side巻き込まれ薬師【97】
鳥の声で目が覚めるという作り話みたいな状況で迎えた翌朝。
昨夜はヴォルフィの希望で離れに来て過ごしたんだけど、裏手が雑木林になってるから謎の生き物の鳴き声が色々聞こえてね……。
一人だと落ち着かなくてここでは過ごせないなって思ったのでした。
「おはよう、サツキ。どうした?」
「おはよう。朝も鳥の声が賑やかだなって思ってただけ」
「そうだな」
そう言って至近距離で苦笑するヴォルフィ。
「俺は慣れてるからいいけど、落ち着かないなら邸の方で寝るようにするか?」
「ううん、一緒にいる時は平気。ひとりだと寝れる気がしないからお邸で過ごすね」
「まあサツキをひとりにすることはないけど、もしそうなったら邸の方が安全だしな」
「でもやっと『家』って感じのところで一緒に暮らせると思うと、嬉しいね」
「ああ、そうだな」
そのまままた甘い雰囲気になりかけたけど、既に外は明るい。そして私はお腹が空いている。
「……朝ごはん食べに行こ?」
「……。ここにも食べ物あったと思うけど、邸まで行くか?」
「うん、そうしたい」
確かにパンとかハムとかチーズなんかはあったけど、食べられるならちゃんと料理されたものが食べたい。
「俺はなんでもいいんだけど……」
「朝ごはんを、食べに、行きたい」
「はあ、わかったよ」
すごく名残惜しそうに体を離して服を着ているヴォルフィ。
前から思ってたけど、本当に食べ物とか味とかに興味がないんだなぁ。
もしも日本食を作れるような材料が手に入って作ったとしたら、どんな反応を示すんだろう……。元の世界の料理だよって言わなかったら無反応なのかも。
食堂へ行くとベルンハルトさんとコンスタンツェさんが食べているところだった。
挨拶して私たちも用意された朝食を食べる。
朝食後はどうしようかと思っていたら、コンスタンツェさんに話があると言われた。
断る理由はないので、朝食を終えると4人でゾロゾロとサロンへ移動する。すぐに食後のお茶が運ばれてきた。
「サツキ様の身の回りのことについてご相談したかったのです」
「私の身の回りのこと??」
私もヴォルフィもピンと来なかったけど、要するに私の髪やお肌のお手入れをもっとちゃんとさせてくれって使用人たちからお願いがあったらしい。
「旅をされている間は侍女ひとりだけでしたし手が回らないのも仕方ありませんが、ここではそうもいきません。きちんとお手入れされた状態でいることも貴族女性の義務です」
そう言われてしまうと反論のしようもない。
バシバシの髪やガサガサのお肌では、確かに格好の陰口のネタになるだろうというのはよくわかる。
「おふたりが離れにお住まいになられるのは構いませんが、サツキ様の身の回りのお世話のために使用人を入れていただきたいのです。これは、女主人の役割をお預かりしている者としての言葉です」
そういうことになると、私が反対することはもうできない。
あとはヴォルフィの反応次第だけど、どうなるかな?
できれば離れに使用人は入れない方向になるといいんだけど……。
「……あそこに俺たち以外の人間を住まわせるつもりはないです。コンスタンツェ様が俺の過去をどこまで聞いているかわかりませんが、あそこは俺にとって心の中の傷口に等しい場所です。踏み荒らされたくはないです」
「そうですか。では、どうされますか? わたくしとしましても、それで引き下がるわけには参りません」
「それは……」
途中から仕方なく私やベルンハルトさんも口を挟み、最終的に3日に1回は邸に泊まってみっちりとお手入れをしてもらうことになった。
後の2日は離れなので自分でやるつもりなんだけど、セルフケアに難色を示すコンスタンツェさん。
まあ、ストレッチでもなんでも自分でやるのってついサボっちゃうしね……。
でも、離れに入るのさえ怖がっていたヴォルフィを見ているので、無理矢理使用人を入れるのは私も反対。
3日に1回の時に私が後の2日をサボってると判断されたら、2日に1回お邸で手入れすることになるという但し書き付きでようやくOKをもらった。
「サツキ様が人前に出られる日が近づいてきましたら、集中的にお手入れさせていただきますので、その時はご了承くださいませね」
「……わかりました」
「ヴォルフガング様も、愛する女性が見窄らしいと陰口を言われるのはお嫌ではありませんか? 最高に輝いた状態で自慢する方がよろしいのではないですか?」
「それは、そうですね」
さすがは商売をする家系だからか、ヴォルフィの考え方のクセをうまい具合に突いてくる。
コンスタンツェさんのダメ押しのおかげで、ヴォルフィも女性のお手入れの必要性を最初より納得できたようだった。
ちょうど話に区切りがついたし、コンスタンツェさんにお願いしようと思ってたことを言ってみようかな。
「コンスタンツェ様、できれば手に入れたい穀物があるんですけど、ご相談してもよろしいですか?」
「もちろんです。どういった穀物ですか?」
「私の元の国での主食だった穀物で、あちらでは米とか稲とか呼んでいました。小麦のように粉にして使うのではなく、粒のままで柔らかく炊いておかずと一緒に食べていました」
「コメ、イネ……」
「コンスタンツェ、確か隣国にそのような料理がなかったかい? 粒のまま具材と一緒に煮込んで食べる穀物があった気がするよ」
「確かにございますね。名前は確かアロス……。料理名だったか穀物名だったかはっきりしませんが、ございます。それを手配したらよろしいですか?」
「はい、お願いします。あ、でも元の世界では品種が色々あったので、こちらでも同様であれば粒が細長いものではなく楕円型のがほしいです」
「品種ですか……。ひとまずまとめて実家に手配を依頼します。サツキ様が求めておられる品種かどうかは、現物が届いてから確認いただくことになりますがよろしいですか?」
「もちろんです。代金はきっちりお支払いしますので」
「いや、僕からの依頼ってことにしてくれる? ふふ、また面白いことになるかもしれないから噛ませてもらうよ。サツキは故郷のものが食べられたらいいんだよね?」
「半分はそうですけど、友人に食べさせてあげる約束をしているので、それをお許しいただけたら」
「俺も食う」
「ってことだし、コンスタンツェ、金額は気にせず探してもらってくれるかい? もちろん君も一緒に食べるんだよ」
「承知いたしました」
まだ手に入るかわからないけど、イザベラさんとの約束が無事に果たせたらいいな。