第三十八話『交わるフラグは、戦う為に』
いつか見た、安っぽい建材で出来た奴隷市場の入口に立つ。
中ではおそらくジェスと、おそらくは部屋から出たクロが、互いにウェヌを気にかけながらも、暴れてくれているのだろう。喧騒が聞こえる。
とはいえウェヌだって、もう守られるだけの人間では無くなっている事には気づき始めていた。力こそ強く無い。突出した魔法の才能があるわけではない。
だけれど、彼女は私達の誰もが持ち得ない。特別な力がある。
『主人公』という、力。それは世界が与えたものではあるけれど、逆に捉えたならば可能性を秘め続けているという事になる。彼女は弱い。けれど誰よりも良き心を宿していると、信じていた。
その心根がある限り、彼女はある種の祝福のようなものを身に纏っているように思える。
――私だって、その心根に絆された一人だ。
小さく思い出し笑いをしながら、私は彼女達と合流する為に、クロとの約束を守る為に、奴隷市場に入る。丁度、そのタイミングで受付嬢と幾人かの子供、そしてジェスとすれ違う。
「此処からは私達でなんとかする。この子達、お願いね」
「……いつもこんな事しか言えませんが、ご武運を」
確かに、結局の所私はジェスとは別行動を取っていた時間が多い。そもそもがアポロ王子と同じくらい互いのことを知らないのだ。それなのに私の言う事を愚直なまでに信じてくれるあたり、彼は彼の信念に基づいて、何かを思いながらも、鈍い自分を拭うように、錆びた鎧を磨くように、自らを高めようとしているのだ。
ジェスは、その戦いについての力量こそ段違いだけれど、今のブラウンと、少し似ているのかもしれないと思った。ブラウンがもし執事という立ち位置に収まらなかったならば、ゆくゆくはジェスのような心持ちで、剣を取るという未来もあったかもしれない。あるかもしれない。
「ん、この子達は貴方しか守れない。貴方は私がマイロを殺した時に悲しい顔をしたけれど、私は今からする破壊行為を悲しくは思わないわ、だって私はそういう人間だもの。だけれどジェス、貴方は私のように壊す人間ではなく、守るべき人間。だから、頼むわね」
その言葉に、ジェスは静かに頷き、指笛を鳴らして馬を呼び、それに跨った。
ゆったりとした歩幅ではあったが、受付嬢と、それ以外にも友好的な大人がいたのだろう。その人達に連れられ、クロがいた奴隷市場は、とりあえずほぼ解放されたと考えてもいいだろう。
残るは、未だに中に残っているであろうクロとウェヌの状況を確認した上で、この建物を燃やすか、崩落させるかするだけだ。
奴隷市場の建物の中では、クロやジェスに寄って無力化された悪人がそこら中にころりころりと転がって、痛みに呻いていた。どうやら私の意を汲み取ってくれたらしく、死んでいる人間はいないようだ。
私はその人間達の元に行き一人ずつにしっかりとした殺意を演出しながら、言葉をかける。
「この場で死にたくないなら、足を洗いなさい」
首元に刃物を突きつけながら言う、私のその言葉に、悪人達は恐怖を覚えながらも頷いていく。
それが事実かどうかは分からないけれど、私は承諾せざるを得ない悪人達の傷を癒やしていく。
「私達は見ている。だから同じような事を繰り返す限り、こういう事が起き続けるわよ。悪巧みが好きなお仲間がいたら、教えてあげることね」
そんな台詞を幾らかの人間に吐き捨てた頃に、やっとクロと合流することが出来た。
「ニアさまー! うお! すげーやつれてる!」
会う人会う人失礼では無いだろうか。労いより先に疲れに言及されると、より疲れを意識してしまう。
だけれど、それだけ私が消耗しているという事なのだろう。事実、回復魔法を使うにも精神的な消耗が発生するわけで、ここで一踏ん張りしたいと思いつつも、自身の戦闘行動のコンディションが最低なのは自覚していた。
「そりゃね……あの青い雨。見たでしょ? あんな事やってりゃこんな顔にもなるわよ。そっちは元気そうで何よりね……」
私の言葉に何となく得心しているクロの後ろから、ウェヌが飛び出して来る。
「ニア! 大丈夫だった?!」
「えぇ、何とかね。貴方の家の、禁呪に侵された人達の仇は、取ってきたわよ」
その言葉を聞いて、ウェヌは喜びの感情ではなく、悲しみの感情と共に、私を強く抱きしめた。
「痛いわよウェヌ、こっちは疲れてるんだから。さっさとこの一体をぶっ壊して、ノア先生のとこ行きましょ?」
