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ベビーシッターの仕事

 未曾有のモンスターと遭遇したということで、念のため病院で精密検査を受けたモニカだったが、幸い異常は見当たらなかった。

 もう少し病院で様子を見るよう医師に勧められたが、じっとしていることが耐え難かったので敗走の翌日にはもう再びベビーシッターの仕事に戻っていた。


「コラ! 待ちなさい!」

「やだよ~!」


 今日の担当は、例の元気いっぱいの男の子だった。相変わらずのパワーでモニカと戯れた。

 例のごとく公園遊びから帰ってきて、泥だらけの状態で家の中を走り回る男の子を追うモニカ。


 しかし、いつもなら簡単に捕まえられるはずが、なぜか今日は全く捕まえることが出来ない。


「……あれ?」


 リビングのほうに逃げ込んだと思ったのだが、姿が全く見当たらない。

 ソファの下を見ても、ごみ箱の中を覗き込んでも、どこにも男の子は居なかった。


 一瞬、ひとりで外に出てしまったのではという心配がよぎったが、あの子は遊びでそんな卑怯な手は使わないと思いすぐに考えから除外した。


 ということはつまり、モニカは男の子を見失い、泥だらけのまま家のどこかに隠れる機会を与えてしまったということだ。


 普段なら床についた泥汚れを頼りに難なく居場所を特定できるのに、ベビーシッターをやり始めてから習得したこの特異な能力も全く機能しなかった。


「あはは、まいったな……」


 思わず弱音を吐いたモニカだったが、男の子が家中を泥でコーティングする前に捕まえなくては。


 モニカは男の子の自室に向かった。


 そしてベッド脇にかすかな泥のあとを見つけた。


「ここだ!」

 ベッドの下をのぞき込むが、しかしそこには誰もいなかった。


「……あら、おかしいな」


 別の場所を探そうとすると、なんと今見たばかりのベッドの下から男の子が出てきた。


 あ、そうだ……。このベッドの下、上のほうに少し空間があるんだった……。


 普段ならそんなことは見通して逆に驚かせてやるぐらいのことをしていたモニカだったが、まったく上手いこといっていなかった。


 もっと勝ち誇った様子で出てくると予想していたのだが、男の子の顔は少し暗かった。


「ねえちゃんよわい」


 男の子はつまらなそうな、がっかりしたような表情を見せると、そのまま風呂場に向かって歩き出した。


「……」


 私の負け……か。


 小さな背中を追いかけながらモニカは思った。


 それにしてもこの子、大きくなったなあ。……それとも、私が小さくなっちゃったのかな。


 思えば、この子はモニカがベビーシッターになって初めて受け持った子だった。あんなに小さかったのに、気が付けばこんなにも成長している。


 ――私は、成長できているのだろうか。


 もしあの怪物が街にやってきたら、いくつもの命が犠牲になるだろう。


 モニカは足を止めた。


「ベビーシッターの仕事は、か弱い命を守り、健やかに育つ手伝いをすること」


 そう、私の仕事は――。


 モニカは意を決すると、走って男の子の前に出た。


「ねぇ! 十秒あげる!」

「え?」

「いーち、にーい」


 モニカの顔を見た男の子の表情はぱっと明るくなり、ドタドタと逃げていった。


 男の子を捕まえるまで、そう長くは掛からなかった。


 散った泥とかすかな物音を頼りに、キッチン下のシンクに隠れているところを見つけ出した。

 そして風呂場まで連行してシャワーで泥を落とすと、パジャマに着替えさせた。

 申し訳ない気持ちもあったが、男の子にはアブソリュート・スリープで眠ってもらった。


「おっもいなぁ」


 昔はよくやっていた抱っこだが、最近はまったくしていなかったから男の子の体重の増加に驚かされた。

 身体強化の魔法は必要なかったが、一苦労してベッドまで運んで掛け布団をやさしくかけてあげた。


「ふぅ……。いってきます」

 男の子の寝顔に別れを告げ、モニカは駆け足で出発した。

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