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第十話『猫が結構好きだ』

 通された部屋、というよりも簡易的な牢屋のような部屋の、粗末なベッドの上で黒髪の少女が蹲っていた。毛布に包まれてはいるが、顔ははっきりと見えないが、うつむくそのまつげは長く、髪の毛は短いが整えればいいだけだろう。何よりも小柄なのが気に入った。


 私は案内してくれた受付嬢に部屋の鍵を貸して貰い、部屋で二人きりにしてもらう事を許してもらった。

「なかなか凶暴な所がありますので……、どうかご注意を……」

 去り際に受付嬢がボソリと呟いてから、お辞儀をして扉を締めた。というか受付嬢が受付を離れていたのはいいのだろうか。なんてことは置いておくとして、彼女が呟いた事の意味はベッドの上の彼女の手につけられている手錠でなんとなく理解が出来た。

「面倒だからこの際ハッキリ言うわ。今日、私は貴方を買うつもりで来てるの。だからって媚びずに答えて。貴方……言葉は?」

「ばかにすんな……わかる」

 少したどたどしいが、言語はオーケー、意思疎通も取れそうだ。

「口の聞き方は分からない、と。この部屋に何か監視や盗み聞きの魔法がかけられているなんてことは、分からないわよね?」

 私はあえて少女の耳元で呟くと、少女はやっと顔を上げてニヤリと笑った。

「口の聞き方は分かるけどしない、どうせ私は救われない。ドアノブにカメラ、魔法はないけど盗聴はされてる。この音量が限界」

 生意気な事を言う子だなんて思いながら、理解も早い事に喜んでいる私がいた。


――というより、顔が凄く良い。童顔、きちんとすれば無垢にも見える。

 この子は、出来れば円満に購入したい。私はそういう趣味ではないけれど、この子程の容姿であれば何にしても使いやすいのは間違い無い。潜入一つとっても、容姿が良いというのは得だ。


 私は彼女が言った盗聴用の装置を見つけるより前に指をパチリと鳴らして、この施設全体に音魔法でノイズを入れた。これだったら単純な動作不良でバレずに済むだろう。

 そうして私はドアノブを背に立ち、やっとこの子と対等に渡り合えるというわけだ。

「口の聞き方はさておいて、改めて率直に言うわ。貴方を私の護衛と、汚れ仕事に雇いたい。待遇は保障するわよ」

「……うさんくさい」

 慎重……というよりも人嫌いの傾向かもしれない。

 けれど二つ返事で飛びついてこられるよりかは良い気がする。


「じゃあまず私の素性、ね」

 私はあえてフードを外し、少々地味目ではあるものの、ちゃんとした服装と、しっかりと顔を彼女に見せてきちんと挨拶をする。

「初めまして、私はレイジニア・ブランディ。まぁ……とある名家よ」

「こんなところじゃ、なのれないくらい?」

 そうして、名乗る事であえて弱みを見せてみる、それに嘲笑う彼女がどうにも可愛らしく見えた。

「かも、ね。それで、貴方の名前は?」

 そうして、怒りを買おうとしてみた。だけれど、彼女の反応はやや意外だった。

「……ない」

 この印象だと怒って手錠をつけたままでも毛布の一つでも投げられるかと思ったけれど、そんな事もなく悲しそうにうつむくだけだった。

「なら、名前をつけてあげる。私の所に来なさい。()()

 この子なら磨けば光るかもしれない。そうなれば使い勝手が良い。名前も無いから世界からの干渉も薄いはずだ。おそらくではあるものの、このイベントは本来起こり得ない物のはずだから。名前がついているかついていないかの違いで、レイジニアが悪役として名無しの少女を買うイベントがあったならお手上げかもしれない。

 それでも、名前をつけるという事に、きっと意味があるのだと、私は思った。

「クロ、クロ……。色の名前」

「いえ、色もそうなのだけれどね……」

 そう言うと、彼女は丸い瞳でこちらを見ながら首を傾げる。その仕草が、そんな仕草が、私が部屋に入った時からの立ち振舞いが、まるで猫みたいだった。だからクロ、ブラックじゃあなくて、この子はクロだと思った。けれどそれは愛着からの話で、こんなところでそんなことを言うのはあんまりだ。私は家畜を買いに来たわけじゃあない。仲間を探しに来たのだ。


 何より、何より一人でもこんな施設からは出してあげたいという、そんな気持ちが勝りかけていた。



「いや、まぁ……色の名前って事でいいわ。どう? とりあえずこのクソッタレな施設から出るってのは?」

 そう言うと、彼女は少し驚いた顔をしてから「ししし……」と笑った。

「しし……おねーさん面白いね。ここがクソッタレっていうのはおんなじ気持ち。だからこーしょーせいりつだね。初めましておねーさん、わたしはクロ……だよ。こんどとも、よろしゅーに」

