして付き合いも長いから何も言われなかった。娘を早く安定した立場につけてやりたいという意図もあっただろう。
フランツィスカ義姉上の方は、とにかくアルブレヒト義兄上が熱烈に熱烈に、それはもう熱烈に口説き落としたらしい。父娘揃って。
もちろんそれだけじゃなく、オーディリッツ公爵からの口利きもあったらしいけど、とにかくものすごいスピードで婚儀に向かって爆走した。
唯一、当事者じゃない女性である私は当然ながら中心に立って準備しないといけないので、それに忙殺された。
しかも、お披露目はヴォルフィと私も含めて3組まとめてやると言うことになったので、これまた気合を入れてお手入れされる羽目になった。
そうそう、メアリもその忙しい最中に戻ってきたから、復帰早々に激務になっている。本人は楽しそうに働いてるからいいけどさ。
婚儀とお披露目の時期は、領内がかつてないほどのお祭り騒ぎになっていた。
そりゃあそうだよね、領主の息子が3人同時に結婚するなんてないもんね。そりゃあお祭りになるよね。
(一般民衆には私とヴォルフィも同時に結婚したと思われているが、特に訂正する必要もないので放置してある)
フランツィスカ義姉上は、なんというかおおらかな人だった。
亜麻色の髪と水色の瞳で、身長はこの世界の人にしては低めだ。
伯爵令嬢なのに子どもの頃は果樹園を駆け回っていたそうで、馬にも乗れるそうだ。
侯爵家が着手している事業の方は、理解は示しつつも積極的に携わりたいほどの興味は湧かなかったようだ。それはコンスタンツェ義姉上に任せて、フランツィスカ義姉上は家政の方をやってくれることになった。
私もコンスタンツェ義姉上も、どちらかというと家政よりも働きたいタイプだから大歓迎だった。
それでだ。
さすがに息子が全員結婚したということは、療養中の義母にも報告すべきだろうということになった。
ヴォルフィがお母さんと再開するなら私も同席しないとって意気込んでたけど、主治医の意見も踏まえて義父上とアルブレヒト義兄上だけが面会することになった。
息子たちが3人とも結婚したということと、次期侯爵にはアルブレヒト義兄上を正式に任命するという報告だからね。
それでも、もしも義母が残りの息子ふたりやその妻たちに会いたいって言い出したら対応できるように、療養場所には全員で行くことになった。




