第三十九話『生命をかけたフラグは、守る為に』
スラム街のいざこざをブラウンとクロに任せ、私はウェヌと共にノア先生の恋人になるであろう予定のでっかい植物、フローラの所に走っていた。もう既にスラム街にいざるを得なかった悪人以外と、その身を売られそうになっていた子達を先導して非難していたジェスは、ノア先生と合流している頃だろう。
あの場所を拠点にしようと考えていた為の、フローラへの魔法措置だった。彼女に意思という物が少しでも宿っていたということも、ある意味で奇跡だったように思える。
「ん……エンチャント。私が前に出て引っ張るね。多分あのでっかいお花に行けばいいんだもんね?」
ウェヌが私の手を握りながら、自身に速度エンチャントと、おそらくはもう一つ、筋力増加のエンチャントをかける。
「悪いわね……でも、お言葉に甘える。はぁ……このくらいどうって事ないと思っていたんだけどな」
「いいの、私は休めてたから。力、抜いてていいからね。ニアくらい軽いなら
引き摺っていくくらいの力はあるから!」
そういえば、始めてこの子の家に行った時も、この子はそんな風に速度エンチャントをかけて飛んだ来たっけと思いながら、やや朦朧としかけている頭で引きがまま走った。それに、単純な力比べだと、いつも庭園で土弄りをしている彼女には敵わないだろう。だからこそ正直ありがたかった。絵面としては笑っちゃうかもしれないけれど、この際もどうだって良い。少しでも休めるならどうぞ引き摺っていって欲しい。
この疲労も実際の所、この数日は無理をしている自覚こそあっても、まさかこれほど動けなくなるなんて想像していなかった。まるで、砦の一戦からジワジワと力を吸い取られているかと思うくらいに消耗が激しい。最後にゆっくり眠ったのが一日以上前というのもあるけれど、ブランディ家を燃やした後も、夜の間は多少眠っている。だけれど疲労は回復せず、逆に日を進む事に悪くなっているように思えた。
今も、気を抜いてしまえば眠ってしまうどころか、気を失ってしまいそうだ。
「ん、ニア。もうちょっとで着……あ……」
巨大な植物だけを視界に捉え、力を抜いていた私は、ウェヌの言葉が詰まったのを聞いて、身体を起こす。起き上がる為にグッと力を入れた時の彼女の手は、痛いくらいに私の手を握りしめていた。
「あ……か?」
赤、とは一体なんだろうと、思いながら、ゆっくりと身体を起こす。まだ視界に赤は入らない。
フローラには対火用の魔法防壁もしっかりと張っていたはずだ。それはまだ自身の体力に余裕があった頃なので、そうそう破られる事は無いはず。さっきの銃撃の時のような体たらくには間違いなくならない。
「赤? ……あぁ、本当。確かに、赤……か」
もう日が変わるまで一時間を切っているだろう。真っ暗な中でも、月の灯りに照らされて、匂い立つ死が赤を纏って地面を這っていた。
――おびただしい程の、血の赤。
倒れている沢山の敵兵、その奥には、フローラのツタに前方以外を囲まれて、銀色の鎧を真っ赤に染めた。ジェスがいた。
「フローラも、ツタを落とされたら型無し……か」
だけれど、彼女のツタはその巨大化の影響で育った木の幹一本分くらいの太さがある。
そのツタを軽く押し付ける事で、拘束を成していたのだ。そんな彼女のツタ達が、見るも無惨に斬り落とされていた。
そうなってしまえば敵兵に対する対抗策はほぼ無いといってもいい。
だけれど、耐火状態のフローラに、そんな対抗策があるだなんて、少しも考えていなかった。
――魔法使いの、仕業か。
燃やさなかったのは、おそらくは耐火の魔法防壁を破るのが面倒だとか、そういう理由なのだろう。
理にはかなっている。だけれどそんな事が出来る魔法使いなんて、そこら中にいてもらっちゃたまらない。だって私がフローラを巨大化させたのも、耐火の魔法防壁も張ったのも、それこそディーテ家やブランディ家を燃やし尽くし、街に雨を降らす程の魔法が使える理由は『レイジニア・ブランディ』という魔法使いの背景があるからだ。
