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side巻き込まれ薬師【90】

「父上にプレッシャーはかけてるし、これからもかけ続けるから考えてはもらえると思うけどね。コンスタンツェを呼び寄せた理由の半分はそれだし。対外的には『お邸に呼び寄せた。結婚までもう秒読みに違いない』ってなるでしょ。もちろん、魔道具を手伝ってほしかったのも本当だけどね」


「わたくしもいずれ嫁ぐ身でありますので、実家の業務にもあまり携わらせてもらえなくなり、少々居心地の悪い思いをしておりましたから、ベルンハルト様のお申出は大変ありがたいものでございました」


 それはそうだろうな、と思う。

 長年婚約していて、しかもとっくに適齢期になっているのにずっと待たされている状態。いつまでとも明言されず、理由もはっきりしない。

 コンスタンツェさんのおうちの方が格下になるから黙って待つしかないんだろうけど、きっとすごく不安だったんだと思う。もしかしたら、ある日いきなり婚約解消されるのではっていう疑いも持ってたかもしれない。


「だからヴォルフとサツキのその指輪はすごくいいと思うよ。僕とコンスタンツェで気を利かせてヴォルフたちの寝室を一緒にしたりもしたけど、必要なかったかもしれないね」

「兄上、それはどういう?」


「ああ、あの離れの家具は僕たちが選んで運ばせたんだ。ふふ、わざと必要以上に多く人手を駆り出して作業したから、使用人たちの間に『ヴォルフガング様たちは閨をともにする間柄でいらっしゃる』って噂が通常より早く広まってると思うよ」

「………………」


 私もヴォルフィも返答に困っている。

 趣味のいい家具を選んでもらえたのは嬉しいし、別室で寝ろって言われるのも寂しいから一緒でいいし、関係が広まっていっちゃうのも仕方ないとは思うけど、なんかこう素直にお礼を言いたくない心境なんですが……。

 私たちが反応に困ってるのを見て楽しまれてると、ねぇ。


「だからふたりとも、仲がいいってことを積極的に周りに見せていきなよってアドバイスしようと思ってたけど、全然そんな必要なかったね。旅に出る前より親密だもんね。ふふふ」

「………………」


 それは、うん、確かにそうだけど。

 でもなんというか、下手に返事をしてしまうと「どこまで親密になったの?」とか更に返事に困ることをぶち込まれる予感がするので、困った顔をして無言を貫かせていただこう。


「まあでも、父上はもうサツキのことは認めてると思うよ。いつの間にか呼び捨てになってたでしょ。もう身内として扱うって表明してるんだと思うよ」

「そうなんですか?」

「うん、多分だけどね。離れのレイアウトだって一応父上に報告はしてあるからね。それで何も言われなかったんだし、そう言うことだと思うよ」


 それはかなり嬉しいかも。

 書面上では婚約者となってるけど、やっぱりずっと試されてる感があって、それがいつまで続くかわからないっていうのが地味にのしかかってはきてたから。

 侯爵の気持ちの面でも認めてもらえたのなら、かなり肩の荷が降りる。


 なんとなくヴォルフィの方を見ると目が合って、どちらからともなく笑い合う。

 ほのぼのしたところで、ベルンハルトさんに聞いてみたいことがあるのを思い出した。


「そういえばベルンハルト様、シャワーを作成されたんですね。離れのお風呂に設置してあるのを見て驚きました」

「ああ、そうだった。あれなら簡単だってフリッツが言うから、試しに作らせてみたんだよ。使ってみて感想を聞かせてほしい」


「わかりました。あ、今日ヤルトさんとフリッツさんに直接靴の依頼をしちゃったんですけどよかったですか?」

「構わないけど、どんな靴?」


 私が安全靴の説明と、そこから私用に改造をお願いした内容を話すと、ベルンハルトさんもコンスタンツェさんも真剣に考え込みだした。


「その足を保護する機能は、そのまま騎士団の土木作業の時に役立ちそうだ」

「廉価版も製作できるのであれば、一般に流通させてもよろしいかと」


「サツキは自分用が手に入るなら、あとはこちらで好きにしても構わない?」

「はい。安全靴の実物を履いたことはないので、あまりアドバイスできることもありませんし」


 それで新しい製品ができて侯爵家が潤うならどうぞどうぞというところ。


「そういえばヴォルフガング様とサツキ様が指輪をされているのは、サツキ様の元の世界での風習なのでしょうか?」

「はい、そうです」

「それもうまく宣伝できれば、女性たちの憧れとして流行になる気もしますね……」


 頬に手を当てて考え込むコンスタンツェさん。この方は本当に商売というか、仕事が好きなタイプのようだ。さっきからほとんどの話が仕事に結びついている。


「なんかこう、女性の心を掴むようなロマンチックなお話とセットにできたらいいかもしれないですね。指輪が出てきて、永遠の愛を誓うみたいな……」

「……それ、詳しく聞かせてくださいます?」


 コンスタンツェさんの目が鋭く光ったのを見て「やってしまった」と思ったけど、時すでに遅し。

 私は元の世界に存在したあらゆる小説のジャンルについてや、本の入手方法について延々と説明するハメになったのだった。


 この世界にはまだ娯楽小説というものはないようで、それもまたコンスタンツェさんの興味をひいてしまったみたい。

 図書館はなくもないけど、それは神殿や王宮や特定の領主が持っている書物の収蔵庫というイメージで、一般民衆が本を借りて読むような施設ではないそうだ。

 なんとなく思い出した江戸時代の貸本屋とか、現代にもあった移動図書館の話もしたら、更に墓穴を掘ってしまった。

 識字率の問題もあるし、紙を大量に必要とするし、書き手をどう育成するかという問題もあるから、本に関しては長期的に考えなきゃいけないだろうけど。


 さすがに時間が遅くなってきたのでベルンハルトさんが止めてくれたけど、部屋に戻る直前までコンスタンツェさんは「紙の供給が……」とか「貸本屋と移動図書館……」とかずっと呟いていた。


 せっかく用意してもらった離れに戻る元気もなかったので、そのままお邸の方の部屋で休んだ。お邸内にも私たち用の部屋が用意されてたのでね。





 将来的にアイゼルバウアー侯爵領は、音楽と絵画と手工芸のオーディリッツ公爵領に対して、魔道具と学問と文芸の地として双璧をなすことになる。

 その一歩がこうして静かに芽吹く準備を始めていることを、今の時点では誰も知らないのだった。

 100話目となりました!!!!!!

 これもいつも読んでくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます!!

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