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真夜中の噴水コンサート

 夜、モニカはふと目を覚ました。

 久しぶりに冒険をして神経が昂ったせいで眠りが浅かったのだろうか。


「ふぁあ……眠いのに眠れない……」


 ふと窓のほうを見ると、分厚い雲がすっぽりと月を覆っており、格子の向こう側には無数の星が輝いていた。


 ちょっと夜風にでもあたろうかな。


 薄手のシャツを羽織ると、きれいな星に誘われるように中庭を目指して部屋を出た。


 アジト内は静まり返っていて、かすかにカーペットに沈み込むモニカの足音だけが聞こえた。


 ポータルを使用して一階に降りたモニカ。

 エマを追ったときの記憶をたどりながら、中庭に辿り着いた。


 王国のアジト内が死んだように静まり返っていたため、この場所は木々が葉をこすらせる音や噴水のセラセラというせせらぎで賑やかにすら感じた。


 心地よい夜風がモニカの髪を揺らす。


 大きく深呼吸をすると、夜気の広がりを肺に感じ、眠りにつけない焦燥感が薄らいだ気がした。


「……?」


 ふと何かの気配を感じた。


 こんな時間に誰かいるの?


 噴水のほうでかすかに何かが動いたのを見て、じっと目を凝らすモニカ。


 ふ、不審者だったらどうしよう……。


 モニカは羽織ったシャツをぐっと握りしめた。


 王国ギルドに不法侵入するなど、普通の輩ではない。


 っていうか私、夜中にふらふら出歩いてていいのかな?


 この人物が不審者であっても、ギルドの人間であっても、どちらにせよ面倒くさいことになることが予想された。


 自分に降りかかるかもしれない災難を感じ取ったモニカは、無意識に体が強張るのを感じた。


 そっと部屋に戻ろっと……。


 そう思ったとき、分厚い雲に覆われていた月が顔を覗かせ、その人物の姿を照らし出した。


「……あれ?」


 ヴラドくん……だよね?


 少しだけ近づいて確認してみると、噴水に腰かけていた青髪の男は間違いなくヴラドだった。当然だが普段の戦闘着を着ているわけではなく、黒いティーシャツに黒いジャージというラフな姿だったためしっかりと顔を見るまでは判別がつかなかった。


 こんなところで、何やってるんだろう。


 何か物思いにふけっているのか、昼間には見せなかった真面目な横顔がモニカには彼を別人にすら見せた。

 何も言わずに通り過ぎようとも思ったが、モニカの足は半ば無意識的にヴラドのほうへ向かって歩き始めていた。


 ヴラドのほうも、近づいてくるモニカに気づいた。

「何してんだお前」

「いや、ヴラドくんのほうこそ」


 声色こそいつも通りだったが、急なモニカの登場がヴラドを驚かせたのは、かすかに見開かれた目と口が物語っていた。


「あ? ああ。べつに。ただ眠れねぇだけだよ」

「ええ、意外! ヴラドくんって、たらふく食ったらあとは寝る! みたいなひとかと思ってた」

「誰が単細胞だコラ」

「いや、別にそこまで言ってないけど……。でも正直、ヴラドくんにも眠れない夜があるなんて思わなかったな」

「お前が想像してるような、そんなセンチメンタルな理由じゃねぇよ」

「そうなの?」


 ヴラドの視線が一瞬だけ下がったことが、夜中に外にいる理由を話すべきか悩んでいるのを物語っていた。


「バーサークのせいだ」

「バーサーク?」


 バーサークといえば、ヴラドがモンスターと戦うときに使う身体強化スキルだ。


「あのスキルの副作用っつーのかな。発動し終わってからもしばらくは神経が興奮しちまって寝付けないんだよ」

「そうなんだ、そんなリスクがあったんだね」

「リスクってほどのモンでもねぇけどよ。ただ眠れないだけだ」


 初めて出会ったときからヴラドには野生の獣のような印象を抱いていたが、今はどこか人間味を感じた。


「よいしょっと」


 モニカはヴラドの隣に腰かけた。


「なんだよ……」


 ヴラドはモニカがすぐに立ち去ると思っていたのか、隣に腰かけてきた彼女を警戒するような表情を見せた。


「ちょっとだけ、手伝ってあげるよ」


「は?」


「私がだれか、忘れたわけじゃないよね」

 モニカはウィンクをすると杖を取り出した。


 全く予想していなかった展開だったらしく、ヴラドはただただ茫然としていた。


「~~~~♪ ~~~~♪」


 月明りに照らされながら、子供を寝かしつけるぐらいの弱い魔力で歌い始める。

 噴水の静かなせせらぎに交じり、モニカのやさしい歌声が夜風に流れた。

 彩りを添えるかのように魔法の歌が夜の中庭を駆ける。

 目をつむり、自分の体と杖を左右に小さく振りながら、楽しそうに歌うモニカ。


 すべての不安を取り除き、心に安らぎをもたらすような心地よい魔法の歌声が静かに響いた。


「~~~~♪ ……え?」


 歌い始めて間もないうちに、左肩に重みを感じた。


 視線を落としたときには、もうヴラドが静かな寝息を立てていた。


「ちょ、ちょっと……っ!」


 まずい。


 モニカはただ、ちょっとだけ眠気を与えて、ヴラドの眠りのきっかけ作りをするつもりだった。

 今つかった魔力だって、五歳児ですら自力で部屋に戻れるぐらいのものだ。


 この男、一体どれほどの疲労が溜まっていたのだろうか。


 ヴラドの健康を心配になるモニカだったが、それよりも今はこの状況をどうにかしなければならないと思いなおった。


「こまったなぁ……」


 こんなところを誰かに見られたら。


 また、噂が尾ひれをつけてギルド内に広まることだろう。

 そんな暇人たちに話題を提供するつもりはモニカにはなかった。


 えっと、身体強化の魔法、どうやってやるんだっけ……

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