彼女に匹敵するレベルの魔法使いが、そうポンポンと存在してはいけない。そして、世界の死角であったスラムでは、腕っぷしこそ強くなれど、教養を与えられる人間がほぼいないことから、魔法使いは生まれない。
そういう世界だからこそ、色んな事を逆手に取ってうまくやってこれたのだ。
だけれど、実際はこうだ。こんな事をしでかす魔法使いが、いる。
――これはまるでもう、人死にを回避するも何も、あったものじゃない。
遠目で見て、ジェスはたった一人で、数十人にも及ぶ兵士を斬り伏せたのだろうか。
ツタを斬撃魔法で斬り落としたであろう魔法使いの位置は確認出来ない。
相当な威力の斬撃魔法を放った魔法使い。ハッキリ言って、兵士の数よりもその存在だけで、私達の計画の何もかもがひっくり返る。ノア先生やブランディ家の人達は、フローラのツタをバリケード代わりに上手く移動させているようで、何とかジェスを一対三人程度で戦えるリングのような物を作って、その後ろに非難していた。
ただ、理解は出来ない。もうこの場所でフォスフォレッセンスをどうにかする必要は無いはず。
そうして、ノア先生にも、ジェスにも攻撃する必要は無く、ブランディ家の人間をどうにかする必要も無いはずなのだ。
だけれど、スラム街に来た敵兵の数倍の敵兵がこの場に勢揃いしていた。
「ウェ……ヌ、ジェスの後ろまで、飛ぶわよ」
少し休ませてもらったお陰で、短距離程度の飛行魔法は使えるまで回復していた。
「ん……お願い」
私はウェヌに強く握られている手に、同じように力を込めて、空へ駆ける。
敵兵と、ジェスがバッと私達の方を見るが、何かをさせる間も無く、私はジェスの隣へと降り立った。
「なんてことに……なってんのよ……」
「私……にも……分かりかね、ます」
ジェスがいくら強いとは言え、数の暴力をいなし続けるのは無謀だ。それに後ろには守るべき人間達がいる。ウェヌが即座に防壁魔法を作り出し、時間稼ぎを始める。
「でも、良く持ったわね。あの子の拘束が無いと、キツかったでしょ」
「えぇ……フローラ殿の、お陰です。彼女がいなければ今頃……グッ……」
ジェスが痛みに顔をしかめる、流石に相当のダメージを負っているようだ。硬そうな鎧が、所々不自然に裂けている。
フローラのお陰だという事は、もう既にジェスの到着前には兵士がこの場に押し寄せていたという事だ。拠点にしようとは考えていたけれど、その考えが読まれていたという事なのだろうか。
情報があまりにも漏れているとは思っていたけれど、この点についてはどう考えてもおかしい。
――だってこの場を拠点にするなんて事、ハッキリと言葉にはしていないのだから。
ジェスにはノア先生の所に行ってと言っただけだし、アポロ王子もどうせ来るなら此処だろうと思っているだけだ。クロとブラウンもそれは理解しているはず。
だからこそ、この場が襲われる理由が無い。私達が全員此処に来るだろうと考えて一網打尽にしようとでもしなければ、こういう事にはならないはずなのだ。
「敵兵が下がった! 皆さん、伏せてください!」
ジェスの焦ったその言葉に、後ろに非難している人達が頭を低く下げる。
「ウェヌ殿とニア殿も、私の後ろに! 急いで!」
焦りながら叫んだジェスは、真正面を見据え、そのまま自身を中心に剣先を自分の頭まで上げ、妙な構えを取った。
その瞬間、物凄い風圧が、生命を奪いに吹き荒ぶ。
吹き飛ばされるというレベルではない、油断していると一瞬で、その身体を斬り落とされる程の勢い。
――それはまるで、斬撃魔法という名の、兵器だった。
敵兵の内の何人かが、血を流してその場に倒れ、絶命する。何故ならば、よく見ると彼らには、足りないパーツが多すぎる。あまりにも酷い光景に、ウェヌは口を抑えていた。
ジェスの後ろに隠れる前に見た奇妙な構えの理由は、即座に理解出来た。
目に見える程の圧を持った半透明の斬撃を、剣と、その全身を以て受け止める。
