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聖煌のレーゲンテイン  作者: 市石杏乃
LEVEL -1 毒蝕蟲沼
1/5

1部 回る景色が晴れたなら


「――――っ!」


 気が付くと、俺は大空の中にいた。


 何を言ってるのか分からないと思うが、言葉通りの意味である。俺は現在進行形で重力に引き寄せられるまま、落下しているところだ。地上は、見えない。真下は太陽の光を反射する白い雲が果てしなく広がっている。


 つまり、かなりの高度にいるというわけだが……なんでこんなところに、空中に放り出されているんだ? このままだと地面に叩き付けられて、間違いなく死ぬんだが。


 一介の学生が都合よくパラシュートを持ち合わせているわけもない。ぐちゃりと潰れて、即死だ。


 ……ともかく、こんな時こそ落ち着いて、状況を整理するとしよう。如何(いか)なる時も、俺は冷静さを重んじる。希望を捨てずに考えろ、何かきっと打開策がある。


 確か俺は、通学中だったはずだ。……いや、正確には俺達(・・)か。


 俺は同じく隣で自然落下している幼馴染兼腐れ縁、雨宮一姫(あめみやかずき)を見る。


 こいつは俺と違って冷静ではなかった。困惑と恐怖に耐えきれず、本能のまま絶叫している。死ぬかもしれないこんな状況で、パンツが見えないよう必死にスカートを抑えていた。乙女と呼ぶには程遠い素行や態度を取る不良少女の癖に、だ。もう完全にパニックに陥っている。


「%◇、*☆&$□―――ッ!!」


 ……参った。何を言っているのかわからない。全っ然わからない。


 耳が凄まじい風圧に晒されているせいでもあるが、単語一つ聞き取れなかった。


「落ち着け、一姫! 叫んだところでどうにもならないだろう!?」


 俺は彼女の側に近付いて、肩を激しく揺すって言葉を掛ける。しかし、


「これが叫ばずにいられるかってんだ! なんだよこれ!? なんでアタシがこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ!」


