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変わりゆく日常と新たな諸問題

【トライアングル・サイクリング】

 うだみん、キオミ、アイコの三人は自転車に跨り目的を考えていた。

「どこ行こっか!」

「あそこの展望台はどうウダ?」

「…………」


 ——キオミの家庭は典型的転勤族であり、物心つく頃から複数回の転勤を繰り返し、友達という友達ができず、普段から内在する悶々としたソレに苦しめられていた。それでもチラホラとは居たのだが、徐々に疎遠となり、行き場を失った感情を両親にぶつけ困らせていた。その因果から両親は不仲になり、絶えず、あるいは断続的にいさかいを起こし、より一層彼女をやるせ無い思いにさせた。

 収縮しえぬ情念をいつしか仕舞い込み、心の奥底へと押し込め、『普通の人』を演じるようになり彼女の個は崩壊する。これでよかったのだ、せめて両親が表面上でも睦まじければ。偽りの円満でも甘んじて受けよう。そう思い込む事にしたのだ——


 皮肉にもただ、天気がよく。皮肉にもただ、心地のよい風がふいている。静かに息を切らしながら二人の背中を追うキオミは時折、陽光きらめく海に目をやった。それは展望台に近づくにつれ、より一層綿密な輝きを帯びた。自ずと彼女はうだみんとの出会いを追想する。今はもう僅かに、しかしじりじりと離れてゆく。それでも海は彼女の瞳に投射を続け、暗い影を増長させた。


「——ねぇ、待ってよ」

「キオミ遅いウダ!」

「——お願い、置いてかないで……」

「体力ないねーキミ」


 ——アイコはアイコで、無力な自分を払拭しようと必死だった。一度言い出したら聞かない性分は生まれつきのモノだが、裏を返せば真っ直ぐでさっぱりとした性は今は下地に。先述した母の不倫により当然離婚を喫し、母子家庭となった事で学校では浮いた存在とされた。誠に身勝手だが、深い洞察を持たない集団程恐ろしいモノはない。表面的出来事に潜む、言うに言われぬ事情に大抵の人は興味が湧かないのだ(あるいは、各々が利己的であるが故に自然とそうなる)。

 それでも彼女は挫けない。渦巻く妄念を抑え込み、自己の利を最優先した。それは夢から見た逆算的行為で、決断により心の支えを補強した。

 彼女の目に映るキオミは、選択的自由から背き、塞ぎ込んだ仕様のないちっぽけな女。うだみんに寄りかかり、空虚な我が身を誤魔化す為に心血を捧げる金魚のフン。期待とは程遠い存在に向けるは軽蔑であり、無意識的又は害心から辛辣な態度を取る事にした——


 ——そんな中うだみんは、喉の渇きを感知しながら恐ろしい未来を想像していた。

(さっきカツカレー食べちゃったケド、キオミの気が変わらなかったら晩御飯はカツ丼になっちゃう!? 確かにキオミのカツ丼はおいしいし、わざわざ丼にフタをして食卓に出してくれて何となく盛り上がるし、三つ葉もちょこんと乗ってて何かいいし、七味を横に置いてくれて味変を試みる事もできるし、重たいカツを考慮して味噌汁はあっさりで具、少なめで提供してくれるし文句ナシだけど連続でカツは嫌だ!)



 各人に思惑あれど、到着時には三人共快い気分に満たされており、自然と会話が弾んだ。キオミは第一印象の直感からアイコとは友人関係を築けそうにないと悟っていたが、彼女の差し出してきたスポーツドリンク入りの水筒を受け取ると同時にその気持ちは拭われた。

 休日にも関わらず展望台は閑散としており、車でやって来た老夫婦などとすれ違う程度だった。彼女らは入口の売店でソフトクリームを買い乾杯に至った。

「うだみん何味それ」

「モシオ味ウダ」

「私は島ミカン味」

「キオミ、いっつもバニラ味ウダ」

「ほっといて味」

 うだみんはSNS用の写真を撮りに席を外し、若干の気まずさを感ずるキオミだったが、ふと横に視線を滑らせると気落ちしたような面持ちのアイコが眼下に展開する海を眺めていた。


「……どうしたの?」

「私さ、お母さんと二人で暮らしてるんだ」

「……うん」

「ホントはイヤなんだけどさ」

「どうして?」


 アイコは明け透けに全てを打ち明けた。それは過去の疑心から生じた悲しくも鋭い観察眼のおかげであり、キオミにも同じ匂いを嗅ぎとり同僚のような淡い親近感を覚えたからである。


【うだみん握手会】

 大二郎の計らいにより、うだみん初の直に交流可能なイベントが開催された。市の公民館で催すこじんまりとしたモノだが、事前予約は予想外の盛況をみせ、これには善吉共々下卑た笑いを禁じえなかった。

 宇田市の住民にとってうだみんは校庭に時折現れる野良犬程度の存在(つまりちょっと嬉しい)だが、こと県外の人々にとっては千載一遇の機会であり、イベント開始三時間前にも関わらず長蛇の列が。勿論予約客優先だが、異常を察知した一般観光客も加わりこんな事態に。


 ファンAは思った。うだみんの手はひんやりしていると。

 ファンBは思った。何故海は常に流動しているのかと。

 ファンCは思った。早く茶番を切り上げてメインイベントのうだみんと肩を並べて写真を撮る権利(一万円)を行使したいと。彼女を見初めたのは【うだみんチャンネル★】の三本目の動画『うだみん、川と戯れる』であり、この時点では再生数二桁でしょぼくれた認知度だったが、一目見たファンCは恋の座敷牢に取り籠められ(?)、あわよくば彼女とお付き合いできないモノかと日々頭をひねくり回して。と、いうよりも今日告白するつもりであり、尚且つ失敗に備え包丁を持参していた。その切っ先がどちらに向けられるかはまだ定かではない。

 いよいよ『C』の番となったワケだが、元刑事である大二郎は不穏を察知し手荷物検査を急遽実行。彼がCの黒い手提げバッグに手を掛けたその瞬間——


「おんどりゃあ……」

 束の間の後、悲鳴と共に人が波立つ。リノリウムの床にドス黒い血痕が徐々に広がる。勇気ある人間がひとり、Cに立ち向かう。があえなくソレの餌食となり側腹部に軽傷を負う。駆けつけた警備員は使命を全うし、Cは地面に組み伏せられた。


「うだみん……! ずっと好きでしたぁ!!」

 まさしく異常事態である。この状況においてすら彼は当初の目的を果たす選択をした。

 宇田市公民館の周りに設置された【うだみん握手会】ののぼり旗が、海風にさらされ大きく揺らめいていた。


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