「ん……私の代わりに、いっぱいいっぱいありがとう……。私も……ちゃんと頑張るから」
彼女の性格なら、私がマイロを殺したという事実について、それでも彼女は悲しみの意を示すかもしれないと思ったけれど、それはきっと彼女なりにたった今飲み込んだ感情なのだろう。
それを、人は頑張ったと言うのだけれど、私は彼女の成長を嬉しく思って、背中を二回ポンポンと叩いて、離れた。
そうして、少しだけ羨ましそうにしているクロの頭を二回、ポンポンと撫でた。
「貴方もお疲れ様。ウェヌの事、ありがとね」
「もちろんだ! そんで、この奥に一番わるーいヤツがいるぞ!」
もうこの建物の中にいるのは、おそらく私達と、その『わるーいヤツ』だけのはずだ。
「じゃあ、そのわるーいヤツを、ぶっ飛ばしましょ」
建物の奥の奥、一際豪華な扉を、私は砦で使った魔法の土槍を生み出し、破壊する。
そこには、見るからに厳つい感じの男が三人と、奥に一人、椅子にふんぞり返りながらこちらを睨んでいる男がいた。
「この人身売買の胴元か……殺さない、っていうのも難しいのかな」
「ドブネズミが入り込んだと思えば、たかが小娘か……やっちゃあいけない事をしてくれたもんだな」
椅子にふんぞり帰った男が、睨みをきかせたまま、静かな怒りを向けてくる。
「ドブネズミはどちらかしらね。それともやっている事はコウモリかしら? ともかく、商売ご破産させてもらいに来たわよ」
向こうの殺意は明らか。だけれど、こちらだって負けてはいない。
少し大きめの、豪華な装飾に塗れた部屋では、胴元のボディガードらしき屈強そうな男が三人、立ち塞がっている。それぞれが拷問道具に近いような鈍器の類を身に着けて、こちらの出方を伺っていた。部屋の大きさ的に、その三人を抜けて、胴元である所のボスを倒すのは、至難の業のように思えた。
魔法を撃ち込んだとて、その身を盾にされるのがオチだろう。
そんなことを考えていると、クロが焦った表情で、取り戻したであろう二振りの短剣を抜く。
「まずいニア様。なんか、危ないかも」
クロからも警告され、私はとりあえず四人の男を目の前に、身構え、様子を伺う。
――そうして、その装備にまさかと思い目を疑った。
椅子にふんぞり返っている胴元の手に握られているのは、剣でも槍でも無く、手にすっぽりと収まる、見覚えのあるフォルム。
つまりは、拳銃だった。
「あぁ……魔法社会に似つかわしくないもんが何でこんなとこにあるのよ……」
私は言いながら、魔法の防御壁を張るが、それはあくまで魔法で作られたもの。
この世界ではカラクリとして使われている道具かもしれないが、ことこの状況においては、魔法で対抗出来るか分からない代物だ。
それ以上に、私にとって恐怖感を覚える武器なのが、判断を鈍らせた。
クロは、率先して前に出て、襲いかかってくるボディーガードの攻撃を躱しながら、両手に携えた短剣で、三人のボディガードを翻弄していく。手や足といった戦闘に重要な箇所を切り裂き、無力化が進んでいった。であれば、クロがどういうわけか、危険だと私に忠告したのは、胴元が持っている拳銃ということだ。知識はないはずなのに、彼女の第六感みたいなものが教えてくれたのかもしれない。
既に始まっている戦闘の最中、クロの様子を確認しながらも。私の目は、椅子に座った胴元の拳銃に目を奪われていた。
それが、私の失敗。魔法防壁が割れる音と、耳をつんざくようなズガン! という音が同時に鳴る。つまりは、私の魔法防壁はその単純かつ、強力な、一点のみを貫く銃弾によって、破壊されたのだ。
もっと魔力を込める時間があれば、破壊はされなかったかもしれない。けれどこの十数秒の時間では、一発の銃弾を防ぐのが精一杯だった。これでは魔法使いの名折れ。いくら疲労が溜まっていても、このくらいの防壁なんて、いくつか歳下の魔法使いだって作れた事だろう。
一方クロは、音に驚きながらも、ボディガード三人を相手にしてくれている。だけれどそれは逆に、こちら側に対して対応が出来ないという事にもなる。クロ自身も胴元の方へ行こうとするけれど、それはボディーガードが許さなかった。彼女が危険だと警告してきたことも頷ける。
この三人のボディガードは、そこらにいる兵士や、魔物よりも余程強い。これはある意味、世界の影響を受けずに存在したスラムという場所で起き得る特例のように思えた。
この世界は、元々ゲームであった時に、人それぞれに能力的なステータスみたいなものが存在していない。だからこそ、世界に定められた強いか弱いかだけで、定められていたのだ。