剣が斬撃を斬るのではなく、斬撃の衝突の強さで斬撃が勝手に剣に沿って斬れる程の強さ。
そうして、不意に飛んできた斬撃魔法は、彼が構えた剣を中心に裂けて尚、半分に分かれて尚、彼の鎧を傷つけ、金属すらを貫いて彼に傷を作っていく。
それを、おそらくは相手の魔法使いは、敵味方関係無く、この暗闇の何処か、私達の視覚外から定期的に撃ち込んでいるのだ。
――つまり、ジェスは、フローラは、ひたすらに守り続けていた。
沢山の敵兵は、策としては一つ目。
だけれどその一つ目が上手くいかないと判断されたと同時に、斬撃魔法を撃つ魔法使いが投入されたという事なのだろう。つまりもう敵兵に撤退指示を出す人間すら、いないのだ。
「これは……本当によく、持ちこたえたものね……」
「次回の攻撃までは、約三分程。その間にお二人も後ろで非難を、皆さんには穴を掘ってもらっています。どうやら地下までは届かないようなので」
それもそうだろう。斬撃とはいえ、その基礎となるのは風を使った魔法だ。
だからこそ、土の下までは入り込む事が出来ない。尤も威力によってはそれも可能だけれど、本当にそんな事が出来る魔法使いは、記憶の何処を探しても存在しない。
それに、こんな芸当が出来る魔法使いだって、私の記憶の中では私しかいない。
想像以上に面倒な敵が、潜んでいる。こんなの、マイロなんて目じゃない。
「あの死体を見て、私が鬼か悪魔に見えたでしょう?」
確かに、言う通りに彼が必死に皆を守る為、兵士を斬り伏せているように見えた。
だけれど、困ったように笑っている彼の剣には、少しも血がついていなかったのだ。
「遠目から見ればね。でも実際の所、貴方は手すら下していない」
「その通り……ですね。この血も、返り血ならばまだ良かったのですが……いやはや、どう、も……」
つまり彼は、守り続けたのだ。人を殺さないという私の我が儘も結果的に守り通して、そうして周りの皆も守り通す。
――騎士『ジェス・ブライト』が、紅く染まっていた。
敵兵を眼の前に威嚇しつつ、定期的に飛んでくる斬撃魔法から、フローラと共にその身を盾にしていたというわけだ。
「返り血は、一人分で、構わない」
「考えが……お考え、で?」
ジェスの消耗は激しい。私は魔法防壁を張っているウェヌに、禁呪の使用はしない事を口酸っぱく伝えてから、出来る限りの回復魔法を使かってくれと頼んだ。
「私が何とかして、この暗がりの中で斬撃魔法を撃っている魔法使いを炙り出す。見えたと同時に、ウェヌは使える限りのエンチャントをジェスに、そうしてジェスは、その魔法使いを、確実に」
「ん……そういう事はニアも動くんだよね、大丈夫?」
「私、は……大丈夫。強いていうならまぁ、ノア先生にちょっとしたお願いをしてくるだけだから、二人にかかってるわね」
回復魔法に切り替えたウェヌと、こちらを見たジェスに頷いて、私は後ろで穴を掘っているノア先生の元へ行きながら、二人に声をかける。
「ウェヌ! 斬撃魔法の気配を感じたら全力で防御エンチャントに回して。ジェスは時間を数えて教えてあげて頂戴。ジェス、何発かは覚悟してね。ごめん」
「いいえ、やっと私は、お二人を、皆様を守れるのです。騎士の本懐を、有り難く思います」
剣を構えた彼は、紛れもなく、気高き騎士の姿をしていた。
フローラのツタを避けながら、ノア先生たちが穴を掘っている場所まではすぐだった。
数十人規模だ。瓦礫の撤去作業もあっただろうけれど、流石にもうだいぶ深い所まで掘れているようで、どうやら非難した人達に被害は無いようだ。
――大丈夫、あの騎士はちゃんと守っている。
私はノア先生に声をかけ、申し訳ないけれど穴から出てきてもらった。
「ほんと、大変な事に巻き込んじゃいましたね……」
「ニアさんですか……お互い様、ですよ。顔を見れば、お互い分かりますね、はは……」
彼の場合、私の心配もそうだけれど、自身も相当に疲れているようで、皆のような心配の仕方とは違うのが印象的だった。彼らしいとも言える。
