side巻き込まれ薬師【5】
目を覚ますと、さっきとは違う開けた場所に寝かされていた。
マントのようなものを敷いて私を寝かせ、さらに布をかけてくれている。
反射的に服を確かめたが、乱された形跡もなくホッとする。
まともな人に助けてもらえたようだ。
ウルフのような人は近くで焚き火をしていたが、私が目を覚ましたことに気づくと、こっちへやってきた。その顔は厳しい。
「具合はどうだ?」
「まだクラクラします」
「魔力切れを起こしているからだ。マナポーションの手持ちは?」
「ないです……」
マナポーションもあるんですね、この世界。
「俺は持っているから分けることはできるが、それはお前が何者かわかってから判断する」
「そうですよね……」
変な服装な上に、森の中で素人丸出しで死にかけていた女。怪しさ大爆発ですよね。
「お前は誰だ?ここで何をしている?」
ウルフのような人の端的な質問にどこまで答えるか一瞬迷ったが、なんとなくこの人に隠し事は良くない気がしたので、あらかたはそのまま答えることにした。
自分の名前、別の世界の人間であること、勇者と聖女の召喚に巻き込まれたこと、神様と会って加護をもらったこと、ついさっきこの世界に来たばかりであることをざっと説明した。
聖女が身内であることはひとまず伏せておいた。すでに召喚されていたらいきなり引き合わされるかもしれないし。年齢もなんとなく伏せてしまった。
ウルフのような人は厳しい顔で私の話を聞いていたが、次第にその表情は驚愕に染まっていった。
「にわかには信じられない話だが、確かにその奇妙な服装は異界のものと聞けば納得はいく……。俺はAランク冒険者のヴォルフガングという。とりあえずこれを飲んで体調を戻してくれ」
そう言って差し出されたのは、透き通った緑色の液体が入った小瓶だった。
どこまで信じてくれたかはわからないが、マナポーションを分けてもいいと判断してくれたようだ。
受け取った小瓶を見つめながら心の中で「鑑定」と唱えると、
名前:マナポーション
品質:上
効能:失われた魔力が回復する
と見えた。そのまんまの説明だけど、とりあえずちゃんとしたマナポーションを恵んでくれるようだ。ありがたい。
「毒ではないが……先に俺が一口飲む方がいいか?」
私がすぐに飲まずにじっと見ていたからか、気を遣ってくれたようだ。
「いえ、鑑定したら『マナポーション』って見えたので、そのままありがたくいただきます」
「『鑑定』のスキルか……」
小瓶を開けて中身を飲み干すと、クラクラしていたのが完全に治り、体のだるさも消えた。味は飲みやすい青汁って感じ。
「楽になりました。ありがとうございます」
「いや、礼には及ばない。まだあなたの話を全面的に信用したわけではないが、これからどうするにせよ回復が必要だと判断しただけだ」
それはそうだろうと思う。
自分が経験したことでなければ、妄想と現実を混同しているとしか思えない話だろう。いきなり剣で切り捨てられなかっただけでもよかったと思っておかないと。
「ひとまず食事にしないか。野営用の携帯食しかないが……」
「ありがとうございます」
とお礼を言ったものの、干し肉そのまんま、黒パンそのまんま、お湯そのまんまを「さあどうぞ」って言われた私はさすがに固まった。いや、ある意味ラノベそのまんまではあるんだけども。
仕方がないのでちょっとだけ待ってもらって、そのあたりに生えている野草に鑑定を使いまくり、食用可って出たのを齧って味を確かめ、そんなにクセがないやつをむしり取って来た。
今いる場所は休憩所っぽくて水場があったので野草を洗う。ちなみに水場は魔石が設置されていて、魔力を通すと水が出るようになっていた。
魔力の通し方がまだよくわからないので、水を出すのはヴォルフガングさんにやってもらった。
洗った野草と干し肉をお湯に放り込んでかき回す。
「調味料って何かありますか?」
「塩は持っている」
手渡された岩塩っぽいのを鍋に加えて味見してみる。うん、あんまり美味しくない。だけどそのまま食べるよりはマシだろう。
「できました。あんまり美味しくないですけど、そのままよりはマシかと……」
私が料理とも言えない料理をしている間、ヴォルフガングさんはずっと興味深そうにじっと見ていてとてもやりにくかった。
「そうか、こうやって野営の時に料理するのか……」
聞けば、ヴォルフガングさんはソロの冒険者だけど料理がからっきしで、野営の時はさっき用意してたみたいに携帯食をそのまま食べていたそうだ。獲物が手に入った時は捌いて焼くことはあるらしいけど、それ以上の調理はしたことないそうだ。
たまに近くで野営している冒険者パーティが鍋を火にかけているのが見えても、それで何をどうしているのか全くわからなかったらしい。料理してる冒険者たちに聞いてみればいいと思うんだけどな……。
なんとなくヴォルフガングさんからは変わり者の匂いがする。
お腹が落ち着いたところで、改めて話をしようという雰囲気になったが、ヴォルフガングさんがずっと何かを悩んでいる。私を官憲に突き出すかどうかとか、そういうことだろうか?
