第十三話『余計な口出しが嫌いだ』
夜更けも夜更けに、月明かりが私達四人を照らしていた。
使い物にならなかった金髪の騎士、見れば碧眼。人気キャラクターだったんだろうなと思わせる風貌に、少し笑いが出た。
そうして主人公は魔物の出る森に何の用だか分からないけれど飛び出すおバカ娘。
そうして使い物になるどころの騒ぎでは無いくらい有能に育ち始めている私の専属メイドと、溜息をついておバカ娘ことウェヌを立ち上がらせる私こと、ヒーローから見た無意識的な悪役令嬢。
やっていることは正しいのかもしれないけれど、残念な事に騎士様にもウェヌにも幸福な恋愛などさせてあげない。一貫して、やはり意地が悪い自分に辟易しそうになりながらも、私は一つ一つ状況を整理していく。
そもそも、ウェヌからすれば私がこの場所に現れた事自体が不思議なはずだろう。おそらくそれを不審がるような性格はしていないだろうけれど、それでもまず必要な説明が一つ。
そうして私と共に現れたクロの存在、これは私の専属メイドとして挨拶させてしまえば良いけれど、口調が不安だ。ウェヌはともかく、この騎士の階級によっては少し面倒にも成り得る。
最後に一番面倒なのは騎士への説明だ。一応はこの時間帯に私達のような年齢の娘が魔物がいる森を歩き回るというのは、散歩をしていましたでは済まされない。
刑罰という事は無いにしろ、お叱りを受けるのはどうにも癪だ。
いくら無様に獲物こと魔物、ついでに主人公との素敵な出会いのイベントを私達に刈り取られたからと言っても、騎士は騎士、私達とは立場も違えば、年齢も上のちゃんとした大人だ。
一言言われても良い物だろう。何か良い案でも無いだろうか。そんな事を考えているとクロが突然楽しげに笑いながら騎士の肩をジャンプしてポンと叩きながら、その勢いのまま騎士の肩に力を込めたのだろう。宙で一回転して、私の隣に並び立つ。御作法としては良くないが、スカートが捲れないあたり彼女も中々の強者だと思った。
――そう、簡単に見せてなどやらないのが正解なのだ。
くだらないことかもしれないけれど、そんなサービスをさせてやるものか。
しかもクロは年齢としては私達よりも幼い。この世界がとりあえずゲームを元に創られたリアルであったとしても、メタ的な話、年齢制限どころか発禁がかかる。
その辺りはゲームを元にした世界だからなのか、クロという一人の本来存在していないキャラクター、というよりも一人の人間の力なのかは分からない。
「にししし、にーちゃん、遅えなあ」
考える事ばかりしていると、クロが話を動かし始めてしまった。少しまずいかもしれないと思いながらも、騎士は相手が魔物では無いとは言え、年端もいかない少女に今の行動も含めて出し抜かれたと思ったのか。少し悔しそうな顔をしてこちらを見ていた。正直小気味が良い。
「コホン……とにかく無事で何よりです」
「そりゃーニア様が……」
何かまずい事を言う気がすると思った私は、焦ってクロの頭に手を付けて無理やり一旦お辞儀の格好を取らせる。そうして耳元でそっと「一応目上よ」と呟いた。
「あー、あれなー……」と少し不満気にクロは小さく呟いた後、彼女は少しキリッとした顔に切り替えながら顔を上げ、スカートの裾を軽く持ち上げながら足を引き、いわゆるカーテシーの体制を取った。
「わたし……はリア様の、お、お付きですから」
及第点には届かない程度の、取り繕いだが気持ちみたいなものは伝わったのだろう。
「私のメイドがご失礼を、騎士様。まだ年端も行かず、少々じゃじゃ馬でして」
「いえ、構いません。素晴らしき対応能力、感服致しました」
言葉自体は丁寧な物ではあるが、納得はしていない顔、それもその顔が三つもあるから堪らない。