 恐怖に耐えきれない一姫は、目尻に涙を溜めながら発狂していた。混乱して当然か。装備もなしで落下しているわけなのだから。


颯馬(そうま)もアタシが高所恐怖症って知ってるだろうが!」


「いいから落ち着いて俺の話を聞け!」


 混乱して泣き喚く彼女を、俺は敢えて叱りつけた。


「普通に登校してた俺達がどうしてこんなことになってるのか、一切わからん! だけどこのままじゃ死ぬってことは間違いないんだ!」


 そう言って、一姫はようやく大人しくなった。『死』という言葉が、ごちゃごちゃになっていた頭の中をクリアにしたのだろう。やっとまともな会話が出来るというわけだ。


「正確な高さはわからないが、このまま地上に到達するのに五分は掛からないと思う! それまでに生存率を上げる方法を考えなければならない!」


「いいぜ! でもぶっちゃけ、五分あってもアタシから良い案は浮かばないと思うけど!」


「ああ、期待してないから安心しろ! 一応訊くが、今何を持ってる!?」


「ええっと……」


 悩んだ素振りを見せて、一姫は手に持っていた傘と革製の学生鞄を俺に差し出す。


「この二つだけだ!」


 取り敢えず、俺は先に鞄を受け取ることにした。


 のだが、妙に軽いというか、ペラペラだ。何も入っていないような……。俺は慌てて中身を確認する。


「一姫、お前! これ空っぽだぞ! 教科書はどうした!?」


「学校に置いてるに決まってんだろ!」


「待て、それじゃあ、家で勉強はっ?」


「そんなもん、したことねえよ!」


「ふざけるな! 筆箱一つないなんて、くそっ!」


 俺は怒りに身を任せて、一姫の鞄を放り投げた。軽いので俺達よりも遅く、空気抵抗によってあらぬ方へと飛んでいく。


「そんなに怒るなって、颯馬は真面目すぎんだよ! クラスの連中だって大半がロッカーに置いてんだろっ? はっ……まさか、教科書が役に立ったりしたのかっ?」


「いや、学生の本分は勉強って言いたいだけだ!」


「ああもう! なんだよお前! 死ぬかもしれないってこんな時に!」


 至極真っ当なことを言っているはずなのに、逆上する一姫。反論できないからだろうか。


 まあいい。一姫の学業事情はさて置いて、話を戻すとしよう。


 俺は、一姫が持つもう一つの物を指差した。


「こうなったら、この方法しかないっ。お前が持ってる傘を、一か八か、パラシュート代わりに使う!」


 一姫は俺と傘を交互に見てしばらく沈黙し、


「ハァ!?」


 と素っ頓狂な声を上げた。


「お前、これはうちで作ってるただの傘だぞ!? 正気かよ!」


「ああ正気だ! 俺は真面目な提案しかしないだろ!」


「それは、そうだけどよぉ……」


 俺の手持ちは学生鞄しかない。中身は今日の授業の分の教科書と筆記用具、それと自主勉強用の参考書。それだけだ。どれもこの状況を打開するのに役立たないだろう。


 だから、一姫が持っている傘に望みを託すしかないのだ。


「どんなに馬鹿げてる事だって、試してみなけりゃ俺達は死ぬんだ! 俺はお前の、この傘に賭けたい!」


 一姫は、はっとしたように顔を上げる。


 その表情は絶望ではない。喚いたり文句を言ったりしつつも、俺と同じく諦めて死ぬつもりはない

ようだった。


「わかった、颯馬の言う通りだ。お前を信じるぜ」


 俺の言葉を噛み締めるように、一姫は顔を縦に振って言った。だったらすぐに行動だ。雲は間近まで迫っているのだから。


 俺達は傘の柄を掴む。深呼吸をして心の準備をし、空気抵抗に備える。


「行くぞ、しっかり捕まってろ!」


 俺は合図をして傘を広げた。ずしっと腕から伝わる空気抵抗。俺と一姫はそれに歯を食いしばって耐えた。やがてそれも落ち着いて……。


     ∮


 俺は上を見上げた。傘の骨は折れなかった。減速して、緩やかに地上に向かっている。


「颯馬、見てみろよ! これならいけそうだぞ!?」


 一姫のはしゃぐ声を聞いて、ようやく俺は成功したのだと実感する。


「あ、ああ。俺も驚いている。まさか、こんなに上手くいくとは思ってなかったからな……」


 落下死は免れたらしい。俺達は無事に地上に降り立つことが出来るわけだ。


 安心する俺達は、雲の中へと吸い込まれていく。真っ白で何も見えない空間。とても静かだ。


「雲の中ってやっぱ、じめーっとしてんだな」


 余裕を取り戻した一姫が、感動したように呟いた。確かに、と俺は頷く。例えるなら秋の朝方のような感じだろう。


「しかし、穏やかでよかった。乱気流にでも巻き込まれたら、多分おしまいだからな。突風に耐えられるとは思えないし」


 ただでさえ、人間二人分の重さなのだ。風に煽られてバランスを崩しでもしたら……助かる術はもうない。


「で、降りたらどうすんだ?」


「そうだな……。取り敢えず、おじさんとおばさんに連絡しよう。あと、学校にも遅刻するって報告をしなくちゃいけない」


「お前、学校どころじゃないだろ……」


 一姫は俺にジト目を向ける。


 どうもその辺の感覚は合わないので、口論にならないよう流すようにしているわけだが。


 と、そこで俺は雲を抜ける気配を感じた。一姫も同じように察したようで、下を見ないように目を閉じて身震いする。さぁっ、と雲が晴れて再び景色が明白になった。


 そこには……。


「えっ?」


 俺は、全てを目の当たりにして絶句した。俺の知らない世界が広がっていたからだ。


 広大な荒野、草木一本生えていないような鈍色の大地が俺達を待っていた。殺風景、という言葉が相応しいだろう。陽の光があまり届いていないせいか、雲の上よりも寒い。


 何よりも、空気が(よど)んでいるように見えて不気味だった。


「どうした颯馬? 海のど真ん中だったのか?」


「いや、陸だよ。だけど……どう言ったら良いかわからない。お前も見ろ」


「なんだよ、し、しししっ、仕方ねえなぁ!」


 一姫はゆっくりと目蓋を開けて、やはり無理だったのか、悲鳴を上げて柄に強くしがみ付いた。


「わ、わかったぞ、ここは鳥取砂丘だな!?」


「違うと断言する。砂漠っぽい感じで、こんなに大きくはないはずだ。何より誰もいないなんておかしいだろ」


「じゃあ日本じゃないのかよっ?」


「それは、わからない。……待て。真下に何かあるぞ!」


 遠くてぼんやりとして見えないが、建物のようなものが確かにある。煙もいくつか立ち昇っていることから、人は住んでいそうだった。


「何かってなんだよ?」


 把握できていない一姫が不安げに問いかける。


「村かもしれない。でもこんな荒野の真ん中にぽつんとあるのは、少し変だな」


「何でもいいから早く降りよう! 腕がそろそろ限界だ!」


 おっと、その意見には同意だ。色々なことが重なり過ぎてすっかり忘れていた。お互い運動神経が良いとはいえ、これ以上ぶら下がり続けるのはキツい。


「もう少しの辛抱だ。頑張れ」


 一姫を励ましながら、俺は近付きつつある村を観察する。


 村、と呼んで良いのかまだわからないが、人が住んでいそうなら警戒は必要だ。空から人が降りてくる、なんてことは普通じゃない。現地の人間を怯えさせてしまっては、スムーズに話しが進行しないからな。様子を(うか)がって、向こうの対応に合わせるべきだろうと俺は考えた。


     ∮


 といったものの、とくに騒ぎといった問題は起こらず、無事に俺達は着地した。なんだろう、祭壇のような場所だ。地面には怪しげな文様が描かれている。そして、周りには大勢の人間が取り囲むように平伏していた。誰一人ピクリとも動かない。無言だし、気味が悪かった。


 一姫はというと地面に足を付けて「あぁーっ! やっぱ地上最高だな!」と、硬直していた心と体を大きく伸ばしていた。置かれている状況をまだ把握していないらしい。


「……む? おおっ!」


 一姫の声に反応した住人の一人が顔を上げて反応した。連られて、他の人々も俺達を見る。


「ゆ、勇者様だ!」


 誰かが叫んだ。


「召喚に成功したんだ!」


「おおっ、これで世界が救われる!」


「神はまだ我々を見捨てていなかった!」


「ありがたやありがたや……」


 老若男女の住民は俺達の姿を認めた途端、歓声を上げ始める。


 言葉は同じなようだが、何か変だった。村の建物というか雰囲気というか、彼らの格好も違う。まるで中世を彷彿とさせるような……。


 俺と一姫は空いた口が塞がらなかった。


 一体、何がどうなっているんだ?

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