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side巻き込まれ薬師【96】

 直接ではありませんが、人を手にかけるような描写がありますので苦手な方はご注意ください。

 いきなりガランとした室内に沈黙が落ちる。

 お茶に手を伸ばしかけたところで、すっかり冷え切っていることに気づいて手を引っ込めた。


「新しいお茶もらう? それとも部屋か離れに戻る?」


 サンルームを満たす日差しが少しずつ傾き始めていて、物悲しさを呼び起こす。


「……サツキはどう思ってる?」


 ものすごく漠然と聞かれたけど、気持ちはわかる。情報交換の日だからと覚悟はしてたものの、それを上回る情報量だった。

 どこから話して整理をつけたらいいものか……。


「ヴォルフィは、人を……斬ったことはあるの? 剣じゃなくて魔法でも」

「……ある」

「それを、どう思ってるの?」

「…………」


 どう答えたものか迷ってるようなので、私も黙って待つ。


「……最初は、依頼中に野盗に出くわした時だった。俺はソロで相手は複数で、生かしたまま無力化するっていう余裕はなかった。だから全員……斬った」

「……うん」


「その時はやっぱりひどく落ち込んだけど、歴の長い冒険者達に励まされたり、割り切れないなら辞めろって言われて、徐々に気持ちの整理をつけた。やらなければ自分が死んでいた、と」

「…………」


「その後も、そういうことは何回もあった。サツキの世界はそんな奴らはいなかったんだろ?」

「そんなことはないよ。刃物で斬りつけられるとか、女の人が乱暴されるとか、そういう事件はあったよ。私がその被害に遭ったことはないってだけで」


「そうか。……サツキは、俺を汚れていると思うか? 兄上たちは俺とは違って綺麗なままだろ」

「汚れてるとは思わないよ。そうせざるを得ない状況だったんだから、無事でよかったって思うし。それに、ヴォルフィのては汚れてるんじゃなくて、私を守ってくれる頼もしい手だよ」


 私の答えを聞いたヴォルフィの目にうっすら涙が浮かび、それを隠すように私を抱きしめてくる。


「だけどサツキが同じように手を汚す必要はない。必要があるなら俺がやる」

「気持ちは嬉しいけど、私は毒薬の勉強はしようかなって思ってる」


「……どうしてだ?」

「コンスタンツェさんが言ってたみたいに、毒を知らなきゃ解毒ができないからだよ。どんな毒にでも効く万能解毒ポーションみたいなのが作れたらいいけど、でもやっぱり相手を知らなきゃ対策も立てられないしね」


「サツキが作ったものを誰かに使われるかもしれないんだぞ」

「まあ、そこは引っ掛かるところではあるけどね。でもさ、私が作らなくても誰かに作らせたものを『使え』って命じる日は来ると思うよ。ヴォルフィはさっきお兄さん達は汚れてないって言ってたけど、直接やらないだけで『やれ』とは言うよね。それは突き詰めたら同じじゃない? だったら私は、私やヴォルフィの身を守れるようになることを優先したい」

「……そうか」


 ヴォルフィは私が言った内容を噛み締めているようで、そう言ったきり黙ってしまった。


「領主の話だけどさ、たぶんここで貴族らしい貴族の生活するよりも、地方とか辺境に行っちゃった方が領主も現場に出れて気楽じゃないかなとは思うよ」


 赴任するかもしれない地域は魔獣が出ると言っていた。

 平時であれば領主は事務仕事をしながら采配だけしている方がいいかもしれないけど、『災厄』で魔獣が大発生したなら……。

 領主が率先して討伐隊を率いることになる可能性は高いと思う。

 それまでも、領地の視察や討伐をしながら対策を立てていくということになって、領地を駆け回ることになると思う。

 きっとその方が、このままここにいるよりヴォルフィには合ってると思う。


 ということを話すと、ヴォルフィは深くため息をついた。


「サツキには敵わないな……。確かにそうだ。今日の父上の話を聞いていても、公爵家や王家との駆け引きとか、俺には全くできる気がしなかった。このままここにいても役立たずになるだけだ」

「そんなことはないと思うけど、でもそうやってヴォルフィが自分を責めることはなくなるかなとは思うよ。せっかくお家に戻ってきたのに、またお父さんやお兄さんとも離れちゃうのは残念かもしれないけど」


「いや、嫌われてなかったとわかっただけで十分だ。それなら俺が役立てる場所に行く方が喜んでもらえるだろう。サツキは、そんな辺境の地に行くのは平気なのか?」

「この世界に来てから、まだどこにも定住してないからね……。あんまり比べる基準もないし。それに私も平民出身みたいな感じだから、貴族らしい貴族の生活は向いてないと思う」


 毎日ドレスを着て「オホホ」って言いながら嫌味と陰口の応酬に揉まれるより、馬で外を駆け回ってたい。いや、まだ馬には乗れないけど例えとして。


「そうか。それなら一緒に行こうか」

「うん」


 ようやく私の体を離したヴォルフィは、肩の力が抜けていつも通りに戻っていた。


「ああ、そうだ。俺とサツキの結婚だけど、できれば公爵家との会合の前にしたいと父上に頼むつもりだ。かなりこじんまりしたものにしかならないだろうが、いいか?」

「うん、結婚式は昔から興味ないからしなくてもいいぐらいだし、いいよ。でも、なんでそんなに急ぐの?」


「……前に、南の方で冒険者やってた時の話をしたのを覚えてるか? 俺は南の方の人間の、

特に男女関係を信用していない。ジェンティセラム公爵には未婚の息子がいるから、もしサツキを手に入れようと公爵が考えたら……」


 ヴォルフィの言わんとすることはよくわかった。

 息子を使って私との間に既成事実を作ってしまうこともあり得るってことだね。

 私にそこまでの価値があるとはどうしても思えないけど、『災厄』のことを調べるために娘を王妃にさせるような人だ。些細な情報でもあればラッキーぐらいの気持ちで私を手に入れようとするかもしれない。


「婚約者は公式なものとはいえ、夫婦よりは簡単に解消できる立場だ。サツキにはうち以外の後ろ盾もないし。サツキを守るためにもできることはしておきたい。それに……そんな理由がなくても早く結婚したい」

「うん、それは私もだよ」


 蕩けるような瞳で見つめられて一気に甘々な空気になってしまい、難しいお話はそこまでになってしまったのでした。

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