第二十八話『私は、いつかのゲーム体験も好きだったと言いたい』
蹴破った先の部屋に手がかりは無く、ただ荒れ果てているだけの、使用人の部屋だった。
だけれど、その荒れようと血に塗れた後から、禁呪にも発動のタイミングが色々あるのだろうという事は分かる。どうやって対抗するか分からない以上、危険なのは間違い無い。
なにせ、あのリベラ・ディーテがかけられているのだ。彼女だって魔法の才が無いわけじゃあないはず、だとしても禁呪には抗えなかった。それくらいに危険という認知しか無い私達は、ある意味不利でしか無い。もし使用者に効果を問い正す時間なんてあった所で聞き終わった頃には魔物になっているだろう。
ウェヌをクロとブラウンに任せて、私はジェスとディーテ家の中を探索する。
おそらくは禁呪を使われた事によって理性を失った元人間達が大暴れしていたのだろう。家の中は滅茶苦茶で、見る影も無かった。
強いて言うならば、横にいる金髪長身イケメン騎士は目の保養になるけれど、不思議とトキメキのようなものは抱かない。これはもしかすると彼に纏わる設定というルールに則られたものなのかもしれない。
ヒーローはヒロインの為に存在する、であればそれ以外の女性が、という話にはそうそうなりにくいだろう。後日談で選ばれなかったヒーローがちゃっかり他の女キャラクターとくっついていたとなれば私の現実世界だと人気によっては炎上騒ぎになりかねない。
「はぁ、憧れが無かったとは言わないけれどねぇ……」
「どうしました? ニア殿」
彼の凛々しい顔、透き通った瞳、あぁ本当にもう作り物なんだなと思えるくらいにいい男。隣にいてもドキドキしないのは、逆に現実の私が映画スターを見ているような感覚なのかもしれない。
「さぁね……色々あんのよ。こっちにも」
不思議そうな顔をして、ジェスはディーテ家の廊下を警戒しながら進む。
「襲われる心配なら無いんじゃないかしら。物音なんて一つもしないし……外のあの惨状を見るに全部クロにしばき倒されたわよ」
「お強いのですね、皆さん」
ジェスは不甲斐なさそうな顔をして言う、その顔は正直悪くない。落ち込め落ち込めと思ってしまうが、彼もまたさっき再会したばかりとはいえ、もう一蓮托生の仲間ではある。
「強くなろうとして強くなったのと、最初から強いのは別よ? 一緒くたにされてもね、私は最初から強いわよ? けれどあの子達は強くなろうとして強くなったの。貴方もそうでしょ?」
私の言葉に、ジェスは困ったような顔をしてから、小さく頷いた。
「外で涙を流しているあの子だって、強くなる。だからそれまでの間、頼むわね」
あくまで私は私の役割を全うする。
あの子を守るのは私でなくとも良い、けれどこの世界の起爆スイッチを押すのは、この世界から見た完全な異分子である私でなければいけない。そんな使命感が生まれつつあった。
――そもそもこんな私を、転生させたのが、間違いだったのよ。
結局、世界の思惑は分からない。けれど世界が望んだ悪役令嬢は、その世界にとっての悪役になってしまったというわけだ。
「とりあえず……綺麗な部屋ね」
「はい?」
一部屋ずつ扉を開けて中を確認するが、大体が野党が入ったどころではなく、嫌がらせかのような荒れっぷりだった。だからこそ、私はこの状況を考える。
「荒らされた部屋には、どうせ大した物はないわよ。こんな事する狸共がそうそう誰でも入れる部屋に重要な情報をおいているとも思えないしね」
目指すは家主の部屋、もしくは誰の手もついていない部屋だ。
それは、なんだかんだ長年ゲームをやってきた勘のようなもの。
謎解きゲームならまだしも、これがマイロというシナリオ上に登場する悪役が、世界及び制作者によって敷いたレールならば、あるものはあるべき場所にある。見つけるのにグダグダ苦難するのを楽しむシナリオでは無い。
だから私達は、三階建てのディーテ家の三階まで一気に登った。
「確かに……荒れ方が違いますね。ニア殿はこの家の構造が?」
「知らないわよ。でも馬鹿となんとやらは高い所が好きでしょ? うちだってそうだったから分かるわよ」
そう言いながら私は、家主の部屋であろうドアを衝撃魔法で吹き飛ばす。
――この部屋は荒れていない、私達が今から荒らすのだ。
