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第二十二話『長ったらしい名前で呼ばれるのが嫌いだ』

 思い切り空を飛ぶ、クロ(ともだち)の手をギュッと掴みながら。

 宙返りだってしてやろう。私の人生はつまらないジェットコースターだったんだ。

 じわじわと昇って、昇って、昇って、緩やかな下り坂に、風すらまともに感じられないような、子供も喜ばないようなジェットコースター、それが私の人生だった。

 

 そのまま、緩やかな下り坂の途中で命を落としたのが『いかり二朱にあ』というくたびれていた、ボンクラの私。

 そうして、急に望んでもいない超高速のジェットコースターに乗せられて、振り落とされないようにしがみつきながら、風を手で続けたのが『レイジニア・ブランディ』としての私。


 最後に、たった今。握った手のひらから熱を感じて、楽しげな声すら聞こえてくる。

 そんな、『碇二朱』と『レイジニア・ブランディ』の二面を受け入れた。私と私が作る運命を斬り裂いていく『ニア・レイジ』というジェットコースターは、あっという間にディーテ家の入口まで辿り着いた。

 

 楽しいアトラクションの時間は終わり。だけれど開園の合図は今この瞬間から、改変の戦いはその次の瞬間から。

 私はディーテ家の呼び鈴をグーパンで思い切りぶん殴る。

 壊れない程度の加減はしているけれど、私はちゃんと怒っている。


 この、本当に大嫌いな運命に、とてもとても、怒っている。


「ど、どなたでしょうか?」

「ニア・レイジ。随分強張った顔だけれど、私の顔くらい分かるでしょ? ウェヌの友達が"遊びに来たの"よ」

 いくら姿を変えても私の顔くらい、知っているでしょうに。ただ、名前に違和感を持つ余裕は無かったようだ。だけれど私は確かに、家柄として強い力を持つ『ブランディ』を名乗らなかった。

 怯えた男は私の姿を見て困惑した様子でもう一度名前を尋ねてきたが、胸を張って『ニア・レイジ』と名乗った。


――世界に、この名前を宣言するように。


 男は私の顔と名前でやっとピンと来たらしい、この家はボンクラを雇うのに長けているのだろうか。とはいえこの男には見覚えがない。門のすぐ側にいて、鞘におさめた剣なども持っているということは、いつのまにかこの家にも門番なんてものを雇ったらしい。

 展開が動いている気配が強まっていく。変化は、この世界での重要なヒントだ。

 

 旅人を招き入れる。その行為はディーテ家にとって、どうやら門番を雇って外を警戒する程度には気をつけるべき事らしい。その人がウェヌとのフラグとして重要かというよりは、ゲーム的な展開として必要な人物のように思える。


 ウェヌに施された禁呪について、旅人が何かしらの知見を持っており、その為に呼ばれたというのが無難だろう、か。そうしてウェヌと関わる内に情が湧き……そんな運命であるならば、出会いこそあっても、実際のフラグが立つのは遅い事も大いにあり得る。

 前来た時よりも物々しさを感じるディーテ家の雰囲気に、その予想の確信が強まっていく。


 どうあれ、やはり今回の旅人はウェヌの禁呪関係の人間だ。

 ならば先に会うべきは、どちらだろうか。

 

 ディーテ家の秘密。それを外部の人間が知っているという事で場をかき乱すか。

 それともウェヌに対して向き合って、彼女という人間が世界の運命に抗う事に期待するか。


 現状として、目先の利益を取るならば前者だ。ウェヌの禁呪についての問題が有耶無耶になったならば、私の目的は同時に二つ達成される事になる。名も知らぬ旅人のフラグを折り、ディーテ家の不正も暴く。もし、まだその旅人とウェヌが強く接触していないのだとするならば、それもおそらく可能だろう。


 だけれど、未来を考えるならばウェヌと向き合って、彼女が真相を受け止める事に期待するべきだ。彼女自身の意思によって禁呪や運命に抗い、私がこの世界の真実を教え、受け止める事によって自分の運命が操作されている事に気付き、自分自身で選択出来る人間になって貰う。ウェヌを想うならば、彼女について正しい光を持つ未来はそこにしかないように思える。


 きっと、『レイジニア・ブランディ』の色を強く引き継いだ私であれば前者を選んだかもしれない。

 強引に、力に任せて何もかもぶち壊しただろう。もしかすると私でなくとも、レイジニアの元々の性格からすると悪役令嬢の大立ち回りなんて、面白い展開もあったかもしれない。

 

 きっと、『碇二朱』の色を強く引き継いだ私であれば後者を選んだかもしれない。

 実際に今までがそうだったのだから、彼女の妨害と称しながらも、結局は彼女を想ってしまう。

 だって、彼女は友達だ。理由こそ不純で、優しくはないものだった。だけれど彼女は優しかった。


 だからこそ、私は今此処にいる。


『レイジニア・ブランディ』でも、『碇二朱』でもない、我儘な『ニア・レイジ』が、此処にいる。


――我儘な私は、前も後ろも、両取りする。

 ただ、その順番が前後するだけの話。前者も後者も、両方今日のうちに片付ける。

 だけれど、どちらを先にすべきかは考えるべき事だ。旅人についての情報を得てからウェヌに近づくという安定している手段、その場合は彼をこちらがわに引き込めるかもしれない。