「ちょっと。来てもらえますか?」
そういって私は、攻撃手段が消えたフローラにモタれて、座り込む。
「どうしてか、私もギリギリで……あんまり頭も回っていないので、怒らせたらごめんなさい」
前置きが長いあたり、やっぱり駄目だなと思いながら、私は言葉を続ける。
「相当な力量の魔法使いが、何処かの暗がりから斬撃魔法を撃ち込んで来ていまっ! ……す」
もう三分経ったのか、風圧がフローラのツタを揺らす、流石に縦に並べていけば、一撃で切り落とせる程の威力は出せないようだ。もしくは出していないとも考えられる。
「そう、だね。この子もだいぶ痛がっているように見えるよ。言葉こそ聞こえないけれどね」
「ツタを切ったのは、感知されるのをきらったんでしょうね。まさかそこまで把握出来る魔法使いを王国が抱えているなんて、知りもしませんでした。名前くらい知っていてもおかしくないのに……」
禁呪の類では無いだろうけれど、敵味方関係無く撃ち込んでいくなんて、こんな使い方。
余程性格が悪くないと思いつかない。
「そして、僕を此処に呼んだって事は、この子の事、ですよね?」
「流石、聡いですね、先生……」
余程性格が悪いのは、私だ。
――さぁ、魔法使い。性格の悪さで勝負をしようじゃないか。
その代わり、私は性格が悪くても、心は酷く痛むから、最初から試合に勝てても、勝負には負けているのだけれど。
「このあたり一帯を照らす、強い光があれば、ジェスがきっと仕留めてくれる……はずです」
「本当に、無茶を言う人だね。君は……」
その言葉でノア先生も察したのだろう、フローラを撫でながら、上を見上げる。
「あぁ、やってあげるのが良い。きっと今も傷んでいる。急いで作ったからね、殆どのツタを斬り落とされた今……彼女はきっと地獄の苦しみの中だ」
「それでも、生命には変わりありません。先生は、許してくれるのですか?」
「形あるものがいつか壊れるのだとしたら、生命があるものもいつかは死ぬ。だけれどね、それでも終わらずに次の一歩へと、ちゃんと次に繋がるのが、研究というものさ」
そう言って、ノア先生は寂しそうに笑った。
斬撃魔法の気配、ジェス達から離れてニ回目の斬撃魔法。そうして三回目は、どうやらジェスが耐え続けている事を確認したのか、方針を変えたのだろう。
即座に飛んできた。それもあろうことかたった今話しているフローラに向けられて放たれていた。
三分置きなんてのは、魔法使い側のブラフだった。要はジェスを甚振っていただけなのだ。威力こそどの程度の物かは分からないけれど、何回も連続で、フローラの中心へと斬撃魔法が撃ち込まれる。
「あぁ……これはどうやら、拉致があかなくてフローラごとこちらを潰すつもり、だね」
「……そのようですね」
本当に、性格が悪い。その顔を拝んで、私自らトドメを刺してやりたい。
「ん、最後に花を咲かせてあげてよ」
ノア先生のその言葉を聞くと同時に、私はフローラにそっと触って、耐火の魔法を解く。
そうして、彼女を燃やし尽くすだけの力が自分に残っているかは分からないけれど、残っている力を全て使うくらいの勢いで、両手を彼女につける。斬撃が止まらず、少しずつ傾くフローラが、折れてしまう前に、私達を守った、二人の騎士を、称える為に。
「ウェヌ! ジェス! 花火、咲く!」
叫ぶと同時に、残った全力を以て、フローラを根本から一気に炎の渦で巻き込んでいった。
瞬間、斬撃魔法が止まり、地面から斬撃を振るう為の騎士が、飛ぶ。
「ジェス……貫け!!」
叫びながら、フローラの生命の炎の光によって、姿が顕になった魔法使いの顔を見る。
その顔を見たジェスが、一瞬躊躇を見せる。
私はその魔法使いの顔を見て、思わず立ち上がる。
彼が見せた躊躇は、その魔法使いを殺しても良いか、悪いかという疑問だったのだろう。
それでも彼は、騎士として、すべき事を、行った。
何故ならば、彼が信じたのは、私だからだ。