私はドアの周り以外小綺麗なその部屋の入口、おそらくは書斎に当たる場所の本棚をジロリと睨んでから、数冊の本を抜く。
そうしてタイトルと中身をざっと見て、廊下側へと放り投げた。窓からは、ウェヌの菜園が見えて、少し苛立ちが募る。
「ジェス、禁呪に関する資料か、本を探して頂戴。ま、こんな本棚には隠されてないでしょうけど。そうそう時間はかからないはずよ」
こんなものは、今まで通り私が思うゲームのメタを信用してしまえば良い。このルートはおそらく、ジェスのルートの派生に似た物だろう。
本来ならば彼が森でウェヌを助け、彼がウェヌの菜園で死闘を行い、そうしてウェヌと共に屋敷の中を歩くシーンなのだろう。積み上げた好感度によってウェヌは自身の姉を殺したジェスを許し、悲しみながらも共に荒れた屋敷を歩くという、緊迫しつつも互いの愛情を深めるシーン。
違うのは、その相手がウェヌでは無く私だという事。それにブラウンとクロがいるという事。
私とジェスはフラグの立ちようもなく、ほぼ確実にウェヌとジェスの間にあるフラグも折れているはずだ。仲良くなる隙を与えたつもりは無い。
それに、世界の思惑の一端を担わされていると知ったジェスも然り、そうしてウェヌも然り、あえて距離を取りそうな性格だという事も、理解していた。
だからこそ、これは私達有利に動かしているシナリオだ。そう願いながら、私は本棚の中の本をポンポンと投げ捨てて行く。
「ニ、ニア殿、流石に何も見ずというのは……」
この状況でもし何か見つけるとしたならば、おそらくはジェスの行動が起点となるはず、と踏んでいた。
だけれどポンポンと本を放り投げていると、あからさまに怪しげな取っ手を本棚の奥に見つける。
私は此処までザルなものかと溜息を吐きながら、ジェスの方を振り向きながら取っ手を引いた。
「はぁ……嫌になるわねほんと。隠し部屋ですって」
「よ、よくご存知で……」
「よくもまぁご都合良くあるものね……」
本棚の後ろに扉があったのだろう。少々重かったけれど、本棚はギィと音を立てて、その奥に小部屋があることを私達に教えてくれた。
「感知魔法か何かの類なのですか?」
不思議そうに私を見るジェスの顔を見て、私は自嘲気味に笑った。
「あぁ……まぁそうね……魔力を使わない魔法ってのも、あるのよ。信じられないでしょうけど」
メタを読むという行為は、この世界で私だけが使える魔法のようなものだ。
しかし、そのゲーム的なメタも、この世界の元々の想像力の弱さからか、そろそろ雑な物になっている。
禁呪についても、おそらくはウェヌに関しての記載は充分過ぎるほど揃ってはいても、人を魔物に変える禁呪についての情報は少ないだろうと予測していた。
本棚の向こうの小部屋は小綺麗で、特に怪しい気配こそ無かったけれど、逆に言えばそれ見たことかと言わんばかりに、机の上に何通かの手紙と、書類のようなものが置いてあった。
「それが、多分目的でしょうね。手紙は……開封済みだけど、この印章は……」
「我が国の物ですね。国との関係が……?」
マイロが王城へ向かうと言った時点で嫌な予感はしていたけれど、やっぱり私達は国賊になるのだろう。軍勢と大立ち回りをする力なんてこちらには無い。
確かにジェスは強い騎士に見えるけれど、それにしたってこの国最強の騎士なんて称号なんてものがあるならレイジニアの記憶にも残っているはずだ。
「あるみたいね。貴方が森に来る前、この家を滅茶苦茶にした首謀者は王城に向かうって言っていたから、嫌な予感はしてたのだけど……はぁ……」
私はいくつかある手紙の中身を読んで、溜息を吐きながらジェスにその手紙を渡す。
「知ってた? この話」
「……ッ?! いえ……」
その手紙は、『"約束通り"に禁呪の娘を王子に娶らせ、戦争の手駒にする』という内容だった。
「ちなみにこの手紙に乗ってる王子ってのは、勿論長男よね?」
「えぇ……この際ですので言うならば、我が王と共に隣国への侵略を考えているのが長男のオリヴァー様と三男のアシャー様、それを阻止すべく立ち回っているのが第二王子のアポロ様です」
アシャーという名前と、その顔には覚えがあった。記憶として、私がレイジニアになる前に面識がある。定期的に仲睦まじく談笑している様子が記憶にあるけれど、感情までは分からない。
