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side巻き込まれ薬師【95】

「当家の領地は西の端で、隣国と接しておる。隣国と行き来が可能なのは森を切り開いて作った街道のみであり、魔獣も出るゆえ交易は盛んではない。実用のためというより、双方互いに害意がないことの証として形だけ関所を設けているという意味合いの方が強い」


 ベルンハルトさんが地図を用意してくれたので西の方を見てみるけど、これも大雑把な地図だから詳細は全くわからない。

 とりあえず、隣国に点みたいな感じで接しているのだけはわかった。


「国境となる森は相互に不可侵となっており、周辺部の資源を利用しているだけだ。魔獣を駆除する必要もあり手間もかかる。隣国は文化や習俗が異なるゆえ交易をすれば儲かるのであろうが、これまでは当家の領内から買い付けていくほどの品がなかった。ゆえにそのような危険な道を使って行き来をしようとする商人も少なかった。だが、今後は変わるかもしれぬ」

「魔道具ですか……」


「そうだ。両公爵家に受け入れられれば、王家の対応を知って遠巻きにしている貴族達の反応も変わる。そうなればいずれ隣国から買い付けに来る商人も増えるだろう」

「その時に向けて整備を進めるってことですか?」


「それもあるが、その前に『災厄』を乗り切らねばならぬ。当家の領地の中で魔獣の出る範囲が最も広いのはモンテス子爵領であり、これはアルビーにやらせる。その次に規模が大きいのが西の端、ヴァイス地方だ。ここをヴォルフに任せたい。ベルンは私の補佐に残す。コンスタンツェの商業の知識も借りたいゆえな」

「父上、俺は領地の経営をするための知識はまったく……」


 ヴォルフィが困惑している。

 貴族としての教育をちゃんと受ける前に冒険者になってしまったのだから、領地経営なんて知らなくて当然だろう。

 私もサポートすると言いたいけど、雇われ事務員でしかなかったから経営のノウハウなんてない。しかも、まだこっちの世界の文字が書けない。正直、不安しかない。


「お前が領主としての赴任を受け入れるなら、すぐにでも教師をつける。それに、私の補佐にも加えて実地での経験も積ませるつもりだ。今の代官はそのままお前の補佐につけるつもりだからなんとかなるだろう。どちらかというと、増加する魔獣の対策のためという理由の方が強い」

「俺が魔獣を討伐すればいいということですか?」


「それは領主としてお前が判断することだ」

「……はい」


 いきなり難しい任務を与えられたな……。

 まだ受け止めきれていないヴォルフィの腕にそっと触れると、少しだけ強張りが解けた。


「私も一緒に勉強したらいいのでしょうか?」

「いや、サツキには先に薬師として学んでもらいたいことがある」

「えっ?」


 当然ヴォルフィと一緒に領地経営を学んで、赴任した後も二人三脚でやるんだと思っていたので侯爵の言葉はショックだった。


「サツキには貴族としての知識や振る舞いを最優先で習得してもらうが、それと並行してサイファ村の薬師の知識を引き継いでもらう。老齢ゆえ引退を願い出ておるのだが、後継がおらぬからそのままとなっている。その知識、すでに身につけた知識を()とするなら()と言える薬の知識だ」

「裏……。毒薬とかそういうものってことですよね」

「そうだ」


「父上、サツキにそんなことをさせるなんて!」

「ヴォルフ、当家はそのような家である。それはお前も昔から知っていることであろう」

「ですが……!」


 ヴォルフィが侯爵に抗議している横で、私はできるだけ冷静に事態を考えようとした。


「それは、私は暗部の所属になるということですか?」

「構成員という意味なら、そうではない。当家の人間は大なり小なり抱えている隠密と関わることになる。サツキには薬作りという形で関わってもらうということだ」

「サイファ村に居住しないといけないのでしょうか?」


 それは困る。

 こんな交通も情報網も発達していない世界で、別居婚とか遠距離恋愛なんて絶対したくない。

 それに、ヴォルフィが領主として赴くなら絶対一緒に行きたい。


「そのつもりはない。くだんの薬師をこちらへ呼び寄せるゆえ、邸で学ぶことになる。今後の製作もサツキの居住地へ隠密の者に取りに行かせる」

「……どれぐらいの頻度で命を奪うような毒を使うんですか?」


「……。任務としての暗殺は私が当主となってからは1度もない。密偵として潜入中に口封じを行った報告は幾度も受けているが、そういった時は毒殺は稀だ。どちらかというと、麻痺毒や自白剤の使用の方が多いと考えてよい」

「……考える時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


「構わぬ。領主の件も含めてふたりで考えるとよい。……まだお前達の話を聞いておらぬが、今日はここまでとするか。ドワーフとの交易やサツキが得たという魔剣の話は明日また聞こう」


 そう言って侯爵はサンルームから立ち去っていった。

 ヴォルフィの顔を見ると緊張が一気に解けて、思わず胸に縋り付いてしまった。優しく抱き返してくれるのが安心する。


「うちの一員になるって言ったの、後悔してるかい?」


 ベルンハルトさんの声が聞こえてハッと我に返る。

 そういえばまだふたりはいたんだった。


「……なんとも答えづらいです」

「まあうちはわかりやすく特殊ではある。でも、どこの家もなんらかの表に出せないことはやってると思うよ。ね、コンスタンツェ」


「そうですね。毒薬を作れる薬師を抱えている貴族は多いと聞きます。積極的に毒をつかわわずとも、毒の知識を持つものがいなければ解毒もできませんから」

「あ、確かに」


 コンスタンツェさんの言葉は目から鱗のものだった。


「サツキ様が今後表舞台に出られるようになり、そして王家と反目がひどくなった場合、サツキ様を排除しようと考えるものも現れると思います。殺害するための毒だけではなく、弱みも握るためにといったものも……」


 コンスタンツェさんが顔を赤らめて言葉を濁したので、どういう薬を想定しているのかはよくわかった。確かにそれは厄介だ。


「まあ、その辺も踏まえてヴォルフと相談しなよ。ヴォルフも領主やるかどうか決め兼ねてるみたいだし。でも、うちにいるってことはなにかの役割は果たさないといけないからね。地方領主ってのは妥当なところだと思うよ」

「兄上……」


「父上も過去の轍は踏まないって誓ってたから、きっといい教師を呼ぶよ。僕も知ってることは教えてあげる。じゃあコンスタンツェ、僕たちも行こうか」

「はい」


 今度こそサンルームにふたりだけになった。

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