「私はこれからどうしたらいいでしょう?捕まりますかね?」
思い切って自分から切り出してみると、ヴォルフガングさんは覚悟を決めたような表情をした。
「それはなんとも言えない。あなたが本当に神の加護を受けた異界からの客人だとすれば、丁重に保護されるだろう。しかし、今はまだそれを騙る他国の密偵という可能性も残っている。身のこなしからして、そうではなさそうではあるが……」
さっきサラッと聞き流してしまったがヴォルフガングさんはAランクの冒険者。どのぐらいの実力があるのか、動きを見ればわかるのだろう。
「どのようにするのが1番いいのかずっと考えていた。冒険者としてならギルドにあなたを連れていけばいいだけだが、なんとなくそれではいけない気がして仕方がない。俺はあなたの話を信じた上で、初対面の俺に嘘偽りなく境遇を打ち明けた、その誠意に答えられる振る舞いをしたいと思う」
やけに堅苦しい言い方をするのが、私が持つ冒険者のイメージとかなり違う。
「俺の名前はヴォルフガング・クリストフ・アイゼルバウアーという。あなたの世界ではどうかわからないが、この国では姓があるのは貴族だけだ。俺はアイゼルバウアー侯爵家の人間で、表向きは出奔して冒険者をしているということになっている。その辺は事情があるのだが、とりあえず生家との繋がりは残った状態だ」
いやいやいや、なんかいきなり聞いてはいけないような話がぶっ込まれてきたよ!?
「ちょっ、ちょっと待ってください!それは聞いてはいけない話じゃないんですか!?」
「だが、あなたにも込み入ったことを聞くのだから、こちらも事情を明かしておかないと信用できないのではないか?」
そうですね、そうなんですけど、そんな厄介ごとの匂いしかしない話を問答無用で聞かせないでほしかったな!
料理の時にも思ったけど、この人激しくズレてる気がするよ!
ヴォルフガングさんが教えてくれたことをまとめると、ここはオーレンシア王国の中のモンテス子爵領。モンテス子爵というのはヴォルフガングさんの父親であるアイゼルバウアー侯爵が兼任しているので、ここはヴォルフガングさんの実家の領地ということになる。
モンテス子爵領は山と森ばかりで農業が大規模にできないため、冒険者を誘致して素材の取引で経営している領地になるらしい。私がいたのは立入禁止区域だったため密猟者かと思ったそうだ。
私が本当に異世界から来たならば最終的に領主である侯爵に話を持っていくことになるが、一冒険者としてギルドを通すか、侯爵家の人間として直接父親に話をするかで悩んでいたらしい。
結果として、直接領主に話をすることに決めたため、私に素性を打ち明けてくれたそうな。
ちなみにアイゼルバウアー侯爵には男、男、女、男と子どもがいて、ヴォルフガングさんは末っ子なんだって。だから爵位を継ぐわけでもないので、いざこざがあったときに出奔した形をとって冒険者になってしまったそうだ。
情報量が多過ぎて、もうお腹いっぱいです……。