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伝説と天才

 モニカがヴラドを睨みつけたので不穏な空気を悟ったのか、ヴラドの発言をエマが引き取った。


「伝説の眠らせ姫と組めることは光栄ですけれど、果たしてパーティとしてうまく機能するのか……。まず、それを確かめたいと思います」

「ギルドの入団試験みたいに、闘技場でも使うの?」

「いいえ、ルティ。伝説の眠らせ姫との共闘を試すのに、闘技場のモンスターじゃあ力不足よ」

「おいババア、もったいぶってねぇで早く言えよ」


 う、ウソでしょ……っ!


 戦闘が始まる予感がして身を固くしたモニカは横目でヴラドを見やり、そのまま恐る恐るエマのほうに目線を動かした。


 しかし日常茶飯事なのか、エマは全く怒るそぶりなど見せていなかった。


「水晶の宮殿を攻略しましょう」

 みんなでピクニックに行きましょう、ぐらいのテンションでにこやかに言ったエマ。


「水晶の宮殿? あれは他のメンバーたちが攻略中のはずでしょ?」

 ルティが訝し気に聞いた。


「ついさっき、全滅したと報告が入ったの」


 モニカは水晶の宮殿というダンジョンは聞いたことがなかったが、王国ギルドが全滅するほどの難易度なのか、と思った。


「まぁザコ共の尻ぬぐいには気が向かねぇが、眠らせ姫様の実力を見るにはちょうどいいかもな」

 ヴラドはそう言って立ち上がり、出口まで歩き出した。


「え、ちょ、ちょっと! もう行く感じ?」

「なんだよ、まだ何かあんのか?」

「なにかってべつに、なにもないけど……」

「ならビビってねぇでさっさと行くぞ」

「び、びびってなんかないしっ!」


 モニカが反論を考える間もなくヴラドは部屋を出てしまった。


「ごめんなさいね」


 エマはヴラドの無礼を謝ってくれたが、その表情はどこか楽しんでいるように見えた。


「モニカさんに助けて頂いた時もそうでしたが、日に日に強力なモンスターが低層階にきているんです。このままだと、いつかはダンジョンからモンスターが溢れ出して街を襲ってしまう……。彼、恐らく焦っているんです」

「焦ってる?」

「ええ」


 質問をしたつもりのモニカだったが、エマからそれ以上の説明は無かった。


「それでは、エントランスで落ち合いましょう」

 優しく微笑んだエマも部屋を出た。


 焦っているとは、何のことだろうか。


 そのことを考え始めようとしたところで、部屋を出ていこうとした小さな背中に気づき、言葉をぶつけた。


「ルティちゃ……ルティくん」

「…………なに?」


 眉根を寄せて、あからさまに不機嫌そうに振り返ったルティ。


「その、さっきはごめんね?」

「なにが?」

「ローブのことワンピースって言っちゃって。それ、すごく似合ってると思うよ!」

「……ああ、いいよ別に。気にしてないし」

「ありがとう! ローブを着てるってことは、ルティちゃ……ルティくんは魔導士なんだね?」


 また顔をしかめるルティ。

「…………そうだけど」

「えっ! ちょっと待って」

 うんざりした様子のルティは放ったらかしで、何かに気が付いたモニカははっと手で口を押えた。

「何、急にどうしたの」

「今思い出したんだけど……そういえば聞いたことあるかも」

「何を?」

「最年少で一級魔導士になった天才少年の話」

「ああ、たぶん僕だよ」


 興奮している様子のモニカとは対照的に、どこか自虐気味に返答をしたルティ。


「へぇ、そうなんだ! ルティちゃ……ルティくんはすごいね」

「なんかそれすっごいイライラするなぁ!」

 ルティがイライラすると指摘したのは、モニカがルティちゃんと呼んでしまうことだろう。

「ご、ごめん!」

「……はぁ。もういいよ、好きに呼んで」

「いいの! ありがとうルティちゃんっ」

「伝説の眠らせ姫が加わるっていうからワクワクしてたのに」

「え、なんで過去形なの?」

「さぁ、何でだろうね」


 廊下に出て、すでに姿の見えないヴラドとエマのあとを追った。


「じゃあ私たち、伝説と天才の共演だね」

「さぁ、どうかな」

「もしかして私が眠らせ姫だっていうこと、疑ってるの」

「いや、そっちじゃなくて僕のほうだよ」

「どういうこと?」

「よく天才って言われるけど、エマと一緒にいる僕からしたら、それは皮肉にしか聞こえないんだ」

「そうなの?」

「うん。僕はただ、幼い年齢で一級魔導士になれたっていうだけだから。本当の天才っていうのは、エマみたいな人のことを言うんだよ」


 その年齢で周囲から天才ともてはやされても尚、それだけ客観的に冷静な判断が出来るというのは、やはり天才だなとモニカは思った。


 二人はポータルを使って一階エントランスに降りた。


「でも、その気持ちちょっと分かるかも」

「ふーん?」

「みんな、なぜか眠らせ姫の話をするときには必ずあたまに伝説のって付けてる気がするんだけど」

「あー、確かに」

「伝説の眠らせ姫っていうのを耳にするたびに、なんか背中がゾワゾワってするんだよね」

「あはははは。何それ、虫唾が走るってこと?」

「んー、そうかも?」


 モニカの返事に、ルティは腹を抱えてケラケラと笑った。


「そんなに笑う?」

「なんかおかしくってね。でもほら、眠らせ姫が伝説なのは、その正体が不明だからだよ」

「あー。うん、そうかもしれないね」


 一瞬、聞くのをためらったように感じたが、ルティは口を開いた。


「正体を隠しているのには、何かワケがあるんでしょ?」

「……うん、まぁね」

「黒の迷宮の攻略が完了したら、また元の日常に戻れるよ。それまで、よろしく」

 ルティは小さな手を差し伸べた。

 モニカはそれが嬉しくなり、握り返した。

「こちらこそ、よろしくね!」


「おいチビ共! さっさと来い!」


 王国の関係者が大勢いるエントランスでも構わず叫ぶヴラドに顔をしかめる二人。


 お互いの顔を見合い、やれやれといった様子で伝説と天才は歩き出した。

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