 そうでないにしろ、ウェヌの現状については理解出来るだろう。だけれどそれを簡単に通してくれるような家でも無いだろう。あのウェヌの姉……名前はなんといっただろうか。あの人の強い目つきを良く覚えている。


 だから、とりあえずはウェヌに賭ける。私が彼女と向き合い、彼女が世界と向き合ったならば、やっと私は、主人公と共に世界と戦える。

「クロ、ブラウン探して来て貰える? 適当に事情も教えて連れてきて頂戴」

「ん! ニア様一人でだいじょーぶか?」

 相変わらず、この子は私が誰であろうと、生意気に笑っている。

「舐めるんじゃないわよ。これでもアンタより、ずっと長く生きてんだから」

 実際のクロとの年齢差は三歳がいいところだろうけれど、元々の私の年齢も加味すればニ倍とは言わずとも、十歳近い差があるはずだ。

 不思議そうなクロを尻目に、私は笑う。

「ニア・レイジはそういう女なの。クロも慣れてよ?」

「んー……でもまぁこの方がニア様っぽい! お高くない方が好きだぞ!」

 嬉しい事を言ってくれるような、少々馬鹿にもされたような。それでもまぁ、この子はこういう子だ。手札は多ければ多い程良い、この屋敷で戦闘になる可能性だって無くはない。


――だって私は、もう既に令嬢なんかじゃないのだから。

 暴れまわった所で、家柄に傷はつかない。

 逆に言えば、何かされた所でブランディ家が文句を付ける事も出来ない。

 

 私はもう『レイジニア』という力と記憶、容姿だけを持っているだけで『ブランディ』としての家の加護は失っている状態なのだ。

 それは、あえて提示すべき事だと考えている。だからこそ私はあの門番に、このゲームを元にした世界の、バグとしての名前を名乗ったのだ。

 

 これからウェヌにも驚かれるだろう。それでも構わない。

 だけれどあの子なら、驚くだけで納得はしてくれると、信じたい。


――信じたい、信じたい。私は、信じていたい。


 彼女がいる場所は、きっとあの場所だと理解していた。

 部屋に呼ばれた事は無い。聞けば教えてもらえるかもしれないが、その時間も惜しい。


 今はもう、クロとブラウン、今此処にはいないけれどノア以外は全員敵のようなものだと考えていいだろう。要は私が世界に課せられた運命を壊した相手と、元々世界に見向きもされなかった人間、その人達以外は全員世界の干渉下にあると思って良い。


 この世界もきっと、最初は私が『レイジニア・ブランディ』よりも世界を盛り上げる悪役になってくれるのだと、そう思ったのだろう。だからこそ、私が選ばれたのだと、今ならそう思う。

 だけれどその目論見は外れて、私が想定外の動きをし始めた。だからこその妨害と、私への排除、そうして『レイジニア・ブランディ』と『ウェヌ・ディーテ』への介入だったのだと思う。

「ふふ、貴方の世界に、『ニア・レイジ』なんてキャラクターはいない」

 悪役令嬢の顔負けの笑顔が、庭園へと続くドアのガラスに反射する。


――さぁ、私は、これからこの世界の本当の悪役として立ち回ろう。


 ガチャリとあえて大きな音を立て、庭園へのドアを開けると、向こうで驚いたように跳ねるウェヌの姿があった。

 一目で私だと気付けなかったのだろう。やや怯えた様子で、少しずつこちらに近づいてくる。

 こういう所はなんだかんだ変わらない。だって彼女が正しく主人公として目覚める瞬間はきっとこれから先なのだから。

「そう驚く事は無いじゃない。ニアよ」

「ニア……様?」

 ウェヌは目を丸くして、私の格好を見ている。


 綺麗だと言われた長い黒髪は、バッサリと切り落とし、灰被りのような色。

 宝石があしらわれていたような今まで着ていたドレスは、今じゃこの世界の庶民でもあまり着ないような、ドレスにしては粗雑で、薄い黒を基調とした物だ。これを買うくらいならばもう少しお金を溜めて良い物を買う呼ばれそうな、薄く安い生地で作られた、私にとっては着心地が良い材質の物。

 そうして、レイジニアは目が良かったが、現実の私は眼鏡をつけていた。

 だからこそ、私が私であるためのパーツとしての、伊達メガネ。


 そんな姿は、彼女にとってどう映っただろうか。

 駆け寄ってくる彼女の表情には、困惑が浮かんでいた。

「どう、なされたんですか?!」

 一昨日、大雨の中であんなやり取りをしたのにも関わらず、気まずさのようなものを感じさせないで彼女は驚きながらこちらへと走ってくるのだ。それはつまり、今の彼女に、あの瞬間の記憶が無いとも考えられる。彼女の性格なら、困惑だけではなく、気まずさを抱えて、一目散にこちらに走ってくるような事は無いだろう。少なくとも、私が知っているウェヌなら、あんなやり取りの後に、こんな私を見たならば、まずは泣きそうな顔をする。