「アシャー……か。ということは、ウェヌと会ってるのはアポロ王子でしょうね」
この際アシャーの事なんか呼び捨てで構わない。不敬罪など知ったことではないのだ。どちらにせよ王城にいる人間の殆どが敵なのだから。
「よくご存知でしたね、私はアポロ王子の直属の騎士なのでウェヌ殿の話は何度か……」
都合が良いのか悪いのか。
やはり色々な展開がごちゃまぜになっているのだろう。
アポロ王子とジェスのルートが一体化しているような気もするが、この線だとアポロ王子のフラグを折る必要があるかもしれない。
「まぁ、貴方はその王子の令で森の見回りをしてたってとこが妥当でしょうね。そうして私はアドルフと……」
そうして、この世界の『悪役令嬢レイジニア』は『悪役王子である三男坊アドルフ』と婚姻やらをして、共にウェヌの前に立ち塞がり、更にその上の長男であるところのオリヴァーとの戦いへの前哨戦にされるのがオチなのだろうと、散々悪役令嬢が負ける雰囲気を知ってゲームのスイッチを切ってきた私の勘は働いていた。
「前哨戦ね……ムカつく采配してくれるじゃないの……」
おそらく私が言った通り、ジェスはアポロ王子の令で森の見回りをしていたのだろう。驚きつつ、続いた私の言葉に少し不思議そうな顔をしてから、改めて手紙に目を落として、顔を曇らせている。
「ウェヌの禁呪は傷の肩代わりのような物、一人の強者……例えば第一王子のような象徴の影に潜ませて隣国へと攻め入るには持って来いでしょうね。それに何度致命傷を受けても同じ強者が無傷で現れる事でプレッシャーにもなる。考えたものね、憎たらしい」
「防がねば、ならない事です。それに、私だって罪無き者を、この手で殺している」
その言葉は、彼自身の正義であり、贖罪なのだろう。
彼はマイロの禁呪により魔物に変えられていた大狼を殺した、つまり彼の中では、彼自身もまたもう既に大きな世界の策略の渦に巻き込まれているのだ。
「アポロ王子と上手く合流する事が、目標かしらね。当てはある?」
もし今私達がいるシナリオがアポロ王子の物に沿っているなら、ジェスは心強いサポート役に回ってくれるはず、ただし彼もまた理不尽な世界の運命に囚われた人間だ。動向にはチェックしなければいけない。身を挺するなんてベタな事を、させてはいけない。
考えているジェスの言葉を待つ間に、幾つかの書類や手紙にも目を通したが、やはりマイロが使った禁呪については詳しい記述が無かった。ザル設定というヤツなのだろう。ただし対抗策として何かしら考えて置かなければいけない。レイジニアの知識を総動員して、私達は私達として一人も欠けない方法を考える。
「禁呪を防ぐ方法……か」
思いつく事は何も無い、けれど抜け穴が無いなんて事はないはず。
私が次に取るべき行動を考えつつ、ジェスの顔を見ると、丁度彼は何かを思いついたようだった。
「このタイミングで王子がもし、何か危ない状況であるならば、王城より西の砦に身を隠している……かと。この場所からはそう遠くありません」
「なら、そこね」
即答すると、ジェスはキョトンとした顔で、驚きを隠せていない。
――だって貴方がそこだって言うなら、いるのよ、そこに。
そんな事は言えないままに、私は肩を竦めた。
数歩歩いて、ふと私は思い立ち、私に付いて部屋を出ようとしていたジェスに声をかける。
「そうだ。国の印章が付いた手紙は貴方がまとめて持っておいて、証拠として」
「ニア殿が持っていた方が効力としては強いのでは? 私では間者を疑われかねません」
それもそうなのだけれど、私は私なりに、この世界の嫌な所も、そうして馬鹿な所も、更に素直過ぎる所も理解している。だからこそ、彼が持っているという事で、おそらくアポロ王子と、ウェヌ達の合流は上手く行くはずだ。
「私はちょっと野暮用がね……だからジェス、皆を頼むわよ」
そう言って私は彼に手紙を手渡して、彼の目をじっと見つめる。
彼が強く頷いて、その手紙をしまい込むのを見てから、私達は外で待っている仲間達の所へと、戻った。
もう二度と戻らない、誰も戻る事の無いであろうこの家の、一瞬で廃墟と化してしまった穢れた床を、踏みながら。




