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side巻き込まれ薬師【94】

「先方からの書簡とカイからの説明でおおよその事情は把握している。今の時点で考えている先方への要望だが、今後の当家の動きに全面的に賛同及び協力することを求めるのみにしようと考えている。金銭など、その他のものは一切求めぬつもりだ」


 侯爵の考えが予想外で、私もヴォルフィも咄嗟に反応できなかった。

 だけど、数秒もすればその提案がなかなか悪辣なのがわかってきた。


「伯爵様たちが感じている罪悪感のぶつける先をなくして、全力で協力しないと居た堪れないようにするということですか?」

「ほう、続けよ」


 私の嫌味にも取れる言葉に、侯爵は愉快そうに唇の端を釣り上げた。


「金銭とか伯爵の退任を求めるとか具体的なことを要求されたら、それをクリアした時点で伯爵様の側は『責任を果たせた』と感じますし、今回の責任問題での関わりは一応終わります。ですが、侯爵様が仰ったように抽象的な要求にすると、ゴールもわからなければ手段もはっきりしません。その結果、とにかくひたすら全力で侯爵様に協力するしかなくなる、ということなのかと」

「ふむ、概ねその通りだ。さすがにあまりにも抽象的では契約にならぬゆえ、もう少し具体的にはするがな」


 人が悪いやり方だな、と正直思う。

 伯爵様の方からは「お金で許して」なんて言い出せない。それがわかった上で自分の派閥に永久に縛り付けるようなものなんだから。

 でも、うまいやり方だなとも思う。労せずして味方を得られたわけだし。


「俺たちが結んできた契約はどうなりますか?」

「それは破棄させる。サツキには悪いが、試作段階であったポーションの権利は全て伯爵に与えるつもりだ。サツキに支払われるはずであった報酬は当家で補填する。ヴォルフヘの報酬もだ。よいな?」


 別に構わないので頷く。ヴォルフィも隣で頷いている。


 あのポーションは伯爵領で自給できることを目指したものだし、レイルの木も侯爵領のあたりでは見当たらないから作れない。

 それに、まだまだこれから臨床試験をしないと安全性も確かめられないし、それを私は自分でやるつもりはない。だから伯爵が好きにしてくれたらいいと思う。


「サツキを危険に晒した冒険者だが、その追跡はどうする? 伯爵には求めぬが、当家で行方を追うかどうかはまた別だ。捕らえたいか?」


 ヒースさんの話がいきなり出てきて、私たちは顔を見合わせた。でも、返事は決まっている。


「父上、あいつは追わずに捨て置いてください。これは俺とサツキの共通の考えです」

「ふむ。お前達がよいなら構わぬが、サツキも本当によいのか? 死ぬところであったと聞くが?」


「はい、構いません。確かに危険な状況ではありましたが、あの瞬間に私はこの世界で()()()()()()()()()()()()()と決意することができました。感謝……とは言いませんが恨んでもいません」

「わかった、その冒険者は積極的には追わぬ。だが、もしも当家に害が及ぶと判断した場合はその限りではないということは、心に留めておくように」

「「はい」」


 侯爵はこう言ってるけど、おそらく行方は探させて見つけたら監視するのだろう。ヴォルフィもそれに気付いてると思う。


「シュナイツァー伯爵様に協力を求めるというのは、『災厄』に関して王家とぶつかることになった時にこちら側についてもらうということですか?」

「想定しているのはそうだ。両公爵家と話がうまくまとまれば、我らは王家と距離を取ることになる。『災厄』に対して情報を共有し、ともに対策をとってもらう」


 シュナイツァー伯爵のところには過去の『災厄』の記録がほんの少しだけど残っているようだった。それが知れるだけでも大きいと思う。


「サツキ、これから我々は高い確率で王家と反目する。そうなった場合、聖女であるお前の妹が召喚されたとしても、会うことも叶わなくなる。お前が前に言っていた、妹と関わりたくないという気持ちは変わってはいないか?」


 侯爵に真剣な調子で聞かれたので、私も背筋を伸ばす。


「はい、変わっていません。お許しいただけるのであれば、私はこれからもずっとアイゼルバウアー侯爵家の一員として、ヴォルフガング様とともにありたいと思っています。それが私の望みです」

「わかった。サツキを当家の一員として迎え入れ、我が息子の伴侶として遇すことを現当主として誓おう。ヴォルフを、よろしく頼む」

「はい」


「ヴォルフも、これからは当家の一員として遇す。過去のようなことには決してせぬと誓おう。期待しているぞ」

「はい、父上」


 これまでにも婚約したり新しい事業に関わったりしていたし、今日も既に結婚の許しは得ていた。だけど、今の侯爵の言葉で私たちはようやく正式に「侯爵家の一員」として認められた気がする。

 立っていた地面がやっと安定したような、そんな気持ちだ。


 隣のヴォルフィからも安堵と嬉しさが伝わってきていて、抱き合って喜べないのがちょっと残念だ。


「まだ検討段階だったのだがな、ヴォルフとサツキには領内の西の方の地域に領主として赴任させようと思っている。当家の一員としてあるというならば、問題なかろう」


 え? 領主?

 予想外の侯爵の考えに、私とヴォルフィはまた固まるのだった。

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