第58話
冤罪
「これよりアカネ副将による戦犯審議を開始する。被告兵は前へ。並びに、許可なき発言を禁止とする」
西に設けた駐屯所。帝国軍の滞在地で、俺は極めて簡易的な軍法会議にかけられた。
独断撤退、命令無視。それが、俺が戦犯扱いされた……罪状。
罪科である。
「指揮を任じる参謀からは継戦指令が出ていたはず。発言許可。戦線からの撤退理由を述べなさい」
役職だけのお偉い方がこの場に面子を揃えていて、無言のままでこちらに対して鋭い睨みを利かせていた。
厳罰逃れで下へ下へと責任転嫁が繰り返され、そうして沙汰場に立たされたのだ。
俺は圧されず、開口した。
「まず、南の戦場地帯に包囲網が敷かれており、前線部隊は出鼻を挫かれ、敵に取り囲まれました。迎撃陣は偶然などとはとても思えぬ完成度で、彼らは火の日の進軍予定を既知していたと予想します」
「……」
「また、勇者殿の不在で兵士は士気が落ち、作戦変更、配置転換などで動揺していました。何より訃報が広まっていた巨大な竜が出現し、帝国軍は総崩れ。撤退を余儀なくされました」
お偉い方が耳打ちしながら、何やらこそこそ話している。
手首の縛り縄が痛い。俺は一人で黙っていた。
「まず、一つ。進軍予定の漏洩説についてだが、これは想像の域を出ない。被告兵の詭弁とする。次に、二つ。南の象徴、竜の生死についてだが、死亡したのは確定事項。決して存命してはいない」
「ならば、我らが目撃したのは一体、何だったのですか!」
「敵の魔法使いの手による幻覚魔法の類だろう。現に竜は空の彼方に姿を消したと聞いたが?」
「……っ!」
竜が現れ、敵兵たちは大きく昂ぶり、奮起した。まやかしなどではないことくらい、現場にいれば分かるはず……。
しかし、我らが将軍殿には開口対語の様子はない。
「副将判断」――俺をこの場に担ぎ出したるその男は、素知らぬ顔で同席しており、自己の弁護に徹していた。
「では、勇者殿に関して全兵諸隊に説明をば! 賊に不覚を取った噂が流布しているにも拘わらず、副将である自分でさえも寝耳に水とは何たること!」
「北の勇者の所在については国家機密となっている。副将ごとき……おっと、失礼。貴公に知得の権利はない」
お偉い方のせせら笑う声が、俺の耳に届く。
話にならない。茶番である。もはや弁明する気もない。
俺が何を意見しようと、結果は覆らないだろう。
「判決。アカネ副将、死刑。貴公を絞殺刑に処す。特例として本国ではなく、当駐屯所で執行する」
「解散」――判事の冷たい声に、同席者たちが席を立つ。
今やこちらを見てさえいない、判事に対して嘆願した。
「最後に一度、戦死者たちの供養を……許していただきたい」
「許可なき発言は控えなさい」
「……」
「閉廷。連行せよ」
明朝、俺の絞殺刑が滞りなく執行され、俺は無念と失意のうちに戦犯者として刑死した。
唯一、今際の際において受け賜った祝福は、無音で孤独な独居房で、少女と出会えたことである。
アカネ