だけれどそのルールが通じないスラムでは、それの範疇を超えるような事が起きても、不思議ではない。
――この後に及んで、魔法が間に合わない。
疲れた身体で振り絞った熱が、急激に冷や汗と共に冷えていく感覚。
自身に速度エンチャントをかけて接近するよりも、防壁を張るよりも、魔法を撃つよりも、ヤツが銃の引き金を引く方が早い。
まさか、こんな展開があるだなんて、思いもしなかった。絶望が身体を凍えさせる。
だけれど、その絶望は眼の前に現れた半透明の黄緑色の壁が、拭い去った。
――そうだ、この部屋に入ってから、ウェヌが一言も言葉を発していない。
もしかしたら、その言葉は今この時の為に、取っておいたのかもしれない。
だって、使い慣れていない魔法を使うのは、とても集中力がいることなのだから。
「ニア! 防壁張ったよ! 一撃で、仕留めて!」
私があれだけ人死にを避け続けていたのは、彼女の優しさ故だ。
だけれど、彼女の切迫した言葉から感じ取れたのは、紛れもない覚悟。
生きる為には、殺さなければいけないこともあるという、現実を受け入れた。強い心の上に発せられた言葉だった。
――ズガン、ズガンと、発泡音がなる。
その度に黄緑色の防壁にヒビが入るのが見えた。
だけれど、彼女はこの部屋に入って私が防壁を張り始めた瞬間から、その必要性に気づいて同時に防壁魔法を使い始めていたのだろう。だからこそ、銃弾の一撃で防壁が破壊されることがない。
それに、彼女だって伊達に禁呪の使い手ではないのだ。人を傷つけたりする為の魔法にこそ精通していなくとも、その魔力量は常人よりもずっと多いのは間違いない。
その彼女が生み出した防壁は、続けて銃弾を三発撃ち込まれて、やっと破壊されるに至った。
「ニア! 急いで!」
「大丈夫。全力で、確実に射抜くから」
ニアの防壁が破壊され、彼女は焦った声を出す。だけれど私は、その破壊を見ながらも、意趣返しと言わんばかりに、指先に細く鋭い熱線の力を蓄えていく。
ウェヌの魔法防壁が五発の銃弾を受けきって破壊された時点で、彼を一撃で射止める魔法を使う為の時間は充分だと確信していた。
彼が撃った銃の威力が高かったのは、彼の持っていたそれが、私がいた世界ではリボルバー式と呼ばれる。一発一発に大きな反動があるような、シリンダーに六発の銃弾を装填する、強力な銃だったからだ。
だから、私に一発、ウェヌに五発撃ったヤツには、これから弾を込める為の時間が発生することを、この場でヤツと、私だけが知っている。
「甘いのは、私だったのかもね。じゃあ、さよなら」
そうして、その部屋には、脳天を細く鋭い熱線で射抜かれ、まるで生きているかのようにツーっと額から血を流して、机に突っ伏す人身売買の胴元と、クロによってほぼ無力化されたボディガードだけが残った。
「で、貴方達のボスは始末したけれど……どうする? ただの雇われってんなら、見逃すけれど」
「駄目だよ、ニア様。コイツらも、駄目」
そのクロの声から感じるのは怒りでも焦りでもなく、静かな悲しみだった。
「名前なんて知らないけどさ。あの頃の私と同じ立場のヤツの中でも良いヤツもいたんだ。『使える』だとか『使えない』だとかって、あの頃の私には良く分からなかった。けれど今なら分かる。その『良いヤツ』だけど『使えない』って言われた皆がいなくなった時、笑いながらその手を引っ張ってったのは、コイツラだ」
つまり、彼らの手は、クロのような少女や、少年達を始末した血で、染まっていると、彼女は言っているのだ。
――やっぱり、私が一番甘かったんだな。
そう思って、クロに目で合図をする。
もう抵抗が出来ない三人のボディガードは、何やら懇願の言葉を話していたが。
まず一人目、クロがその短剣でトドメを刺す。
そして二人目、私も背負うべき罪だと思い、まだチリチリとしている指から熱線を放ち、ボディガードの脳天を貫く。
そうして三人目は、私とクロがそちらを見る前に、既に息絶えていた。
三人目の生命を奪ったウェヌは、スッと頬から涙を流しながらも、その手には血に染まる剣が、握られていた。
「ニア、借りたよ」
それはいつの間にか、私の腰元から引き抜かれていたブランディ家の剣だった。
「ウェヌ……貴方……」
彼女だけには、そんな事をさせたくなかった。それに、この盤面で彼女がそんなことをする必要は無かったはずだ。だけれど彼女は、彼女の意思で、罪を背負ったのだ。
