side巻き込まれ薬師【7】
ヴォルフガングさんが話したかったのは、自分が家を離れた理由だった。
ヴォルフガングさんが生まれる前に長男、次男、長女と立て続けに生まれていて、これでアイゼルバウアー侯爵家は安泰だとみんな思っていたそうだ。
ただ、アイゼルバウアー侯爵家は銀髪が多い家系で現侯爵も銀髪に茶色の瞳なんだけど、子どもは3人とも母親と同じ茶色の髪だったので、それを残念がる人はいたらしい。
とはいえ、歴代の侯爵家の人間がみんな銀髪だったわけではないので、それほど大きな問題じゃないと侯爵自身も考えていたそう。だけど、侯爵夫人だけは銀髪の子どもを産めなかったことを強く気にしていたらしい。余計なことを言う人も周りにいたんだろうね。
そうして数年後に生まれた三男は、美しい銀髪と緑の瞳を持っていた。
侯爵は髪の色よりも能力が大事だと考えていて、長男も次男もできがよかったから順当に継がせればいいと考えていたそうだ。とてもまともだと思う。
ちなみに緑の瞳は侯爵の祖母がそうだったらしく、取り立てて問題にならなかったそうだ。遺伝という考えはなくても、数代先に特徴が現れることもあると経験則でわかっているようだ。
けれど、侯爵夫人はようやく生まれた銀髪の子どもにものすごく執着し、「あなたが次の侯爵なのよ」などとずっと語りかけていたらしい。うーん、お家騒動の予感がするね。
しかも、問題はそれだけじゃなかった。
長女は弟ができるまで、末っ子の上に紅一点でかなりかわいがられていたというか、甘やかされていたらしい。そこにいきなり現れた弟が、母親の関心を全てさらっていってしまった。
同時に兄二人の教育が本格的にスタートしたため、兄たちは忙しくて前ほど構ってくれなくなり、父親の関心もそちらに向いてしまった。
いきなり家族みんなにそっぽを向かれたと感じてしまった長女の怒りは、全て末の弟にむいてしまったそうだ。母親や乳母の目を盗んで叩こうとしたり、ベッドから引きずり落とそうとしていたらしい。
長女が弟にちょっかいを出すたび、侯爵夫人はますます末っ子へ執着して長女を疎んじるようになり、悪循環となってしまったそうだ。
事態を重く見た侯爵は、末っ子に乳母と侍女をつけて離れで育てることにしたそうだ。もちろん、侯爵夫人と長女は離れへ立ち入り禁止。
その結果、侯爵夫人は心身のバランスを崩してしまい、領都から離れた田舎の別邸で静養することになり、今もずっとそのままだそう。
長女も直接末っ子に何かをすることはできなくなったけど、憎しみを持っているのは変わらなかったそうだ。
末っ子は元気に育ったものの、やはり唯一の銀髪の子どもということで余計なことを言う大人はいなくならなかったらしい。
自分の立場が微妙であることを悟った彼は、家を出ることを決意する。どのみち家を継げないわけだから、なにがしか生きる手段を確保しないといけないのだし。
初めは貴族籍も抜いてしまうつもりだったそうだが、父と兄たちに説得されてそれは思いとどまったんだって。なので表向きは「出奔して実質的に侯爵家と縁を切っている状態」にしているけど、重要な情報を拾った場合なんかにはこっそり実家に流してはいるらしい。
国中を放浪しながら実家と関係ない場所でランクを上げて、できるだけ侯爵家の人間と気付かれないようにしてたらしい。
まあでも、結局どこからか噂は広まって、元アイゼルバウアー侯爵家の人間っていうのは今では誰でも知ってることらしい。やっぱり。
ヴォルフガングさんの場合、やっぱりそのいかにも貴族な銀髪がねぇ……。
そういうわけで、今では普通に実家の領地でも活動してるそうな。
たぶん出奔すら嘘くさいって、ほとんどの人にバレてるだろうなぁ。それでも冒険者をやってられるのはひとえにヴォルフガングさんの実力ゆえなのだろう。
「だったら実家を訪ねるのは色々問題が生じちゃうんじゃないんですか?連絡だけ入れてもらえば、私一人で行きますよ」
「いや、大丈夫です。実は姉が昨年嫁いだんです。馬車で10日はかかる伯爵家なので、俺が多少出入りしても平気になりました。ですので、俺が責任持ってお連れします」
なら遠慮なくお願いしよう。
ヴォルフガングさんは「はぁ」とため息をつく。
「姉が俺に何かしようとしても俺は平気なんですよ。刺客なら返り討ちにしますし、毒なら状態異常無効のアイテムで防げます。でも、もし直接ナイフでも持って向かってきたら、俺は自分の身を守らないといけなくなる。そうすると、必然的に姉を傷つけることになる。それがなんとも……。俺との仲は悪くても、父や兄にとっては大事な家族ですから」
確かにそれはつらいところだ。そうなると物理的に距離を取っておくのが1番安全な方法であるのは間違いない。
お母さんもお姉さんもかわいそうではあるけど、だからと言ってヴォルフガングさんが自分を犠牲にしないといけないということにはならない。
ただ、お父さんお兄さんと、お母さんお姉さんの板挟みみたいになってる今の状態も辛いだろうなぁと思う。
冒険者としてやっていけるんだから独立してしまうのが1番いい気はするけど、たぶんヴォルフガングさんはお父さんとお兄さんと縁が切れてしまうのは嫌なんだろうなぁと思う。
難しいね、人間関係は。
そんな話をあれやこれやとしていたらあっという間に夕暮れになってしまい、そのまま野営をすることになった。
この場所は野営や休憩用に設置されている場所だそうで、領内のあちこちにあるらしい。
ヴォルフガングさんが野ウサギを捕まえて捌いてくれたので、塩を振って焼く。私は昼と同じような野草入りのスープを作る。
片付けも終えると、ヴォルフガングさんが腰の小さなポーチからテントを取り出し組み立て始めた。
それはマジックバッグというやつでは!!!
ヴォルフガングさんが教えてくれたことによると、マジックバッグはかなり希少なアイテムらしい。
容量が大きいものはダンジョンのドロップ品になるけど、なかなかドロップしないそうだ。付与魔術でも作れるけど、容量が小さいのに限られるらしい。
なので、ダンジョン産のマジックバッグはものすごく高値で取引されるそうだ。
ヴォルフガングさんのはウエストポーチサイズで馬車数台分入るという超高性能で、何回も狙われたらしい。その度に返り討ちにしてたらいつの間にかおさまったらしいけど。
そのままダンジョンのことも聞こうとしたら、早く寝るようやんわりと嗜められた。
私のテンションに若干引いてたのかもしれない……。
テントは当然ながら一人用だったが、自分が夜通し見張りをするから私は寝るよう勧めてくれた。
申し訳ないので断ろうとしたけど、私が見張りを変わったところでなんの役にも立ちはしないので、せめて明日の移動で足を引っ張らないように寝ることにした。