 まずはその言葉遣いからかと思うとやや疲れる未来が想像出来たが、私は彼女の手錠を魔法で解錠する。

「いーの? わたし、ぼーりょく振るうかもよ?」

「いいのよ、私には勝てないから」

 そう言うと、やっぱり彼女は「ししし」と笑っていた。


「じゃ、行きましょ。やることは多いわよ。その分、十分すぎる待遇をあげる」

 私はドアノブに軽く電気の魔法をかけて監視装置を壊す、これはただの嫌がらせだ。

 そうして盗聴防止のノイズを払うと、フードを被り直し、クロを連れて堂々と受付まで戻る。

「ちょちょ!! 困りますよお客様! 連れて来るなんて! ていうか手錠は!?」

 焦る受付嬢の前に、私は提示されていた金額を越えた金貨の袋を音を立てて置く。

「この子、貰うわ。中身数えてもらえる?」

「へ?! はい! ただいま!」


 受付嬢は何がなんだか分からないような焦り方を見せながら中身をジャラジャラと確認していく。

 必死に金貨を数えていてこちらの事は目に入っていないようなので、私はそっとクロに彼女の事を聞いてみる事にした。

「ねぇクロ、この子は良くしてくれた?」

「んーーーー、他の人よりかは? たまにお菓子とかくれたし、わるいいい人って感じ」

 印象は裏切らないというか、そんな感じの人だと思えて少し安心した。だからこそ少し多めにお金を出した甲斐もある。人一人買うのだ。一般市民だと目玉が飛び出る程度の大金が必要なのだけれど、私はそれに気持ち大目の金額を出していた。というより持ってきたお金が丁度その額だったということもあった。


「えっと……、お客様、こちら料金より多いのですが……」

「ええ、越えた分は貴方にあげる。だから貴方、今日付けでこんな店辞めなさい」

 驚く受付嬢、名前も知らないがそのうち潰すと決めた店に顔見知りがいるのは気まずい。

 私が嫌なのだ。だから金に目が眩んでこんな所で働くような彼女は、金に目を眩ませて消えて貰えると私も気が楽というもの。だけれど彼女の返答は意外なものだった。

「……いいえ、頂けません。差し出がましく思います。お買いになられたのでしたらどうなされようがお客様の自由でもあります、ですが私に渡すくらいならば、お客様のお連れの子に、良い食べ物の一つでも買ってあげてくださりませんか?」

 その言葉には、少し驚いた。これが良心というものなのだろうか。久しぶりにこんな純粋な、不器用だけれどハッキリとした純粋な良心を見た気がする。ウェヌとはまた違う真っ直ぐさ。名前が無いのも、悪くないと思える程だった。

「……そう、こんな所で働く割にはしっかりしてるのね。だったらその通りにしてあげる。良かったわね、クロ」

「しし、ねーちゃんも、受付のねーちゃんもおもしろい。おかねって大事なのにねー」

 たった今買われたばかりの子が何を言うのだと思いつつも、確かにそのお金が無ければこの子が外に出られなかったのだと考えるとそれもその通りだと思った。

「クロちゃん、ですか。もう名前があるなんて素敵です。素晴らしいお客様に出会えて良かったね」

「ん、受付のねーちゃんも、がんばってねー」

「もう、受付のねーちゃんじゃなくて、ソニアさんでしょ?」

「そーにゃった。しし。じゃあね、ソニアおねーちゃん」

 

――名前付き。

 私は一瞬の硬直の後、緊張しながら、私の人の見る目が正しい事を信じて、フードを外す。

「申し遅れました、レイジニア・ブランディと申します。ソニアさん、この子の事はお任せください」

 そう言って、彼女の耳元で、そっと呟く。

「名前、内緒にしてくださいね? 私、いつかこの施設、ぶっ潰しに来ますから」

 そう言うと、ソニアは驚いた顔をしてから、真面目な顔をして、小さくコクリと頷いた。

「じゃあねークソッタレ施設とソニアおねーちゃん!」

「そういう事言わないの!」

 とはいえ、最初に言ったのは私なのだけれど、体裁として怒っておく。

 妹が出来たみたいだ、なんて絆されるつもりはない。彼女には立派な側近になって、駒として働いて貰わなきゃいけない。天真爛漫なのは構わないが、馬鹿でいられるのは困るのだ。

「はぁ……、帰り道は、もういいか。クロ、手ぇ掴まんなさい」

 目立つだろうけれど、おそらくソニアは私の事は分からないと誤魔化してくれるだろう。そんな気がしていた。ああ見えて機転が効くように思える。そもそも名前付きの時点で、何かしらの役割を与えられているはずだ。

 ならば、名を明かすのは悪い事では無い、安易かもしれないが、仲間になってもらえるかもしれない。少なくともこの施設をぶっ潰すという方向については。


 私は風属性の高等魔法を唱えながら、クロの手を持ったまま空へと跳ね上がる。

「エンチェント……天使の羽根(エンジェルウィング)

 これで万が一手が離れても落ちる心配も無い。

「すごい……、空ってこんなのなんだ……」

 空を飛ぶという事ではなく、純粋に空という物に感動しているクロに、少しだけ同情した。

 生い立ちみたいなものが、元々名無しのモブだったこの子にとってどのくらいちゃんと存在しているのかは分からない。それでも、少なくとも空もロクに知らない子だったのだ。あの部屋には窓が無かった。人身売買組織に、まだ十代もそこそこの年齢で売られていたのだ。境遇は酷い物だっただろう。

「天使の羽根、ね」

 クロのボサボサの黒髪とみすぼらしい服装、その背中に真っ白な羽根が生えている。

 私は、その姿を見せてあげたいと思いながら、彼女の手を取って、家路に付いた。

 

 私の家についてからも、キラキラ、クルクルと目を回す彼女の手を引っ張って、私の部屋についた頃には、もう私はヘトヘトだった。クロも緊張していたのか、ずっと握っていた私の手には、少しだけ彼女からの引っかき傷がついていた。

「さぁ……頑張って磨いてあげないとね……」

 私はその傷をあえて回復魔法をかけずに撫でて、小さく笑った。

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