「だってさ、私の手だけが綺麗なままだなんて、駄目だよ。これはもう、戦争なんだから、さ」
そう言って彼女は血に塗れた剣を、そっと私に返し、涙を拭いた。
私は何も言わずその剣を受け取り、血を払い鞘へとしまう。
「これでもう、全員がしっかりと大罪人かしらね」
「へへ、それも、そうだね……。でも必要な事、なんだと思う」
やはり、ウェヌは決して弱い子なんかじゃない。
――向き合う事が、出来る人間なのだ。
だからこそ、私も覚悟を決めた。
「さぁ、このスラムは、今日で終わり。行くわよ!」
建物から出ると同時に、私は奴隷市場に火を放つ。幸い建物の周りには燃え移るようなものが無かったので、情報通の男もこれで状況は把握出来た事だろう。
そうして、私達は三人一緒に動きながら、目星をつけていた幾つかの違法な店に人間がいない事を早急に確認し、破壊していった。
その姿が、周りにどう映ったのかは分からない。悪役か、それとも英雄か。
どちらかといえば、やはり悪役だったのだろう。
だからこそ、私達は今、敵兵に囲まれていた。思った以上に、このスラム自体は警戒されている場所だったらしい。想像以上に早い段階で、敵兵が集まってきた。
そこからは逃げの一手を打ち続けていたが、私も疲労が限界に来ており、もう既に空を自由に飛んで逃げる程の力は残っていなかった。
「見つけたぞ。ウェヌ・ディーテ。レイジニア・ブランディ。まさかこんな大騒ぎを起こしてくれるとはな……」
隊長らしき男が、余裕ぶった顔で私達に躙り寄る。敵兵の数は大体二十人程だろうか。
流石にクロがいるにしても、状況は悪い。それに彼らは命令で来ているだけであって、さっき私達が手を汚したような相手ではない。
いくら覚悟を決めた私達だとしても、命令で動くだけの自国民を殺して回るのは気が引けるというものだ。だからこそ全員が攻めあぐねていた。
「話は、通じないだろうけれど。この人達は流石に殺すに値しないわよね? どうする?」
「んー……数が多すぎ、かなぁ」
クロはあっけらかんとはしているものの、汗が滲んでいるのが見えた。
「私、投降するべきでしょうか……」
それもまずい、まだ日は変わっていないはずだ。ここでウェヌを渡すわけには行かない。
「ぐぅ……まさかこんなに早く来るなんて、間に合わなかった、か」
その呟きは、男の声でかき消される。
「よし! 間に合った!」
敵兵の間を、鎧に赤い塗料を纏った兵士が雪崩込んでくる。数は十人に満たなかったけれど、その顔には覚えがあった。
そうして、それを率いている人間――彼を見た時、ウェヌの目は驚きで見開かれていた。
「アルビー・ブラウン。あそこで逃げろなんて水臭いですよ! お待たせしました! ニア様! ウェヌ様!」
「おお! やるじゃんか!」
クロが歓喜の声をあげる。それと同時に、彼女は敵兵へと飛びかかった。
「ニア様! ウェヌ! 先に行って! これだけいたらなんとかなるなる!」
「クロ様もいるなら心強い。此処はお任せを、敵兵は無力化し、正当な王国騎士達の名の借りて、スラム街は制圧してもらいます!」
ブラウンが心強い笑みをたたえながら、剣を抜く。
そこにはおそらく、エンチャントはもう必要無いだろう。
何故ならば、この場にはクロとブラウンが揃っているからだ。
偶然にも二人は私の国での色の名前と、英語での色の名前という違いこそあれど、色を元にした名前だ。ただ、それらの色は混ざり合えど、二人の名前を象徴する黒色と茶色は、決して混ぜても綺麗な色にはならない。
だけれど、その黒に混ざり、最終的には黒に飲み込まれるような茶色という色が、その黒の闇をほんの少しだけ、和らげてくれる。二人は、ディーテ家の戦いを勝利に導いた立役者だ。
ウェヌはブラウンが此処までしてくれる事について疑問の表情を浮かべていたけれど、それはきっとそのうちブラウンとクロから説明があるだろう。そんな二人が揃った。
ならばきっと、この場は任せても大丈夫だ。
私は二人と兵士達を信用して、皆が切り開いてくれた道を、ウェヌの手を握り、ノア先生達がいるフローラの根本へと、最後の力を振り絞るように駆け出した。追手は無い。しっかりと皆が止めてくれている。
ただ、私は熱を帯びたウェヌの手を感触に、少しだけ元気を貰いながらも、私達を探しに来た兵士の数がたったの二十人程度だったということが、どうしても心の端に引っかかっていた。




