第77話
懐古
「ケシア、ほんとに久し振り! ずっと会いたかった!」
「え……?」
「わたし、ほら、わたしだよ! ふふふ、元気にしてた?」
「……」
留学していた婚約相手と、三年振りに再会した。
思わず疑惑の声を上げた。
僕は心底、驚愕した。
「なあに? そんなにびっくりして。わたしのこと、忘れた?」
「いや……」
「仮にも婚約相手なのに、それは少し酷いんじゃない?」
顔を隠さず笑う仕草は、初めて目にするものだった。
以前のままの彼女であれば、口に手を当て、笑っていた。
彼女が実父に強制された進学先は南にあり、西の国から遠く離れることで、彼方に留学した。
本来ならばもっと早くに帰国が叶ったはずなのだが、戦争による弊害があり、斯くして……今に至っていた。
「まあ、三年振りだしね。そりゃあ、緊張しちゃうか」
「……」
「ほらほら、見て! わたしの身体! 随分、以前と変わったでしょ?」
南の国での長期滞在。彼女の肌は焼けていた。染色された茶髪のそれは大陸独自の文化らしい。
雪のような彼女の肌も、星のような彼女の髪も、別人だろうと見紛うほどに……過去のものとなっていた。
異変の様子は外見だけでなく、中身にまでも及んでいた。
嘗ては内気で控えめであり、とても大人しかったのに……今の彼女は明朗快活。
人が変わったようだった。
「ねえ、ケシア、案内してよ! 三年振りの故郷を!」
「……」
「ここも随分、変わったでしょ? わたし、歩いて回りたい!」
「家の中で本を読むのが好き。外には出たくない」――僕に心を開く前の、昔の彼女の言葉である。
読書しながら二人で語らい、僕らの距離は縮まった。二人で外出さえもできず、当時は……難儀をしたのに。
「……」
僕がずっと愛していたのは昔の彼女だったのだ。昔のままの彼女の姿で、帰国を果たしてほしかった。
外見的にも内面的にも、面影さえも見当たらない……彼女がここまで変化するには、大きな理由があったはず。
南の国での私生活にはそれほど魅力があったのだろう。そしてそんな日々の中には、僕など……いなかったのである。
「ケシア、今日はごめんね……」
「え……?」
「あんまり楽しくなかったでしょ」
「そんなことは」と言ったところで、僕の言葉は途切れてしまう。
「今日のところは晩いから」と、僕は彼女に背を向けた。
きっと僕は彼女のことが嫌いになったわけではなく、変化を遂げる彼女の隣りにいなかったのが悔しいのだ。
彼女を変えた三年間に、僕が不在の三年間に、南の国での三年間に……僕は激しく嫉妬をした。
「明日、大事な話をしたい」と、別れ際に告げられた。
もしや……別れ話だろうか。
そんな話は、聞きたくない。
「だからといって、話も聞かずに……何をしようというのです?」
「君にそれを訊かれるとはね。いやはや、お笑い種だ」
「……」
屋敷に戻った僕はというと、一人で自室に籠もっていた。
婚約相手と再会するのは、それはそれは楽しみで……それほど、僕は今日という日を心待ちにしていたのだ。
「僕が言っても滑稽だろうと思われるかもしれないけど、彼女は素直で謙虚な上に、何より器量がいいからね。南の国では他の男にさぞかし言い寄られたんだろう。仮に明日、婚約破棄でも申し込まれてしまったなら、僕はその場で何をするのか……自分自身でも分からない」
故に、僕の喪失感は極めて大きなものだった。
彼女と道を同じくするのが僕にとっての生き甲斐で、そんな道が途絶えるのなら……生き抜く意味などないのである。
「これでもね、僕は僕でたくさん努力をしてきたのさ。元を辿れば貴族同士の政略婚約だったけど、許婚とか……関係なしに彼女のことを愛していた。あの子が留学している間、二人の未来を考えて、僕は僕にでき得る限りのことを……やってきたんだよ」
「取り残された気分になった」と、僕はうっかり口にした。
思いがけない言葉だったが、けれども、とってもしっくりした。
椅子がぎしりと軋む音が耳の奥まで響いてくる。
ふと、自室にたった一枚飾った絵画に、目が行った。
とある画家に描いてもらった、僕と彼女の一枚画だ。
幼い頃の二人の笑顔に、僕は――。
釣られて笑っていた。
ストケシア




