side巻き込まれ薬師【6】
そこまで話してくれるなら、私ももうちょっと打ち明けておくか……。
多少ズレてても、基本的にはまともそうな人だからできるだけ味方になってほしいし。
ヴォルフガングさんが嘘をついている可能性も考えたけど、ラノベと似た感じならAランク冒険者には人間性も求められると思うから、私を騙そうとして適当なことを言ってるわけではないと思う。
それに、たぶんだけどヴォルフガングさんが貴族の出身っていうのは周囲に知られてると思うんだよね。本人が言わなくても、そういうのってどこからともなく広まるものだし。
だから、それとなく聞き込みをすれば完全な嘘かどうかはわかると思うの。
まあ、なんやかんや理由を並べてても、最終的には直感なんだけどね。なんとなくこの人は信用できそうっていう。最初に感じた、この人に嘘ついちゃいけないっていう直感と同じで。
どのみち今の私には、ヴォルフガングさんにお世話になるしか手段はないのだから。
「さっきはお伝えしなかったんですけど、実は聖女は私の妹なんです。ただ、あまり仲が良くないので関わりたくなくて言いませんでした。すみません」
「あぁ、身内にはいろいろあるものな……。俺にも関わりたくない家族はいるから気持ちはわかる……」
私がおずおずと妹のことを伝えると、ヴォルフガングさんも憂鬱そうな表情でそう言った。
ヴォルフガングさんもそうなんだ。確かに貴族はいろいろありそうだよね。
私が転移した場所はオーレンシア王国だったから、おそらく聖女と勇者が召喚されるのには時間差ができているはずだ。
それに、さっきは必死だったので自分の話しかできていなかったが、聖女と勇者の召喚は『災厄』とセットだ。近い将来、何かしら重大な問題が起こるはずだから備えも必要だろう。
さらに、巻き込まれた被害者がもう一人いるらしい。
ということを、私は追加で説明した。
それを聞いたヴォルフガングさんは、また難しい顔で考え込んでいる。
「やはりこれはすぐに父上に報告しないといけませんね……。貴重な情報に感謝します。あなたには、このまま俺と一緒にモンテス子爵領の領主館に行ってもらいます。そこから父上に伝令を出すので、侯爵邸まで同行して父上に会ってもらうことになると思います。その後のあなたの処遇は父上の判断になりますが、できるだけ希望に添えるように俺も力を尽くします」
いきなり大貴族と会うのは吉と出るか凶と出るかわからないけど、この状況で断るって選択肢はない。
このまま森の中に放り出されても死ぬだけだし、どうにか街に出ても不審者扱いされて最終的に領主に話がいくだけだろう。それなら身内に連れて行ってもらう方が心証がいいような気がするからね。
そして、いつの間にかヴォルフガングさんの口調が丁寧になっている。こっちが素なのか、それとも私の扱いについて思うところがあったのだろうか。
「わかりました、そうします。その、私はできれば薬師兼冒険者として生きていきたいと思ってますので、侯爵様にそのようにお口添えしてもらえると助かります。薬師のスキルを持っているので、やり方がわかれば使い物にはなると思います」
「口添えならいくらでもしますが、あなたのスキルは鑑定ではないんですか?」
「鑑定もあります。……その、女神様の計らいでスキルを複数持ってるんです。普通は一人一つなんですよね?」
「なんですって!?なんのスキルかお聞きしても?もちろん父上以外には話しません」
私がスキルを全て伝えると、ヴォルフガングさんは絶句していた。
まだどれも全く使いこなせず、さっきの魔力切れも思いつきの魔法を一発使っただけだということも付け加えておいたけど。
「それは……信じられない。なんてことだ。いやしかし、ここでなら……」
ヴォルフガングさんが大混乱しているので、黙って見守る。
「わかりました。それだけのスキルがあるなら、父上もあなたを無下には扱わないでしょう。希望を通せる可能性は十分あると思います」
ヴォルフガングさんの言葉に、私はホッとした。
生きる術をサーラ神に与えてもらったことと、それを社会的に生かせるかどうかはまた別問題だから、そこが不安だったのだ。
異世界から来たということを理由に危険人物扱いされる可能性だってあったわけだから。
「この世界で、その、異世界から来た人ってよくいるんですか?」
私の質問に、ヴォルフガングさんは難しい顔をした。
「誰もが知っているのは勇者と聖女だけでしょうね。もちろん公的な記録にも残っていますし。それ以外の客人は、うーん、わからないとしか言いようがないですね。保護した領主によって扱いはバラバラでしょうし、領主に名乗り出ることもなかった人もいるでしょうし。俺は仕事柄あちこちの地域に行きますけど、聞いたことはないですね」
そうか……。本当にいないのか記録に残ってないだけなのか、それはわからないけど参考になるような事例はないということだ。
ということは、私のこれからの未来は自分で切り拓くしかないということだ。
やりがいというよりプレッシャーだよ……。
それはそれとして、さっきの話で気になったところがあったから確かめておこう。
「さっき、『領主によって扱いが違う』と言ってましたけど、この国での領主の権限はどのようなものなんですか?」
一口に「国王」と言っても、その権力は時代や地域によって違う。
国王が絶対的な権力を持って君臨し、その下に諸侯が従う、という構図だとは限らない。
ヴォルフガングさんが不敬にならないように言葉を選びつつ説明してくれた感じでは、オーレンシア王国の諸侯は封建領主に近いようだ。
つまり、諸侯が各々の領地で絶対的な支配者であり、国王は実質的には直轄地しか支配していない。
ではなぜ「国王」たり得ているかというと、まあだいたい王権神授説なんかで教会や神殿の権威で裏付けされているわけだ。
オーレンシア王国の場合、国王は神との契約により『災厄』に対抗する術を与えられているそうだ。『災厄』を鎮めるためには国王の力が必要だから王国としてまとまっているのであって、普段は各領主がほとんど独立した権力を行使しているんだって。
ということは、ヴォルフガングさんのお父さんである侯爵の庇護を得ることができれば、私の立場は割と安全なものになるだろう。気合を入れねば。
私が頭を整理したり気合を入れ直しているうちに、ヴォルフガングさんはお茶を入れてくれていた。
いや、用意したのは私だけどね。その辺でむしった薬草のお茶。それをカップに注いでくれていた。
「あなたはスキルという重要なことを教えてくれたので、俺も打ち明けないといけませんね」
と物憂げに言われるが、いや、いりませんよ。私は必要だと思ったから話しただけで、暴露話大会じゃないから、いりませんよ。
「いや、俺が誰かに聞いてほしいとずっと思っていたんです。もしよかったら付き合ってもらえませんか?」
私の微妙な表情に気づいたからか、言い直された。
そんなふうに言われると断りづらいじゃないか。それに、いつの間にかこのヴォルフガングという人に興味を持ってしまっている自分がいるのも事実だ。
「いいですけど、一つだけ条件があります。私のこと、『あなた』じゃなくて名前で呼んでくれませんか?サツキで構いません」
「あなた」とか「君」とか呼ばれるのは好きじゃないのでそうお願いすると、ヴォルフガングさんは少し驚いた後にふわっと笑ってうなずいた。
「わかりました、サツキさん」
その笑顔に激しくときめいてしまったのはバレてないと思いたい……。