「よく出来たわねクロ、帰ったらそうね……お肉でも頂きましょうか」
私はそう言いながらも、もう既にカーテシーを辞めているクロに頭のなかで『もう!』と思いながら、それでも彼女の頭をそっと撫でる。
――納得した顔が一つ。
ウェヌは未だに状況が掴みきれていないようだったから、騎士への説明も兼ねてまずは私達の理由をでっちあげる事にした。
「ウェヌも偶然、だけれど何こんな時間に出歩いているのよ! 私達が見回りをしてなきゃ死んでる所じゃない! 月が明るい夜は魔物が活性化するって話くらい常識でしょうよ!」
実際、どの程度の活性化があるか、魔物と出会ったとして勝てるかどうか、少し怖い部分もあったのだ。元々のレイジニアは自信過剰な部分があったみたいだけれど、その中にいる私はそういうわけではない。
知識として持っていた物ではあっても、クロの実力を何となく信用していても、レイジニアとしての知識や私としての実戦を積んでいても、これだけ月が明るい日は、私がこの世界に来て初めての事だったから。
「ふぇ、ご、ごめん……なさい……。月灯花は、今日みたいな日じゃないと……」
少し泣きそうな顔になりながらも、彼女は彼女の理由を述べる。言い訳ではあるのだけれど、何か理由が無ければこんな日に外には出ないのは間違い無い。怒るポーズは取りながらも、傍で聞いている騎士にも分かるように理由を引き出す。
月灯花はその名の通り、月の灯りが強い日にだけ咲くそこそこ高価な花だ。だけれど、彼女が求めるという事はそもそも単なる花という側面以外を持ち合わせているのだろう。
――紅茶、か。
騎士はピンと来ていない様子で、何か口を挟もうとしているのが見えた。
私とクロの強さはその目で見てこの森を歩いても問題無いと判断したのだろうけれど、ウェヌについては責めて然るべきだと判断したのだろう。
だけれど、そんな事はさせてやらない。
「月灯花……なるほどね。それなら次から私を呼ぶ事。付き合うわ。必要なんでしょ。"勉強"に」
「べん……きょう……?」
「勉強でしょう。だって貴方は植物についてアレだけの知見を持っているのだもの。だけれど危険な事はしない事。いくら騎士様が巡回していたって、間に合わない事があるのだから。ねぇ騎士様?」
余計な口出しは嫌いだ。だから彼はもう、私が許した時に話せば良い。
一度の失敗を私は決して見逃してなんてあげない、特にヒーローの失敗は、尚更だ。
「面目ない話ですが、仰る通りですね。今後はより我が身を律してゆきます……ええと」
「レイジニア。レイジニア・ブランディよ」
名を名乗るのもあまり良い気分では無かったけれど、この場合はとりあえず円滑に進めた方が間違い無い。クロの施設の件もある。ヒーローとしては落第だとしても、うちで剣をフリ続けている取り込むに越したことは無いのだ。
「ブランディ家の御息女でありましたか。私は王国騎士、ジェス・ブライトと申します」
挨拶はいらないのだけれど、とりあえず無能騎士ジェスという名前は頭に留めて置こうと思った。ブライトなんて格好良い名字しやがってと思ったのは流石に思うのも申し訳なかったけれど、そのあたりは仕方ない。それ以上に王国騎士という立場は利用出来る。それに私の事も知ってはいるようだ。流石ブランディ家。お家柄に感謝したい。
「あら、私をご存知? それは嬉しい限りです。夜の森でまた出会うかもしれませんわね、その時はどうかお助けくださると幸いですわ」
――完全な嫌味ではあったけれど、もう一つ納得した顔は増えたようだ。
というかこれを嫌味だと取らないあたり、しっかりヒーローしてるなぁと少し感心してしまった。
彼はなんというか、純真みたいな物を持たされたキャラクターなのだろう。
そうして最後に、おそらくは自分に納得していないちょっと涙ぐんだ顔を治してやらなきゃいけない。
