千波万波
【カツ丼嫌いやっぱ好き】
「……晩御飯にしよっか」
「うん」
「今日はウダウダ言わないんだね」
「気分じゃないから」
「カツ丼でいいよね? 好きでしょカツ丼」
「……」
「いっぱい食べてさ、元気だしなよ」
「…………」
「……うだみんは悪く——
「——嫌いだよ!! カツ丼なんか!!」
ピン、と張り詰めた空気はうだみんの感情の発露により決壊した。放られたTVのリモコンは壁に衝突しその役目を終え、飛び出した電池が床に転がり徐々に回転を弱める。
「ワンワ! ワンワワ!(犬)」
「うだみんねぇ落ち着いて? 落ち着いて話しを——
「うるさい!!」
キオミは一瞬お前の方がうるさいよと思ったが、さておきこのような衝突は初めてであり、震える手を強く意識した。彼女はうだみんと過ごしていると自分までも、煌めく世界に片足を突っ込んだ気になってはいるが、その実、何の努力も積み重ねない自分に歯痒さを感じて。
法の適用外のうだみんを保護する権利を与えられ、さながら一等の宝くじでも握りしめている感覚に浸り、あげく堕落を貪るハメに。
アイコが先日語ってくれた夢、それは母の元を離れ、父と暮らしたいという素朴でありか弱いモノだった。
自分は金の為にうだみんにタカルあの汚い大人達と同等の存在ではないだろうか。甘え、依存し、保護者気取りで寄りかかり自由を奪い、悦に入った大バカ者。様々な邪念がよぎる中キオミは提案した。
「じゃあ親子丼……親子丼ならいいでしょ」
「あ、いいウダよ」
(いいんだ……!?)
「ごめんよウダ、リモコンしゃん」
夢を持ち、明確にしていくには基盤が必要なのだ。それがキオミにとって、友達を作るという単純な答えである事に本人は気がついていない。
「ねぇねぇキオミ、アイコとかさっきの男が言ってた『好き』って何ウダ?」
「……うーん、その人とかその事しか考えられなくなるような……?」
なら嫌いという感情も同等の性質を持っているのではないかと、彼女は思案した。そして当然の帰結として。
「やっぱカツ丼がいいウダ」
「は? ヤダよめんどくさい」
「ウ、ウダーラ……」
【うだみん化粧水】
うだみん監修の海の有効成分を凝縮した化粧水『ホホバオビシノ』が発売した。
【ホホバオビシノのコマーシャル】
「やっぱさ! 海だよ!」
わざとらしい程爽やかなBGMと共に演者が浜辺に駆け、その足首を波際に濡らす。彼女が空を仰ぎながら目を閉じると場面は一転海中へ。昆布やらワカメやらが回転しながら登場し、にわかに粉末となり浜辺に佇む彼女の顔へ纏わり付き、緑色の光を帯びながら肌へと浸透する。希望に満ちたように目を見開くと、胸の手前にある掌にそのボトルが登場する。
『輝く海! 輝く肌に! 新感覚化粧水、ホホバオビシノ』
「どうです? web限定の広告ですけど、完成したCMは」
「あ、あぁ〜いいんじゃないウダ?」
「…………」
(終わった……!?)
【小さな事件に対するニュースサイトのコメント欄】
『前例から学ばない無知な警備体制』
『もうさ全裸でやればよくね?』
『参加費高っw』
『しょーもない地方アイドルがでしゃばるからこうなんだよ』
『関係者への誹謗中傷はやめましょう。みっともなくて目を覆いたくなります(善吉の自己弁護)』
『犯人きしょ』
【とある電話】
「おじいちゃん(善吉)から聞いたよ。……ニュースも」
「……うん、まあ、色々あったよ」
「どうなんの? うだみんは」
「形を変えて、活動は続けられると思う」
「そ。なら……大丈夫か」
「うん、それでね——
——突如キオミ宅の玄関が激しく叩かれる。そしてその様相には明らかな怒りが含まれ波及甚大にキオミを動揺させる。
「……うだみん、隠れて」
彼女は静かに頷き、玄関に視線を据えたまま台所の奥の部屋に身を移した。その最中にも潰れた怒号が家中に響き渡る。
「お前がなぁ!! しゃんとせんけぇこうなったんじゃ!!」
全身が震え、眩暈を引き起こし呼吸が不安定になる。その最中、切り忘れた携帯電話から微かに声が漏れる。
『ねぇ何!? どうしたの!?』
意識を保とうと必死になる頃、ある不安がよぎる。
「ワンワ!! ワン!!」
アトマ(飼い犬)が鎖を引きちぎる程の勢いでその男に吠えかかると同時に、奥の部屋の窓ガラスが開け放たれる音が。
——二つの鈍い音と、微かなうめき声がキオミの耳に届いた。