木の上に陣取っていた、ローブを着た長い黒髪の女性が、ジェスの剣に貫かれて、バタリと地面へと落ちる。
私はもう殆ど混濁しかけている意識のまま、ノア先生に肩を借りて、ジェスによって虫の息になっている魔法使いの元まで、辿り着いた。敵兵の多くはもう既に、息絶えているか、重傷か、もしくは戦意を失っているようで、こちらには目もくれなかった。
「ニア殿、私は正しい事を、成せたのでしょうか」
ジェスが、言葉を発さない魔法使いのトドメを刺そうとしながら、こちらに問う。
「えぇ……鈍い貴方にしては、判断が早くて、助かった……わね」
もう目も上手く開かない。だけれど、見なくてはいけない。
だって、その死にかけの魔法使いの顔は、私が良く知っている顔で。
ジェスが、ウェヌが、良く知っている顔。
――レイジニア・ブランディの顔だったのだから。
「ふふ、ふふふ。一人目じゃ駄目だったかぁー。でも、すっごい楽しかったなぁ、あは!」
私の声で、私の顔で、ソイツは狂った言葉を吐く。
「びっくりしたぁ?! びっくりしたわよねぇ?! 偽物さーん? 次はちゃーあぁんと、殺されてね?」
ウェヌが、震えながら、私に近づき、手を握る。
「ねぇニア! どういう事、これ。どういう事?!」
「知らない……わ……よ。アンタ、何をした?」
震える声の私を、随分楽しそうに『悪役令嬢レイジニア・ブランディ』は嗤う。
「それは、次の子に聞いて? この私はそろそろ死ぬもの。でもさいっこーだわ! 最後に見るのがアンタ達のそんなか……っ!」
彼女が言葉を言い終わる前に、ジェスの剣が、彼女の首元に突き刺さった。
そうして、確実に心臓を穿つ。
「騎士が守る為にいるとするならば、守るべきは心もまた、同じ事。こんな外道の言葉を聞く理由など、無い」
生命を失った『レイジニア・ブランディ』は、徐々にその顔や身体が変化していき、第三王子の姿へと変貌した。おそらくは姿を変える魔法を使っていたのだろう。そうして次の子というからには、その意識は、他の人間へと移し替える事が出来る。
第三王子をその手で殺したジェスは、顔色一つ変えず言いのける。
「例え、王族を殺し、完全なる国賊となろうとも、悪辣から正しきを守るのが、騎士の役目。ニア殿、私は、貴方達の騎士としての役目を果たせたでしょうか」
「えぇ……果たしたわ。ちゃんと私を殺したのは、貴方が今までした中で、最高の判断、よ……」
私が『レイジニア・ブランディ』の意識を持っていたならば、元々存在していた『レイジニア・ブランディ』の意識は一体何処に行くのだろう。
ずっと考えていたその答えが、罪悪感と共に考え続けていた事の答えが、『今日』の終わりと共に明かされた。それも、案じた事が馬鹿らしくなるくらいに、性格の悪い明かされ方だ。
――悪役令嬢は、彼女のその精神は、生きている。
姿を変えて、誰かの意識を乗っ取って、生きている。
それは禁呪では無く、姿変化の魔法だとしても、彼女の悪意は、私達を狙っているという事が、分かった。
他の世界から私という人間を呼び寄せ、自分の器に押し込み、自身は誰かの意識を乗っ取りながら生きる。
この世界に発生した、最初のバグこそが、『レイジニア・ブランディ』だったのだ。
その目的は、必ず出会うであろう、次のレイジニアに聞けば良い。
「皆……ごめん、とりあえず私は少し、休むわね。……ジェス、ちゃんと守ってよ?」
「お任せください。少なくとも、深夜0時を回りました。婚約の予定日は終わり。ゆっくり、おやすみください」
そんな会話をしている間も、ウェヌはずっと私の手を握っていた。
「もう、バカね。大丈夫よ、でもそうね。一緒に、休みたい所だけれど。あの子の消火を、手伝って頂戴?」
燃え上がるフローラの生命の灯火が、誰かを傷つけるのは、不本意だ。
真実を顕にしてくれた彼女の炎を、目に焼き付けて、ジェスに小さく微笑んでから、私は考える事を一旦全て放棄し、生命を掛けた二人の騎士を想いながら、倒れ込むように、眠りの世界へと落ちた。