 

「貴方が、あんな事を言ったから」

 だからこそ、私は彼女の中にいてはいけない、彼女を呼び出す為の挑発の言葉を吐き捨てた。 

 私の強い口調に、彼女が一瞬ピタリと表情を止め、かと思えば泣きそうな顔へと変わった。

 


――まるでその顔が、必要な時の為に用意でもされていたかのように。


「レイジニア様……」

 おそらくは、この表情の切り替わりのタイミングで、彼女はまた干渉を受けたのだろう。

 最初は『ニア様』と呼んでいたのに、分かりやすい話だ。だからこそ彼女の中では、まだ私は『レイジニア・ブランディ』であり『レイジニア様』なのだ。

 だから本当に分かりやすい。世界が必死に抗っている。

「違うわ」

「何が違うのでしょうか?! あんな話をした後にこんな! 当てつけのような仕打ち、あんまりではないですか! 私を弄んで……!」


 少し、頭に来た。

 おそらくこれは、本来の『|レイジニア・ブランディ《悪役令嬢》』に向かって、ウェヌが抵抗する時の台詞か何かなのだろう。

 だけれど、その『弄ぶ』という言葉に、私はカチンと来てしまった。

「私の友達を……」

「なんですか?! あんなに信用していたのに! こんな……こんな……」

「私の友達を、弄んでんのはアンタでしょうが! 私はレイジニア様なんかじゃあない! "ニア"という名前の、貴方の友達よ!」

 その言葉に、また彼女の表情がピタリと動かなくなるが、それでも私は言葉を続ける。

「ウェヌ、私を見なさい! 聞くのは私の声だけで良い!」


――泣きそうなまま、止まった顔の彼女に、言うべき言葉。

 

「私の事は『ニア』で良いって! 初めて会った時に言ったでしょう?! ウェヌ! 覚えてるでしょ! 気づかなかったかもしれないけれど、あの時から私達は……友達だったのよ!」

 それは、初めて私達が出会った時のやり取り。

 彼女が『レイジニア様レイジニア様』と長ったらしい名前を呼んでくるのに辟易して、『レイジニア』が呼ぶはずだった『ウェヌさん』という呼び名が『ウェヌ』になった日の事。

 そうして、ウェヌが呼ぶはずだった『レイジニア様』という呼び名が『ニア様』になった日の事。


――それは、私が気付かない内にしていた。世界の改変の始まりだった。

 私の必死に呼びかけに、彼女の泣きそうな顔から、ゆっくりと涙が溢れる。

「あれ……なんで? 私……泣いて。ニア……様?」

「はぁ……本当に、本当に弄ぶのも大概にしろってんのよ」

 ウェヌは涙を流していたが、その涙はきっと血の通った涙だ。


 きっと、私の言葉は届いた。一時的かもしれない、それでもウェヌの心に、入り込む事が出来た。

「弄ぶ……?」

 その証拠に、自分の言った言葉にもピンと来ていないようだ。

 だからこそ、あの日の彼女の私への問い詰めも、今の彼女の記憶には無いのだろう。

 私が自分の自意識と違う事を考えていると自覚出来たのは、この世界の人間じゃないからなのだろうか。理由はいくらでも思いつく、だけれど重要なのは私がそれを打ち破り。


 そうして、彼女にも今から打ち破ってもらわなければいけないということだ。


「ウェヌ、とても、とても大事なお話があるの」

 その言葉に、彼女は自分の着ている、少しだけ前よりも高級そうなドレスの袖で涙を拭く。

 今の私は、それを叱り、ハンカチを出してあげる事すら出来ない。だって私、持っていないのだもの。

「はしたないからハンカチくらいは持ちなさい。それに庭仕事にそんな服着るのは……はぁ……」

 言いたい事は沢山ある。沢山あるけれど。

「私の事は、絶対に『ニア』と呼んで。もう様もつけなくてもいいわ。まぁそこは好きにしていいけれど、ニアと呼ぶ事だけは絶対に約束して。レイジニアって呼んだら、その度に怒鳴りつけるから、そのつもりでいてね」

 彼女は少し困惑の表情を浮かべながら、コクリを頷いた。


 私がレイジニアであるという認識を、彼女から消す。 

 この格好は、その為の物でもあるのだ。


――さぁ、本当の私を、この子は受け入れられるだろうか。

 とりあえず一旦、ある程度は世界が私達を邪魔する事は無いはずだ。

 だけれど、逆に言えば世界に邪魔されずとも、元のウェヌが納得してくれなければ、それこそ世界に上手く取り込まれて終わりになる。

 不信感の増幅、この姿の時点である程度の困惑は与えているのだ。彼女に不信感を抱かせて、私が彼女にとっての『悪役』になってしまえば、世界にとってのバグになった私は、改めて『世界の悪役』ではなく『ウェヌの悪役』としての役割と持ってしまう。


 だからこそ、ここがスタート地点。

 私が一人の友達を得るか失うかの、大事な大事なお話のはじまり、はじまり。

 気に入らない世界に対抗する為の、大事な大事な戦いのはじまり、はじまり。

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