親愛なる君へ
「ねぇ、聞いて!クロート」
僕はパソコンの前に置かれているマイクに向かって話しかけた。するとパソコンの画面にパタパタと文字が浮かび上がる。
『どうしました? レン』
「最近、パパが遊んでくれないんだ……」
『あら。では、私とお話ししましょう!』
彼女はクロート、僕の話し相手になってくれる優しい友達だ。
「ありがとう! 最近さ、パパずっと悲しい顔してパソコンで仕事してて、ママも元気が無くてずっと寝込んでるんだよね……」
『それは心配ですね。レンは元気ですか?』
「うん、僕は元気!……ねぇ、クロート。どうしたらみんな元気に笑ってくれるかな?」
『そうですね。サプライズプレゼントをしてみるのはどうでしょうか?』
「サプライズ?」
『ええ。この時期、東の森の原っぱにはレンゲの花が沢山が咲いています。運が良ければ木イチゴなどの果物もなっているでしょう! 二人にプレゼントしたら喜ばれるはずです』
花と果物! 去年三人で取りに行ったことがある! 普段ひとりで森に行っちゃダメって言われているけど……僕も8歳だ! 小さい子供じゃない!!
「いいね! ママ花好きだから喜ぶかも! 僕、行ってくる!!」
『ええ、気をつけて。 お守りを忘れずに付けて行くんですよ?』
「うん! クロート教えてくれてありがとう!! 僕、クロートも大好きだよ!!」
『ありがとうございます。私もレンが大好きです』
「えへへ! 嬉しい! じゃあ行ってきます!!」
『はい! お気をつけて。……レン、いつまでも愛しています』
いつもは『行ってらっしゃい』なのにクロートの挨拶は少し変だった。
まだ少し寒い春の朝、僕はこっそり家を抜け出し森に入った。クロートの言った通り、レンゲや白爪草、木イチゴを見つけた。それに初めて四つ葉のクローバーも見つけた。これはクロートにあげよう!
おなかが減ったので僕も木イチゴを食べていると、街の方から『ドン』と大きな音がして、地面が揺れた。木にとまっていた鳥も驚いて一斉に曇った空へ逃げていく。
怖い……何の音だろう?
僕は街へ戻る事にした。
慌てて走って、森を抜けて街に戻るとそこには、何も無かった。
街だった物の残骸が一面に広がっていた……。
灰色の空、瓦礫の荒野、叫んでも返す声は無い。
この後の事はよく覚えていない。両親とは再会できず、街の生き残りの話も聞かなかった。
クロートとも連絡を取る手段がなく、いつの間に記憶に灰色の霞がかかる。
……ただ、疑念や後悔といった鈍色の感情だけは心の底に色濃く残っている。
そして、この事件から12年後……運命の糸車はカラカラと不気味な音を立てて物語を紡ぎ出した。