「貴方の才能は理解しているし、私もちゃんと評価している。けれどね、本当に危険な事はしないでちょうだい。貴方の不注意で貴方が死んだとして、私は何を思えば良いっていうのよ。助けくらいなんてこと無いわ。月の夜には連絡しなさい、これは約束で、命令よ」
できる限りの優しい言葉のようなもの。だけれど本音ではあった。
死なれるのは流石に罰が悪いどころの話ではないし、私とクロが力をつける為の戦闘訓練だと思えばそれもまた一興だと考えただけ。
それでも、ウェヌはいたく感動してしまったようで、ポロポロと涙まで流し始めた。
「お嬢様、こちらを……」
「使いなさい、ウェヌ」
無能騎士が出しかけたハンカチよりも先に、私は懐に入れていた少し高級なハンカチをウェヌの顔にそっと押し当てる。それを見て騎士はそっと手を引いたのを見た。何にせよ理解があるのは、やはり助かる。この騎士は無能ではあるが、空気は読めるようだ。そもそも悪い人間では無いのだろうという事も分かった。ただ、それでも主人公であるところのウェヌと恋愛フラグなど立たせてやるものかとは思っている。
ウェヌは騎士の言葉には気付かずに、私の手を取りかけて、そっとハンカチの先を摘んで、涙を拭いた。騎士に目で合図をすると、彼は頷いて「それでは、帰りもお気をつけて」と馬にまたがって夜の森に消えていった。巡回自体はまだ終わったわけではないのだろう。
クロが「じゃーなーキシサマー!」と行った時に一瞬馬からずり落ちそうになっていたのが少し面白かった。というよりクロもこの会話の最中静かにしているあたり、だいぶ空気が読める子で、私は嬉しい。
しかしまぁ、空気を読んでこの場を去った騎士ではあるが、私達を安全な所まで送り届けるのが役目だとも思うのだけれど、そのあたり抜けているのが無能騎士たる所以なのかもしれない。もしかするとこういう所が、ゲームとしてはイベントとして後々使う予定の設定だったのかななんて、メタな事を考えていた。
流れていたウェヌの涙は、自責の念というよりは、私の言葉による感動が強かったのだろう。だからか思ったよりも早めに泣き止んでくれたが、その顔はまだ少し暗い。感動の後に残ったのが自責の念だからなのだろう。彼女が色々とやらかしているのは紛れもない事実だ。
「これ、汚してしまって……」
「いいわよ、あげる。その代わり綺麗にしていつも持っていなさい。使う度に危険な事をしないって約束を噛み締めなさい。忘れないようになるまで」
我ながら少し面倒な契約のような物をしてしまった気がするが、それもまぁ仕方がない。
彼女に下手に動かれるのがこちらとしては一番困るのだから。
――そうして、やっと納得した顔が揃った。私も含めて。
ただ、ちょっとだけ不思議そうな顔が残る。
「それで、その子は?」
あぁもう、面倒だなぁと思いながら、私は苦笑して、カーテシーをしようとしたクロに「この子にはしなくていいわよ」と言って、クロの、またウェヌの友達にも成り得るかもしれない二人を、正しい場ではないものの。出会わせてあげられた事に少しだけ喜びを感じていた。
「んと、わたしはニア様のお付きの……」
「それもいいの! とりあえず花ぁ取りに行くわよ! 自己紹介は歩きながら!」
とりあえず二人目のフラグは立たずに済んだ。それに安心したのか、少しだけ高揚している自分がいる。
だからこそ、そんな私の横暴さに、ちょっとだけ納得いっていなさそうな二人の顔を見ても、でもそれはまぁいいかなんて事を思いながら、私達はウェヌの案内の元、月灯花の場所へと歩く。
二人を後ろから見守る月灯りの下。私は周りの様子を伺いながらも、少し楽しそうに自己紹介し合うクロとウェヌの様子を一番伺ってしまっていた。




